第214話 巨石

 エルフの大森林群の最奥にある巨石の前で族長のドスは跪いていた。


 背の高い木々がその巨石の周辺だけ伐採されていて、日の光がカーテンみたいにこぼれてくる。その煌めきが巨石を覆って、いかにも神々しい雰囲気を醸し出している。


 エルフの現王ドスも男性ながら、彫像の如く美しい容姿をしているので、さながら一服の名画でも見ているような光景と言ってもいいだろうか。


 が。


 実のところ、それはよく見れば巨石などではなかった。


 何かの頭蓋骨のようだ……これほど大きな頭蓋骨など、まずもって竜種以外には考えつかないのだが……


 しかも、巨石の周囲は日光の煌めきによって彩られているのに対して、巨石自体はどこか禍々しい魔力マナを微かに発し続けている。さながら全てを呪うかのように。光は闇に。正は邪に。そして、祝福もまた呪詛へと……


 こんなものが果たして聖なる森とも謳われるエルフの大森林群の最奥に鎮座ましましていいのかと、誰もが足を踏み入れるのを躊躇うところだが……そんな惑いなど一切見せずに、ゆっくりとドスの背後に接近する者がいた――勇者の始祖にして、吸血鬼の真祖カミラだ。


 その影が伸びて、巨石の前に跪いていたドスにかかると、いかにも忌々しげといった口調がこぼれた。


「カミラか。君はいつも光を遮ってくれるね?」

「そうかしら? そもそも、光を閉ざしたのは貴方たちエルフの方が先でしょう?」

「あまりに古い話を蒸し返すなよ。どこぞの人族の哲学者が言ったかはもう忘れてしまったが……人が神を殺したのだ。我々はそれに倣っただけだよ。何より、それが全ての過ちだった」

「ならば、その過ちは正さなくてはいけないわよね?」

「ああ。全くもってその通りだよ。本当にその点だけだ。君と価値観を共有出来るのは――」

「あら、嫌だ。あんなに楽しい夜を共に過ごした仲じゃない?」

「止めろ! 神の御前だぞ!」

「今となってはただの石ころよ」


 真祖カミラがそう吐き捨てると、エルフの現王ドスは立ち上がって片手剣に手を伸ばした。


 だが、カミラの姿はそこにはもういなかった。ドスが無言で周囲を警戒すると、いつの間にか背後から首筋に手を伸ばされていた。


「亜人族の最高傑作が情けない話よね。こんなに弱いだなんて……」

「ふん。人族の最高傑作のくせに、魔族に堕落した者には言われたくない台詞だな」

「仕方ないでしょう。強くなければ守れないものが多すぎるのよ。この世界には」


 カミラはそう言って、ドスから距離を取ると、つまらなそうに呟いた。


「そろそろ新しい第六魔王がこの森にやって来るわよ」

「ほう。弟のトゥレスが上手く導いてくれたか」

「その代わりに千客万来よ。蠅王、死神の分体まで付いて来ているようだわ。あと、もう一組だけ、予定になかった者たちも――」

「誰だ? それは?」

「自分の目で確認してみたらどうかしら? 貴方にとっては因縁のある人たちよ。いやはや、世界って本当に醜いものよね。思い通りになったことなどありはしない」


 そこまで言って、カミラは忽然と姿を消した。高度な認識阻害だ。


 ドスは慎重に周囲の気配を探ってから、カミラが遠ざかっていくのを確認すると、綺麗な長い金髪をすくって、「ふう」と息をついた。


「醜いからこそ、美しさを求めるのだ。世界はありのままの姿でいい。神も。魔王も――造られたものなぞ、最早いらない。全て消えてもらおうではないか」






 エルフの現王ドスがいかにも怪しげな言葉を吐いていたとき、真祖カミラのもとに、ぱた、ぱた、と下りてくる小さきものがいた――それは古の技術の結晶オーパーツを爪で掴んで持ってきていた。


 カミラは「ふう」と小さく息をつくと、その機器に向けて声を発した。


「何かしら?」


 すると、すぐに返事が来た。感情の起伏など全く見せない淡々とした口ぶりだ。


「今、どちらにいるのですか?」

「エルフの大森林群の最奥よ。あまりに辛気臭いから、ちょうど森の中に戻ってきたところ」

「そうですか。こちらは耳長族の森に接近中です。それと、以前に貴女に説明した通り、あれ・・がついに現れました」


 その言葉に、カミラは全身がそばだった。


 本当に長かった。その者の目から逃れる為に、幾つもの策謀を巡らしてきたが、全てが失敗に終わった。だが、今回だけは敗れるわけにはいかなかった――その者を決して『神の座』に向かわせない。それこそがカミラの宿願だった。


「分かったわ。それじゃあ、私も表に出ることにしましょう。そろそろ、長年の因縁にけりをつけないといけないものね」

「貴女の因縁だけではありません。ゆめゆめ忘れないようにお願いします」

「もちろん。承知しているわよ。そっちこそ、勝手に討伐しないでよね」

「安心してください。こちらのから騒ぎ・・・・は順調そのものです」

「ふうん。まあ、あいつを欺く為に何をやっているのかは知らないけど……何にしてもそっちのことは任せたわよ。じゃあね」


 カミラは言葉を切ると、それ《・・》を宙にぱた、ぱたと、放ってやった――コウモリだ。


 その足の爪で掴んでいたのは、モノリスの試作機だった。つまり、カミラは第六魔王国の何者かと通じていたのだ。


「さあて。じゃあ、から騒ぎとやらを私も堪能させてもらおうかしら」


 カミラはそう言って、さらなる認識阻害をかけて森の中に分け入ったのだった。



―――――


次話からまたセロたちの視点に戻ります。

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