第200話 女豹大戦 06
ヌフは女豹たち全員をもやの中に閉じ込めてから、「ふう」と一息ついた。
強力な触媒や魔術陣を使用した封印ではないので、しばらくしたらルーシーには解かれるかもしれない。
だが、数時間はかかるはずだ。もやの中でディンと上手く合流出来たとして、それでも夜になるまでは出られまい――決着をつけるには十分過ぎる時間稼ぎになる。
残る問題は、
「はてさて、分かりませんね。もともと何を考えているのか、当方でも読み切れない御仁です」
ヌフからすれば、魔王城の地下階層にて共同研究する同僚に対して最大限の賛辞を贈ったわけだが――何にしてもこうなったら、そのエメスが表に出てくるまでに全てを決するまでだ。
「それでは、セロ様のもとに進みましょう」
もっとも、ヌフはこの気持ちの昂りをまだよく理解出来ていなかった。
これまで恋人なぞついぞ作ったことがなかったし、求めたことも一度としてなかった。むしろ、魔術や法術の研究こそが恋人だったと言っていいくらいだ。
そもそも、古の時代から生きてきたヌフにとって、種の存続――
先日、エークに指摘されて、初めて頭の片隅を過ったほどで、今回、『女豹杯』に出場したのも、セロに対する恋心と言うよりも、エークへの対抗心が勝ったからというのが正確なところだ。
そもそも、魔術や法術に明け暮れてきたヌフは他人に対して興味を持たなかった。
そのおかげでかえって認識阻害や封印の第一人者になれたのは皮肉そのものだが……さすがにそれではいけないと、人族観察も含めて試しに手を出して嵌まってしまったのが、王国の貴族子女で流行っていた恋愛小説だ。
おかげで今となっては、ディンよりもよほど耳年増で、最近では
明らかに努力の方向性を誤っているのは、性癖的にあれなエークも含めて、ダークエルフの長の宿命なのかどうかは知らないが――
もっとも、ヌフはそんな考えを覆す存在に出会った。
たかだか十数年しか生きていない人族が呪いによって転じただけで、魔神の如き力を手に入れたのだ。
これほどまでに凄まじい存在は、長い生の中でも、勇者の始祖にして吸血鬼の真祖となったカミラ以外にヌフは知らなかった。
ということは、セロもカミラ同様に、この世界で
こればかりは今では亜人族の頂点の一角となったヌフでもなりえなかった存在だ。
だからこそ、ヌフはセロについてよく知りたかったし、知ろうとすればするほど、たしかに欲するようにもなっていた――
「この想いが恋なのかどうかは分かりません……でも、きっと、共にいたい気持ちは誰にも負けない。いえ、負けたくない!」
ヌフはそう言い切ると、もやの中から付き人のドゥと手を繋いで出てきた本物のセロに近づいていったのだった。
「セロ様! こちらでしたか。大変申し訳ありません。急ぎでお越し頂けますか?」
もっとも、そんな覚悟を決めたヌフよりも早く、エークがセロのもとに駆けつけてきた。
つい先ほど、審査員としてディンに身内贔屓してかぱっと地下に落とされたはずだが……
そこはさすがにセロの側近を務める男だ。審査員を首になったばかりだったが、今はすでに仕事の出来る近衛長の顔つきにきちんと戻っている。
これで本当に性癖でさえあれでなかったら、求婚も絶えず、ヌフだってこんなふうに表舞台に出てこなくて済んだのだけど――
と、ヌフが唇を尖らせていたら、セロがエークに問い質した。
「エークじゃないか。何かあったの?」
「緊急事態です。道すがらご説明いたします。ともあれ、どうかお急ぎください」
エークはそこまで言って、ヌフにもちらりと視線をやって、わざわざ会釈をしてみせた。
「申し訳ありませんが、ヌフは諸事情によりそこで皆さんと一緒に待機していてください。
ヌフはその言葉を聞いて、もしかしたら喫緊の問題でも起きたのかと、我が身の不運を呪うしかなかった。
例の件とはもちろん『女豹杯』のことで、どうやら諸事情でいったん中断ということらしい……
その一方で、セロも朝から何かありそうだなと身を引き締めていたので、「まーたモタがやらかしたのかな」と、謂れのない非難を口にした。
何にせよ、セロはエークと連れだって魔王城まで地下通路を経由して戻った。
とはいえ、セロはやや訝しんでいた。急げと言うわりにはエークがドゥのてくてくという歩調に合わせてあげていたからだ。もしかしたら、ドゥが関係しているのだろうか……
すると、セロが魔王城の玉座に座ったとたんにアナウンスが流れた――
「第六魔王国魔王城、緊急シークエンスにより発進します。
エメスの声が響くと同時に、魔王城は大きく揺れて浮遊を始めた。
ただ、魔王城はなぜか浮遊したまま、上空高くに滞在し続けた。というのも、実際には問題など何一つとして起こっていなかったのだ。
いや、たった一つだけ――問題と言うならば、現状、エメスはセロを手の届かない空へと事実上軟禁していた。さながらヌフが封印によって他の女豹を閉じ込めたように。こうしてエメスも策略によって皆をセロから遠ざけたわけだ。
そのことに他の女豹たちが気づいても、後の祭りである。
一方で、ヌフはというと、地上で呆然とするしかなかった。
浮遊城を見て、「してやられた!」と瞬時に悟った。おそらくエークは買収されたのだ。
きっと加虐のご褒美か何かにつられたに決まっている。種の存続だの、お見合いだのと焚き付けておきながらこの仕打ち――
いや、もしかしたら端からヌフの封印で他の女豹を遠ざけさせることを狙ったのか。そういう意味では、身内贔屓でレッドカードをもらったのも計算のうちだったのかもしれない……
何にしても、ヌフが動揺したことによって封印は一時的に解けていった。
他の女豹たちも一斉に空を見上げる。
肝心のセロはエメスによって物理的に遮断されてしまった。
これからエメスがどうやってセロに求婚の言葉を吐き出させるかは知らないが、封印よりも厄介な分断工作に嵌められたのは間違いない。
が。
ラハブはいっそ笑ってみせた。
「よくやったぞ! エメスよ!」
もちろん、ラハブとエメスは協力などしていない。だが、封印はともかく、上空にいるだけならばラハブにとって何ら問題はない。女豹たちの中で唯一空を飛べるからだ。
もちろん、ルーシーたちも風魔術の『浮遊』は可能だが、ラハブのように竜族の種族特性の『飛行』までは出来ない。
この世界では『飛行』可能な種は限られていて、天族、竜族、
特に、今日のように風が強いと、『浮遊』では上空で持ちこたえられない……
「ふふ。これで決まったも同然だな」
ラハブはルーシーに向けて満面の笑みを浮かべてみせた。
そして、竜人として誇るかのように水魔術で作った透明で煌めく両翼を背中に現すと、最初はゆっくりと……次いで豪快にばっさ、ばっさと、上空に飛び立っていった。
「いいだろう。エメスよ。そこまで
だが、ラハブは上空で意外な者を見つけた。
それはドゥだった。いや、正確に言えば、巨大ゴーレムだ――『E-METH105 ストライク』を改良して、カタログスペック上は古の魔王級にまで底上げされた、『かかしストライクフリーダム』が迫ってきたのだ。
「笑止! まかり通る!」
ラハブはそう言って突っ切ろうとするも、その笑みはすぐに途切れた。
ドゥの頭の中で
「ちい!」
ラハブは何とか両腕を鱗状の盾にしてそれらを防いだが、油断していたこともあって、エネルギー波に押しきられて、無残にも地上に叩きつけられてしまった。両翼もボロボロだ。
こうして女豹たちは全員、完全にセロから遠ざけられてしまったのだ。
さて、物語はやっと、解説のモタが実況のアジーンに揺すって起こされた時点にたどり着く――
「ひょえええ! 起きたらなぜか空飛んどるー!」
「落ち着いてください、解説のモタさん。あと、とりあえず第二解説のヒトウスキーさん、お疲れ様でした」
「ふむ。ろくに喋りもせんかったが、お疲れ様でおじゃる」
「ところで、モタさん。これはもう一方的な展開と言っていいのではないですか?」
「ほいな。まさか浮遊城を発進させて、こうして物理的に遮断してくるとは考えてもしていなかったですねー。てか、ドゥはやっぱりまたおやつで釣られたのかな?」
「ええと、最新の情報が入ってきました。最新鋭のかかし機体と、一週間分のおやつで釣られたとのことです」
「ドゥもお子ちゃまですからね。ロボットとおやつには敵いませんかー」
「それはともかく、ドゥが『かかしストライクフリーダム』に搭乗して空の番人になっている以上、誰も浮遊城には近づけませんよ。果たして他の選手たちはどうするつもりでしょうか。やはりもう勝負は決まったも同然ですかね? はてさてこの状況、どう考えますか、解説のモタさん?」
「いや、まあ……手がないことは……ないんですけどね。はてさて、本人がそれに気づくかどうかですねー」
「おや、モタさん。こんな絶体絶命の危機の中で、選手たちに何か逆転の手段があるとでもいうのですか?」
「もちのろんですよ」
モタはそう断言すると、実況解説席のすぐそばにいた、
「ね。そうだよね?」
問われたものは、「キュイ!」と元気よく答えたのだった。
―――――
【現時点の保有ポイント】
※前話から変更なし
ルーシー:18
エメス:0
ヌフ:3
ディン:9
リリン:10
ラハブ:24
アジーン:25(※モタに対して)
【その他】
パーンチ:ヒトウスキーと一緒に宴会場で食事中
シュペル:「最近毛根がしっかりしてきたな」とご満悦
魔族の大半:次話が最後だからと、先にトイレなどを済ます
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