第205話 石の客
「まさか……そんな馬鹿な」
エルフの狙撃手トゥレスの言葉を受け、セロのすぐ隣にいたルーシーがよろめいてしまったので、謁見はいったん中止となった。
ルーシーだけでなく、
そんなルーシー、リリンと共に、セロと執事のアジーンは、いつも食事を取っている二階の食堂こと広間に移って、二人の様子を
「大丈夫? ルーシー? リリン?」
セロが心配そうに尋ねると、ルーシーは額に片手をやってから答えた。
「本当にすまない、セロよ。もう大丈夫だ。思ってもいなかった話が出てきたので動揺しただけだ」
「私も問題ありません。外交の場でご迷惑をお掛けしました」
二人は健気に応えてくれるが、やはり本調子ではないみたいだ。
ちなみに、セロは広間に入る前にルーシーたちの父親ことドスについてアジーンに確認していた。
だが、アジーンは頭を横に振るだけだった。どうやら家宰であっても、真相カミラからは何も聞かされていなかったらしい。
そもそも、アジーンたち人狼が真祖カミラに仕えたのも、ルーシーたちが誕生して人手が必要になったからだそうで、その頃にはエルフのドスは魔王城にすでにいなかったそうだ。
そもそも、カミラはどこか秘密主義的な性格もあって、ドスの話を全くしたがらなかった。
結局、第六魔王国で要職についていた執事のアゾーンや人狼メイドたちにしても、
もっとも、カミラがシングルマザーとしてルーシーたちを立派に育て上げたことを考えると、もしかしたらドスとカミラは話にも出したくないくらいのひどい離婚をしたのかもしれない……
すると、ルーシーが「ふう」と一息ついてから静かに語った。
「実は、父親について、
同様に、リリンもゆっくりと肯くと、
「昔、母上からは、コウノトリが運んできた子だと伝えられたことがあります」
「うむ。妾なぞ堂々と、キャベツ畑で産まれたのだと教えられた」
「たしか……末妹のラナンシーはクリスマスプレゼントとしてどこかで授かったそうですよ」
セロとアジーンはやや遠い目になった。
真祖カミラはいったい子供たちにどんな教育を行ってきたのだろうか……
まあ、たしかに吸血鬼だから、血の契約とか、血を吸って眷族にするとか、王国にもそんな俗説が色々と伝わっていて、セロとて最初のうちはルーシーによく呆れられたものだ。
だが、さすがに今どきコウノトリとかキャベツ畑とかはないだろう……まあセロも去年まで無邪気にサンタクロースを信じていたくちだが……
「何にしても……良かった」
そんなセロの心配をよそに、ルーシーはというと、「ほっ」と一息をついた。何だかとても実感がこもっていた。
もしかして、生き別れみたいになっていた父親とはエルフの大森林郡で会えるかもしれないと――感動の再開にでも思いを馳せているのかなと、セロがちらりとルーシーの方を盗み見ると、
「母上が父のことを全く語らないものだから、妾たちはもしや、
「姉上もですか? 実のところ、私はアジーンが父親だと疑っていました」
リリンがそう応じたとたん、アジーンは「そんな馬鹿な」と罰が悪そうに両手を振った。
とはいえ、たしかにこれだけ広い魔王城に人狼はメイドばかりで、男手はアジーンだけ――そのアジーンにしても昔はぶいぶい言わせていたらしいとなると、そんなふうに疑いたくなるのも無理はないだろう。
何にしても、この広間にいる三人だけでなく、他の人狼メイドたちも、どうやらエルフの父王ドスのことはよく知らないようだ。
セロはそろそろ先ほどの話の続きをさせようかと、トゥレスでもこの広間に呼ぼうとした矢先、アジーンが「そういえば――」と顎に片手をやった。
「ドス……ドス……思い出しました! たしか、エルフの王族の名だったはずです」
「何か知っていることでもあるの?」
セロが尋ねると、アジーンは「あ、いや、その……」といかにも歯切れが悪い。
「構わぬぞ。アジーンよ。妾たちも子供ではないのだ。それに父の話を初めて聞かされて、つい情けなくも動揺してしまったが、もう踏ん切りはついた。語ってみせよ」
「畏まりました。では、お耳汚しになるやもしれませんが――」
アジーンはそこで言葉を切って、セロ、ルーシーとリリンに順に視線をやった。
「先ほども言った通り、ドスとはエルフの王族の名だったはずです。そして、お恥ずかしい話ですが、
ルーシーとリリンがすでに白々とした目になっていたので、セロが合いの手を入れてあげた。
「そ、その男が、ドスだったと?」
「はい。エルフは一般的に他種族とはほとんど交わりません。だからこそ、エルフの統括している大森林群から他所に出てくる者はすぐに名が知られます。トゥレス然り、今回のドスもです」
「じゃあ、ただ有名だったってだけじゃないのかな?」
セロがそう問いかけると、アジーンは申し訳なさそうに頭を横に振った。
「いえ、泣かせた女の数知れず。それもエルフの王族ということもあって、まるで奴隷でも扱うかのように事後は捨て去っていったとか」
「女の敵だな」
「許せませんね」
ルーシーとリリンが呟いた。
セロはあたふたとした。セロにとっては仮にも義父に当たる人物なので、何とかフォローしてあげたいところだ……
すると、リリンが「うーん」と何かを思い出したかのように言った。
「そういえば、母はよく、男など全て根絶やしにしてしまえばいいのだと、エリンギをとょきちょきとハサミで切りながら、まだ小さかった私をあやすときにそんな恨みつらみを歌ってくれたことがありました」
「うむ。妾も思い出したぞ。母はたしかに刷り込むかのように、男は堅実で、身持ちが固く、むしろ女に興味を持たないぐらい無害な者こそ良いと、帝王学のついでに叩き込まれた。そんな男を徹底的に金づるとして仕込んで、家庭については有無を言わせるなとな」
ルーシーの言葉を聞いて、リリンとアジーンはセロに視線をやった。
セロは「いや、何だか照れるなあ」と笑みを浮かべたが、リリンも、アジーンも、子供の頃の刷り込みは恐ろしいものだなと実感した。
「つまり、ろくな男ではなかったということですね」
意外なことに、リリンがあっけらかんと応じると、ルーシーも「ふむ」と続いた。
「そんな男と三人も子供を設けるのだから、母上の方もどうかしている。母上がどこかで生きているというなら、文句の一つも言ってやりたいものだ」
どうやら二人ともいつもの調子に戻ってきたようだ。
セロも、アジーンも、「ふう」と安堵の息をついて、それからアジーンはセロたちの許可を得て、トゥレスを呼ぶようにと人狼メイド長のチェトリエに指示を出した。
ところが、広間にやって来たのは――なぜかドルイドのヌフだった。
「失礼します。三人がこの広間に入った後に、トゥレスには地下に来てもらって、色々と話をしてもらいました。もちろん、とても協力的に語ってくれましたよ」
そんなふうにしれっと笑みを浮かべるヌフだったが、誰もが拷問室で
「そんなトゥレスの話をする前に、皆に一人、会ってほしい者がおります」
すると、ヌフは一人のエルフの男性を広間に引き入れた。
ただ、そのエルフの男性はどうにも肌の色艶が思わしくなかった。いや、そうではない。セロは人生で初めて見た――これはエルフの
もちろん、屍喰鬼のフィーアのように赤湯の奇跡に浸ってはいないので、ろくに意思を持たず、目つきなどもとろんとした亡者に過ぎない。今は簡単な拘束魔術によってあまり動けないようにされているようだ。
「この者はウーノと申します。当方がかつて迷いの森にてトゥレスと接触した際に、手渡された遺体となります。エルフの王族で、先ほど話に出ていたドス、それとトゥレスの兄に当たる者でもあります。その詳細については後程、お話いたしましょう。まずは『魂寄せ』によって、ウーノ本人をこちらの世界に導きます」
ヌフがそう言って、祝詞を謳うと、光の粒子が天から円状になって下りてきた。
ドルイドのみが持つとされる秘技だ。セロもその存在だけは知っていたが、これまた見るのは初めてだった。
その光の輪がウーノの頭上に輝くのと同時に――
突然、床から禍々しい両手が突き出てきた。
ヌフが「えっ?」と驚愕の表情を浮かべる。セロたちはすぐに立ち上がった。それぞれ武器を構えて、ウーノの体に吸収されていく亡者の魂に攻撃を仕掛けるべきか否か、しばし様子を窺っていると、
「ふう。地上は久しいね。そこのドルイドの少女よ。残念ながら、この者は非業の死を遂げたこともあって霊界に捕らわれている。とまれ、『魂寄せ』にて呼んでくれたのは助かった。『万魔節』の前に
ウーノの魂に寄生した者はそこまで言うと、ウーノの頬を小さく緩ませてセロに向かい合った。
「拙は、霊界を治める第四魔王こと死神レトゥス。地上を統べる第六魔王セロよ。以後、お見知りおきを願おう」
―――――
男性読者が多そうな拙作ではどうでもいいことかもしれませんが、レトゥスは作中一のイケメンという設定です。
ここらへんはゲームのハデスの影響を受けています(今はウーノに取り憑いているから外見は分からないけど)。
さて、ハデスといえば、ゲームさんぽさんのYOUTUBEがとても面白くてためになるので、お時間があった是非どうぞ。
ちなみに、「石の客」というサブタイトルはプーシキンの戯曲から採っています。
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