第213話 隠密作戦

「しかしながら、あのお二方はどうしてこんなところにやって来たのでしょうか?」


 第二聖女クリーンは首を傾げながらぼやいた。


 つい先ほど『降魔術』とやらで転移していなくなった大悪魔の二人――ベリアルとネビロスについてクリーンは考えを巡らしていた。


 急にこの墳丘墓に出現したのも解せないし、結局のところ、こちらと友好的でいたかったのか、敵対したいのか、それさえもいまいちよく分からなかった。まるでどちらでもいいといったふうだったし、そのわりには主たる地獄長サタンの密命を帯びているようでもあったし……


「全くもって理解が出来ません」


 クリーンは聖職者だけに頭が固いと言われがちだが、いかにもちぐはぐな二人組による突発的な言動に対して、どれだけ考えてみても答えらしきものは出てこなかった。


 すると、高潔の元勇者ノーブルが「ふむん」と小さく肯いてから応じた。


「あの二人と戦う前のことだ。降魔術の最中にベリアルが何やら邪魔をしてきたと、ネビロスは憤っていたのだ。悪魔の言だから嘘か真かは分からないが……まあ、あの二人ならばありえると思わせてしまうから不思議なものだ。要は、行き当たりばったりなのだろうな」

「ですが、第六魔王国ではなく、ここ旧第七魔王国――というか、こんなふうに都合良く、私たちの前に現れるものでしょうか?」


 クリーンがそう問いかけると、今度は巴術士ジージが相変わらず髭に手をやりながら答えた。


「たしか降魔術とは、基本的に人族や亜人族が悪霊や悪魔などを現世に降ろすものと伝えられておる」

「では、ジージ様。それならば、魔族のネビロスがそのスキルを扱えること自体、おかしいのでは?」

「ふむん。考えられ得るのは、ネビロス本体ではなく操っていた少女の方じゃろうな。傀儡によって死んだ人族を操って、それで降魔術を使わせていたと考えれば、とりあえずの辻褄は合う」

「それでは、私たちの前にいきなり現れた理由は?」

「これはノーブルの言った通りで、わりと適当なのかもしれんな。そもそも、降魔術は霊的な場所スポットで行われてきたという言い伝えが多く残されている。この墳丘墓は地上世界において、ある意味で最も霊的と言えるのではないかね?」

「しかしながらお言葉ですが、それならばあの二人が向かったエルフの大森林群は最も霊的とはかけ離れた場所にも思えますが……」


 クリーンがまた首を捻ると、意外なところから声が上がった――シュペル・ヴァンディス侯爵だ。


「たしかに幽霊や悪魔とは最も遠い場所のように思えますが、霊験あらたかというか、神霊という意味ではエルフの森ほどよく合う場所もないのでは?」


 その言葉に、皆が「なるほど」と首肯した。


 たしかに大陸南東の大森林群は、この世界に残された最後の秘境と言ってもいい。


 ちなみに、これまでも幾度か説明してきたが、人族の信仰する神と、亜人族のそれとは全く異なるものだ――そもそもエルフに限らず、ダークエルフ、ドワーフ、蜥蜴人リザードマンなどに代表される亜人族は土地神を信奉している。いわゆる四竜信仰だ。


 実際に、ダークエルフは土竜ゴライアス、ドワーフは火竜サラマンドラ、そして蜥蜴人は水竜レビヤタンを祀ってきた。同様、エルフも空竜ジズを信奉してきたとされているが、実のところ、その真偽は全くもって分からない……


 というのも、他の三竜とは異なって、空竜ジズはこの世界に一切姿を顕したことがないのだ。


 一説には空の星々となって、全ての種族を見守っているともされていて、その宙に最も近い場所に存在しているという意味で、エルフたちはむしろ天族を敬っていると噂されることもあるぐらいだ。


 そんな根も葉もない勝手な噂が独り歩きしているのも、かつて人族とエルフが多少の協調をみせていたとき、王国の大神殿がエルフとの交渉の窓口となっていたという背景がある。


 今となっては『古の盟約』ぐらいしか関わりを持たなくなったが、それでも王国では毎年、田畑の豊穣などを祈願してエルフの大森林群に向けて供物を捧げる風習が残っている。


 何にしても、エルフの信仰についてはろくに分かっていないとはいえ、人族のように神殿にて祖霊を神の子として信仰しているというより、他の亜人族とはやや趣きの異なった『アニミズム』に近い精霊信仰なのではないかと推察されている。


 それほどにエルフの大森林群とは霊験あらたかで聖なる光に包まれた場所として有名で、空竜ジズの加護がそこかしこにいきわたっているとみなされているわけだ。


「まあ、エルフの森に行ったかどうかはともかく……台風のような二人でしたね」


 クリーンがそう言って、やれやれと肩をすくめてみせると、ノーブルが「おや?」と片眉を上げた。


台風・・という言葉が出てくるあたり、聖女殿とは世代間格差ジェネレーション・ギャップを感じてしまうな」


 ノーブルはそう言って、他愛もなく笑ってみせた。もちろん、今度はクリーンが「ん?」と首を傾げる。


「シュペル殿はどうだ? やはり台風の方がしっくりとくるだろうか?」

「はい。特に何ら問題ないように思えますが?」

「ジージはどうだ? さすがに台風を比喩としては使わんだろう?」

「魔族領に引きこもっていたお前さんと一緒にするな。わしとて台風でしっくりくるよ。じゃが、お主の言いたいこともよく分かる。わしらの世代までは、こういうときは台風のようだ、とは言わずに、蝗害・・のようだ、と言っておったからな」

「そうそう。それだよ。懐かしい」


 ノーブルが指をパチンと鳴らすと、シュペルが「はは」と小さく笑った。


「その蝗害を収めたのは、それこそノーブル様ではないですか。第五魔王こと奈落王アバドンを封印してくださったからこそ、私たちはその恐ろしさを知らずに生きてこられたのです」


 シュペルがそうおだてると、ノーブルも悪い気はしなかったようだ。


 先ほどまでネビロスやベリアルにしてやられて、機嫌があまり良くはなかったものの、今はもういつものノーブルに戻っている。こういうところは意外に現金な人物らしい……


「だが、たった百年で言葉が消えてしまうというのは怖いものだな。もしかしたら、大切な伝承や神話も気づかないうちになくなっているのやもしれないぞ」


 ノーブルは遠い目をしながらそう呟いた。


 そして、何かが胸の内に引っ掛かった。なぜ人族はエルフという種族のことをこれほどに知らないのかと。


 実際に、エルフたちとは土地が隣接しているし、かつては魔王アバドンに支配された帝国に対する戦争で協調した間柄だったはずだ――それなのに、エルフの神話すらろくに伝わっていないというのはいかにもおかしい。


「まるで何か理由があって隠蔽したかのようだな」

「どうしたのじゃ?」

「……いや、何でもない。気のせいだと思うよ。どのみちセロ殿なら上手くやってくれるはずさ」

「当然じゃ。当代の聖魔絶対超越現人神じゃぞ。たとえ偽神や冥王が相手でも、セロ様なら新たな生きる神話をお創りになるはずじゃ」

「そうだ! それで思い出したぞ。セロ殿から相談を受けていたのだ。その聖魔何とか神をいい加減に止めてほしいと」

「な、な、なななな何じゃと!」

「お前はたまに人の迷惑を考えずにあらぬ方向に突っ込んでいくよな」

「ぐうう。そうかああ。そうじゃったかあああ。なるほど。聖魔絶対超越現人神教ではいけなかったか……実のところ、わしも薄々、ダメじゃないかと思っておったんじゃ。セロ様を表現するには九文字では全く足りぬ。そうじゃ! これからは――究極至高完全合一聖魔絶対超越真理創世チート現人神インフィニティ教とさせていただくか。うむ。これなら以前よりもしっくりとくる。早速、この墳丘墓を総本山とするべく、看板を作らなければいけないな」

「…………」


 ノーブルは心中で、セロ殿すまん、と嘆いたのだった。


 それはともかく、シュペルはクリーンに用件を切り出した。もともとその話をする為に、シュペルも、ヒトウスキー伯爵も、この墳丘墓にてクリーンと落ち合ったのだ。もっとも、ヒトウスキーはというと、ドロドロの魔物モンスターみたいな容姿になって泥湯に浸かっているが……


「さて、クリーン様。王国内にいる教皇及び第一聖女アネスト様を救出する作戦案について、セロ様の了解を得てきました。今こそ、実行に移すまたとない機会です」

「本当ですか? それは良かった」


 クリーンは喜色を浮かべた。


 大神殿はすでに主教イービルと、その配下にある黒服の怪しげな研究者集団に乗っ取られて、教皇とアネストの実権は形骸化しつつあるらしい……


 クリーンにとっては、王国の体制を立て直す以上、その二人の身柄を確保することは喫緊の課題でもあった。


「では、シュペル様。今後は、どのような手筈となるのでしょうか?」

「はい。二方面作戦にて、ラナンシー様とダークエルフの精鋭に認識阻害でクリーン様になっていただき、王国をかく乱しつつ途中のヒュスタトン高原まで進軍します。その一方で、クリーン様には隠密部隊を率いて、王国にいるお二人を救出していただきます」

「隠密部隊? それは……ダークエルフや吸血鬼の方々で構成されているのでしょうか?」


 クリーンが戸惑いを浮かべると、シュペルは頭を横に振った。


「もちろん、違います」


 シュペルが短く告げると、ジージとノーブルがクリーンに近寄って肯いてみせた。その様子を見て、シュペルは話を続けた。


「聖女パーティーを再結成いたします。我が娘キャトルはラナンシー様のそばで陽動する為に奉公出来ませんが、新たにノーブル様を加えて、他の者たちは現地にてクリーン様をお待ちしております」


 狙撃手のトゥレスと女聖騎士キャトルは事情によりいないものの――


 英雄ヘーロス、モンクのパーンチ、巴術士ジージに加えて、高潔の元勇者ノーブルがいて、第二聖女クリーンが率いる。


 こうして歴代最強と言っていい聖女パーティーは――いや、聖女と元勇者混成のパーティーは、王国北西部の貴族たちの進軍の裏でこっそりと隠密行動を開始した。


 王国はついに内戦状態となったのだ。

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