第216話 切れた糸

 な、なんだってー!


 といった驚愕の表情をすぐさま浮かべるべきだったが――


 結局のところ、セロはというと、「ふうん」と小さく相槌を打つ程度にとどまった。


 もっとも、ルーシーやリリンたちが見事なリアクションを芸術の域で披露していることから察するに、もうちょっとぐらいは驚いてみせてもよかったかなとセロは猛省した。


 ちなみに、こういうことに関しては、意外なことに魔族は非常にノリが良い。


 まあ、長い不死性の人生の中で、刹那的な盛り上がりを大切にしているらしいので、ここらへんは魔族になったばかりのセロはやはり大いに反省すべきだ。


 実際に、魔王らしさを身につける為には、威厳や恐ろしさよりも、メリハリこそが大事なのだと、最近ルーシーから教わったばかりだ。


 とはいえ、セロがさして驚かなかったのにはそれなりの理由があった――


 ずいぶん以前に近衛長のエークからトゥレスの悪行について散々説明レクチャーを受けたからだ。曰く、トゥレスはエルフの王族を闇討ちした逆賊であって、さらにダークエルフの秘宝まで奪った悪党でもある、と。


 前者はともかく、後者についてはドルイドのヌフからすでに説明を受けていた。


 遥か昔にトゥレスがどうしても『迷いの森』に入る必要があったので、ヌフが封印の触媒となる宝石の欠片を渡してあげたというものだ。


 事実、今回の件で、そのどうしても・・・・・の部分も明確になった。


 つまり、長兄ウーノの遺体をヌフに手渡す為に『封印の森』に出入りする必要があったわけだ。


 王族にまつわる重要な秘事という性質上、ヌフが仲間のダークエルフたちに仕方なく、「触媒の一部がトゥレスによって盗まれて、侵入を許してしまった」と事実を歪めて説明せざるを得なかったことは、セロにも容易に想像出来た。


 そもそも、第六魔王国内でヌフはトゥレスと幾度となく顔を合わせてきたものの、責めもしなければ、触媒を返すように促してすらいなかった。


 エークはそんなヌフの煮え切らない態度に、どうにも腹を据えかねていたようだが、結局、トゥレスに盗みという罪はなかったわけだ。


 では、果たして、王族暗殺の方はどうなのか――


「ヌフ。そのたらいの中でゲル状になっているトゥレスを法術でもとに戻してあげてほしい」


 本人の口からきちんと説明をしてもらいたかったので、セロはそう告げた。


 人造人間フランケンシュタインエメスが「そんな殺生な」と嘆きの表情を浮かべたが、どうやらゲル状化の拷問は会心の出来だったらしい……


 たしかにエルフの長い両耳だけが消化されずに、うさぎみたいにぴょんと立っているゲル状のスライムは何だか可愛らしかったのだが……勇者パーティーで一緒だった者がそんな姿に変わり果てているのは、セロとしてもさすがに見るに忍びなかった……


 それはさておき、


「はあ、はあ、はあ――」


 と、ヌフの法術によって五体満足に戻されたトゥレスはというと、四つん這いになって何とか息を整えた。


 状態異常の責め苦だっだけに、よほど苦しかったのかなとセロは心配したものだが――


 当のトゥレスはというと、両頬を赤くして、何だかまんざらでもない表情を浮かべていた……


 ……

 …………

 ……………………


 その様子に、セロは「はあ」とため息をついて項垂れるしかなかった。


 エーク、アジーンやクリーンみたいな人物が増えてしまった気がして、嫌な予感が先だったせいだ。


 その手のタイプは三人もいれば十分過ぎるほどなのだ。セロからすれば、拷問に決して屈しない泥の竜ピュトンに好意さえ持ち始めたぐらいだ。


 それもまたさておき――


「さて、トゥレス。聞きたいことがあるんだ」

「はい、何でしょうか。セロ様」

「あー。ええと、その前に……そんなふうに畏まらなくていいよ。さっきはエークがうるさかったから仕方ないと思っていたけど、僕としては昔の仲間にそんなふうな態度を取ってほしくはない」


 セロがそう断言して、「いいよね?」と、まずヌフに視線をやると、


「セロ様が仰る以上、当方はそのお考えに従うだけです」


 ヌフは目を伏せてみせた。


 次いでセロがこの場にいたルーシー、エメス、夢魔サキュバスのリリンや執事のアジーンに次々と目を合わせると、皆が別に構わないと肯いてくれた。


 その一方で、蠅王ベルゼブブが憑依しているモタはというと、いかにも興味なさそうに鼻歌をうたっていた。


 あの状態でいったいどれほどモタの意思が反映されているのかは分からないが、元パーティー仲間として、モタなら文句を言うはずもないなとセロは判断した。


 また、長兄ウーノの遺体に『魂寄せ』されている死神レトゥスは逆に不気味なほどに沈黙を貫いている。


「じゃあ、トゥレス。それでいいかな?」

「分かった。以前のまま接すればいいのだな?」

「うん。それで早速だけど、本題だ――エルフ種の王族を暗殺したというのは本当なのかな?」


 セロがそう尋ねると、トゥレスは苦渋の表情を作ってみせた。


 そして、いったん両目を瞑ってから天を仰ぐと、「ふう」と一息ついてからはっきりと答えた。


「本当だ。私が全ての王族を殺し尽くした」


 セロは今度こそ「な、なんだってー!」と驚天動地のリアクションをしてみせた。


 たが、今度はセロだけで、ルーシーたちはかえって白々とした視線をセロに向けている。


「……あれ?」


 セロが首を傾げていると、すぐ隣に座しているルーシーが囁いた。


「二度目だからな。天丼は好ましくない」

「…………」


 セロはつくづく魔族って難しいなと

感じた。


 それもまたまたさておいて、実のところ、触媒の盗みと同様に、王族殺害についても嘘か誤解であってほしいと、セロはトゥレスの無実を願っていた。


 だが、本人の口からこうも明確に告げられると、セロもこの件をどう扱うべきか、さすがに困り果てた……


 トゥレスの身柄を預かって、魔王城の地下牢獄に投獄すればいいのか。それとも、ヌフが満足するまで拷問を与え続ければいいのか。もしくは、この場にちょうど居合わせた死神レトゥスにその魂でも刈り取ってもらえばいいのか――


 すると、意外なところから声が上がった。その死神レトゥスだ。


「いやはや、贖罪のつもりかね。この者の魂が先ほどから悲鳴を上げているぞ」


 長兄ウーノの遺体が自らを指差して、そんな言葉を漏らすと、トゥレスは「くっ」と呻って、下唇をギュっと噛みしめた。


「やれやれ、仕方あるまい。せつが代弁してやろう――あのとき、エルフ、ダークエルフの王族たちは大森林群の最奥の広場にて秘密の会合を開いていた。種族統一を目論む為のものだ。参加していなかったのは、まだ若かったドスとトゥレス、それに『迷いの森』で留守番を任されていたヌフだった」


 セロがその話の真偽を求めてヌフやトゥレスに視線をやると、ヌフだけがこくりと肯いた。


「はい。本当です。ドスとトゥレスについては分かりかねますが、当方は『迷いの森』の封印を維持する為に残っていました」


 そんなヌフに比して、トゥレスはというと、相変わらず俯いたままでいまだに無言を貫き通している。


 だから、長兄ウーノに憑いた死神レトゥスがさらに話を続けた。


「会合が開かれると……ふむ、どうやら穏便なものではなかったようだな。この者の記憶をたどると、なかなかに激しい議論が交わされたようだ。特に、天族や魔族との関り方で会合は紛糾した。拙の私見を交えさせてもらうなら――いや、今は止めようか。この者の記憶通りになるべく客観的に伝えるとしよう」


 そう言って、死神レトゥスはどこか愉快そうに、長兄ウーノの遺体に「ふふ」と小さく笑みを作らせると、


「激高した議論の先にあったのは反目だった。統一の為の平和的な話し合いだったはずなのに、気が付けば敵意剥き出しの決別になりかけていた……おや? そうか。さらなるきっかけを作ったのが、そこにいる者――トゥレスだったわけだな」


 そのとたん、トゥレスはその場に泣き崩れた。


 セロからしたらこのときほど驚いたことはなかった。常に冷静沈着で感情を全く表に出さなかったトゥレスが――初めて見せた涙だったからだ。


「そうだ! 私が全て悪いのだ! あのとき、興味本位に会合を覗きさえしなければ――」

「ふむ。ダークエルフ側は呼んでもいないエルフが隠れていたことに明確な敵意を見出して……ああ、これはひどいものだな。記憶が混濁して、ノイズ塗れになっている。まあ、要するに殺し合いが始まったわけだよ。まるで糸が切れた・・・・・かのようにね」


 ウーノの顔を使って、死神レトゥスはまた意味深な表情を浮かべてみせた。


 ここにきて、セロは推測するしかなかった――


 おそらく古の大戦で一時でも分かたれたことで、互いを信用しづらくなってしまったのだろう。


 セロとバーバルも似たようなものだ。すぐそばにいたときでさえ何を考えているのかよく分からなかったのに、離れてしまった今となっては最早、明確な敵意しか感じられなくなった。歩み寄ることさえ、もう難しい状況だ……


「そして、この者は死に際に最期の言葉をそこの者に遺している――『迷いの森』のドルイドのもとに連れていけ、と。『魂寄せ』でどうしてもドルイド本人に伝えたかったことがあったらしいな……ふむふむ……なるほどな……そういうことか」


 死神レトゥスは一人で納得して、「これはまたやりきれないものだな」と呟くと、いったんヌフに視線をやった。


 これ以上、話の先を言っていいものかどうか、どうやら確認したかったようだ。


 実際に、ヌフが「構いません」と言うと、ウーノの遺体はトゥレスにはっきりと向き直ってからこう告げたのだ――


「あの殺し合いは仕組まれたものだった。全てはドスによって、で操られていたのだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る