第206話 内剛外柔
エルフの現王ドス、その弟とされる狙撃手トゥレスの長兄と自称した
「早速だがセロよ。
そう切り出してきたので、さすがにセロも面喰った。死神レトゥスがどういう人物かよく知らなかったからだ。
地上に伝わるエピソードとして最も有名なのは、第七魔王こと不死王リッチに離反された魔王というものだろうか。何でも地下世界の霊界では、霊魂になったのだからこれ以上は死ぬことはないという理由で、四六時中、一時たりとも休むことなく、過酷な労働が課されているらしい。
もともと不死性を持つ魔族からして、魔王の為なら全てを捧げるという過激な考え方に傾きがちなのに、その度をさらに越えた超絶ブラック世界ということもあって、セロとしても霊界とだけはお付き合いしたくないなと考えていたところだ。
というか、そもそもセロは聖職者だったので、死神とは言ってしまえば天敵に当たる。かつてセロが大神殿で信奉していた神に対する悪神なのだ。
もっとも、セロが信じてきた神が天界では『
そういう意味でも、セロには死神レトゥスと手を組む気になれなかったし、何より地下世界にある魔王国と同盟を結ぶというイメージが上手く想像出来なかった――
これが大陸にある国家同士ということならよく分かる。実際に、第六魔王国は『火の国』とも、第三魔王国とも友好的な関係を結んでいるし、最近では島嶼国からの
だが、地下世界となると話は別だ。
そもそも、奈落があるので自由には行き来が出来ない。
あのルシファーでさえも、天族との約定云々ということで地上には一歩も足を踏み入れなかったぐらいだ。事実、今も死神レトゥスは『魂寄せ』という格好で、ウーノの遺体を通じてセロと話をしている。
「…………」
だから、セロが思案顔になって無言を貫いていたせいか、死神レトゥスは憑依していたウーノにやれやれと肩をすくめさせた。
「第六魔王の愚者セロよ。あまり難しく考えることはないんだ。拙からの提案はとても単純なものなのだから――」
そこでいったん言葉を切ると、死神レトゥスが取り憑いたウーノはゆっくりと二階広間の椅子まで歩いていって、「座っても?」とセロに尋ねた。どうやら片足が腐っているのでずっと立っているのが難しいようだ。
セロは「どうぞ」と応じて、執事のアジーンに椅子を引くように目で合図を送った。
アジーンがもてなすと、屍喰鬼のウーノは椅子に深くもたれかかって、「ふう」と小さく息をついてから落ち着き払った口調で話を続けた。
「これからセロには拙と同様に接触してくる者が出てくる。そのうちの一人はセロを脅してこの国を滅ぼしかねない。もう一人はセロを配下にしてこの国を手に入れようとするかもしれない」
そこまで言われて、セロはすぐにピンときた。
前者がおそらく第一魔王こと
「つまり、あなたはその二人と違って、僕と手を結びたいという立場なわけですか?」
「その通りだ。これまで地下世界では三竦みが成立していたからこそ、力関係が均衡していた。しかしながら、地上世界にセロという強力な魔王が誕生した。互いに地下に引きこもって、セロに手を出さないうちは、これまで通りの関係で済んだはずだった」
「でも、ルシファーが現れて、僕を地下の『
「うん。理解が早くて助かるよ。その『万魔節』にて、セロは必ず問われることになる。敵意に打ちのめされるのか。支配を受け入れるのか。それとも、友好を結ぶのかと――何にしても、最初にセロと接触したのが拙だということに、少しぐらいは感謝してもいいと思うよ」
そう言って、死神が寄生したウーノは胸を張ってみせた。
セロはまたもや面喰った。世間一般で言われている死神のイメージとずいぶん違ったからだ。
繰り返すが、死神レトゥスと言えば、亡者の親玉みたいなものだ。第七魔王こと不死王リッチを配下に置いていたことでもよく知られていて、少なくとも聖職者だったセロからすれば、本来ならこうして会話しているのもおぞましい存在だ。
あるいは逆にこう考えることも出来る――人族にとって信仰の象徴たる教皇がいるように、魔族にとっては死神こそが同等の存在なのかもしれない、と。
もしかしたら、地下世界の三権を司るのが地獄長で、軍事を統括するのが蠅王で、神事を執り行うのが死神といったふうに考えれば分かりやすいのだろうが……実際には魔族らしくもっと混沌としていて、それぞれの役割を奪い合って、互いに牽制している状況なのかもしれない。
何にしても、ずっと考察ばかりしていても埒が明かないので、セロは死神レトゥスに強気に出てみることにした。
「それで他の二人の魔王を出し抜いて同盟を提案してくださったのです。それもエルフの王族であるウーノの遺体を乗っ取ってまで――ということは、僕たちにとって何かしら有益な話もあると考えていいのですよね?」
セロは内心びくびくしながら上目遣いでウーノの遺体をじっと見つめた。
すると、ウーノの遺体は不気味にけたけたと笑い始めた。怒らせたかなとセロは不安になったが、死神レトゥスはむしろ上機嫌だった。
「いいね。もし他の二名の魔王を恐れて、拙との同盟にすがりつくようだったら、逆にその魂を刈り取ってやろうかとも思っていたのだが……さすがは地上を統べる第六魔王だ。ああ。その通りだよ。もちろん土産くらいは持って来てあげたさ。でなければ、このエルフの遺体に憑いたりはしない」
死神レトゥスはそう言ってから、ふいにルーシーにちらりと視線をやると、ウーノの口の端が裂かれるほどの不気味な笑みを浮かべてみせた。
「拙がセロに提供出来るのは――とある情報だ。吸血鬼という存在にまつわる真実だよ」
その頃、モタは温泉宿泊施設の入口で「にしし」とこれまた不気味な笑みを浮かべていた。
もちろん、宿泊客全員を狙ったら、ただのテロリストになって、王国だけでなく魔王国からも追放されかねないので、巴術士ジージとヒトウスキー伯爵の分にだけ混入させた。二人ともモタよりも実力者だし、普通ならモタの陰謀にすぐに気づくところだが、今回はモタにも強力な助っ人がいた――
……
…………
……………………
一応説明すると……最近、モタの周囲をぷーんと、よく飛ぶようになった虫系の
モタが杖や魔術書で叩こうとしてもすぐに逃げるし、いっそ魔術で焼こうとしても意外に抵抗してくるし、それなら虫が好物のヤモリ、イモリやコウモリたちに任せようかと思ったら、どういうわけかすぐに仲良くなっているし……
「ぐぬぬ。虫の分際で、わたしにこうまで反抗するとは……」
もっとも、モタに害を与えることはなかったし、蠅は不衛生だから嫌だなと思っていた矢先、一緒に赤湯に入ってきれいさっぱりしているし、なぜかお酒もちゅうちゅうと飲むし、たまにアジーンの燻製肉をかっぱらってくるし、さらにはモタが魔術の研究をしていると魔術書などを器用にめくりながら無言でアドバイスまでしてくれる。
「もしかして、この子ってば……超絶レアモンスター?」
セロに超越種直系のヤモリたちがいるのだから、モタにだって何かしらいてもいいだろうという安直な発想でもって、いつしかモタはその蠅を可愛がり始めてしまった。
こうしていつもよりヤバめな闇属性系ジュースが完成したのだが……
当然のことながら、モタはその蠅が第二魔王ベルゼブブの魂の残滓であることをまだ知らない。
何にせよ、蠅は敏感にも死神の気配を感じ取って、ぷーんと、魔王城に飛んでいった。
「あ、ちょい待ってよー」
モタはその後をすたこら付いていくのだが――本日もまーた、モタは健気にやらかしの上にやらかしを重ねようとしていたのだった。
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