第208話 混迷する王都

 物語は一時、王国内に戻る。


 第二聖女クリーンが現王及び大神殿こと王国の体制派に反旗を翻し、大陸南西部の辺境伯領に留まって、各地に檄を飛ばしてからさらに一月ほど――


 王都はというと、混迷を極める一方だった。


 本来ならば現王が各領主、あるいはそれぞれの騎士団に対して、


「反体制派の首魁となったクリーンを討伐せよ!」


 とでも命じれば済むところだったのだが……


 シュペル・ヴァンディス侯爵を筆頭とした武門貴族、またヒトウスキー伯爵の旧門貴族の主だったところがこぞって様子見したおかげで、急造の神聖騎士団を快く思っていない騎士たちは各々の所領に戻って自衛を始めてしまった。


 特に、ハレンチ神聖騎士団長に与しない聖騎士たちが、ヴァンディス侯爵領内に駐留したことで、期せずして王都の動向を牽制する役目を負った。


 おかげで神聖騎士団が下手に動き出せば、かえって武門貴族たちに四方から狙われる状況が形成されたわけだ。


 この場合、体制派としては個別撃破でも出来れば楽になったはずだが……残念ながら王都にはもうそれほどの兵力が残っていなかった。


 つまり、体制派の軍事力は神聖騎士団、大神殿に所属する神殿騎士団と、あとはせいぜい冒険者から転じた傭兵たちぐらいのもので、着々と勢力を増していく反体制派とはいかにも対照的だった。


 こうなると、頼りになるのは王権と神権という伝家の宝刀たいぎめいぶんぐらいで、そうは言ってもこれらとて王国民からの信頼は失われつつあるのが現状だ。


 むしろ、人気という点で言えば、王女プリムや第一聖女アネストよりも、第二聖女クリーンの方が圧倒的に高い――


 何しろ、流刑を申し渡されてからほんの一か月ほどで島嶼国をまとめ上げ、人族、亜人族、さらには魔族まで含めた混成軍でもって政変クーデターを起こしたのだ。


 王国民からしてみたら、吟遊詩人が語り継いできた叙事詩をまさに同時代的に体験しているようなもので、逆にクリーンに肩入れしない理由が見つからないほどだった。


 こうした不利な事態に、王女プリムもさすがに堪りかねたのか、表舞台にやっと姿を現すと、


「今こそ私に力を貸してください。バーバルと通じていた悪僧クリーンを討って、王国に真の平和を取り戻すのです!」


 そんなふうに説いて、勇者バーバルにかどわかされた可哀想なお姫様役を演じて同情を買おうとした。


 しかも、バーバルと親しかったクリーンこそが王女誘拐を画策した首謀者なのだと、やにむに批判し始めたのだ。


 だが、これらプロパガンダに対して、王国民の反応はとても冷ややかだった……


「バーバルとクリーン様が通じていたって言われてもなあ」

「そもそも、クリーン様はたしかセロ様の婚約者だったわけだろう?」

「それに聞いたか? 第六魔王になったセロ様に王国を攻めないようにと、全裸になってまで身をていして嘆願してくださったそうだぜ」

「聖女様が全裸! だから、あんなふうに自らを厳しく縛って罰していたのか……」


「「「何と言う愛国者だ!」」」


 と、まあ、第六魔王国滞在時のエピソードに尾ひれ羽ひれが付いて、クリーンの持ち上げようときたら、いっそ恐ろしいものがあった。


 当然、その裏には第六魔王国に新設された諜報機関こと元冒険者のクライス・ハザードが立ち上げた『新調査猟団』の暗躍があったわけだが……


 何にしても、プリムが悲劇の王女様を幾ら演じようとも、相思相愛・・・・の第六魔王セロと流刑によって決別せざるを得なかったクリーンの方がよっぽど可哀想だという声の方が圧倒的に高かった。


 これにはさすがの王女プリムも頭を抱えたのか、今度は別の方向から扇動することにした――


「信仰は不変です。神を信じる心があれば、貴方がたは救われるのです」


 と、第一聖女アネストを通じて、王権や神権といった旧体制に則った価値観を滔々と説きながら一致団結を呼び掛け始めたのだ。


 もっとも、これは効果がとても薄かった――


 そもそも、アネスト自身は生真面目で堅物な聖職者であって、政治から一定の距離を置いて、あくまでも困窮した民衆に寄り添った。


 王女プリムや主教イービルから散々迎合するように言われても、頑なに断って、老い先短い教皇を守りながらも、弱者のそばに立ち続けたのだ。


 それに、神権というなら、クリーンも王国民の人気を後ろ楯にして、いまだ聖女を罷免されていないわけで、アネストが沈痛な面持ちで信仰を語ろうとも、まるで暖簾に腕押しだった。


「それより銅像は買ったか?」

「銅像? 最近、見かけるようになったセロ様の小さな像か?」

「あれを手に入れてから、体の調子がやたらといいんだ。腰痛に悩まされていたのに今じゃ全然だぜ」

「何でも、セロ様を信じれば救われるオーリオールらしいぜ」


「「「セロ様像買うっきゃないな!」」」


 と、まあ、こうして世にも恐ろしい新興宗教の波が王国にも忍びよってきていたわけだが……


 説明するまでもなく、これは巴術士ジージが開いたねずみ講――もとい全人族補完計画だそうで、さすがに長らく宮廷魔術士として王族のそばに仕えていただけあって、王国民の洗脳などわけがなかった。


 とまれ、王女プリムたち体制派としてはそんな八方塞がりな中でも、他にも様々な手を打ちだし始めた――


 まず、神聖騎士団によって王都の取り締まりを強化して、反体制にまつわる言動に対して徹底的な弾圧を行った。


 当然、王国民への締め付けは悪手以外の何物でもなかったが、そうせざるを得ないほどに王都では革命クーデターの機運が高まっていた。


 次に、神聖騎士団を辺境伯領に差し向けられない現状、第二聖女クリーンに対しては秘密工作を行った。


 要は暗殺である。クリーンがいつまで経っても南西に留まって、中央までやって来ないので、結局のところ、闇討ちぐらいしかやれることがなかったわけだが……


 ……

 …………

 ……………………


「ふん。他愛もない。王国の暗殺者はこの程度か。これでは自慢の騎士とやらもろくなものじゃなさそうだね」


 そう言って、クリーンは・・・・・ワンパンで暗殺者を沈めた。


「そう言われると、王国の臣民としては何だか情けないというか、哀しいというか、複雑な思いになってきますが……」

「キュイ……」


 続いて、女聖騎士キャトルはすまなそうに目を伏せてみせた。なぜか胸もとにいるヤモリのドゥーズミーユまでもが一緒にしょんぼりしている……


「まあ、いいさ。あの頭のおかしい・・・・・・のが戻ってくるまで、こいつらを叩き潰せばいいっていうんだろ?」


 クリーンは領主館一室の椅子に大股を開いて座って、「かあー、ぺっ」と、豪快に痰を吐いてみせると、自身にかけていた認識阻害を解いた。


 なりすましていたのは、女海賊もとい妖精ラナンシーだった――


 とはいっても、実のところ、この一月ほど、王国の暗殺者は羽虫の如く大量に湧いて出てきたきたのだ。


 だが、当然のことながら、護衛していたダークエルフがしらみ潰しにしてきたし、クリーンに扮していたのがラナンシーだったこともあって、この二重構えを突破出来る者は皆無だった。


 そもそも、暗殺の対象たる肝心の第二聖女クリーンはというと――


 すでに王国内にはいなかったのだ。

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