第199話 女豹大戦 05

「このままではマズいわ」


 実のところ、ディンは焦っていた。


 せっかく旧スクという魔装まで持ち出したのに、セロからは子供としか見られていない。これでは第一妃になるなど夢のまた夢だ。


 もっとも、あと五、六年もすれば、他の女豹たちに勝てる自信はあった。なぜかセロの周りには、ルーシー、リリンやラハブなど、綺麗どころばかり揃っているが、ダークエルフとて大陸随一の美しさを誇る種族だ。


 ただ、ディンにしても、そんなに何年ものんびりとは成長を待っていられない……


 そもそも、この『女豹杯』に勝たなくてはこれからずっと後塵を拝することになるのだ。


 今、ディンも含めた他の女豹たちもプールでのアピールタイムを終えて、簡易的に建てられた更衣室で着替えて、最後のコーナーを迎えようとしていた。


 だから、ディンは「やるしかない!」と意を決した――


 ダークエルフはドルイドを輩出しているように、吸血鬼と並んで認識阻害などの魔術が得意な種族でもある。


 ディンは旧スクを着こんだまま、モタのようにマントを羽織って、誰よりも早く更衣室から出ると、外でちょうど一人きりになっていたセロを見つけた。


 都合の良いことに周囲にはもやがかかっている。もしかしたら、プールから水を抜いて、試験的に熱いお湯でも入れているところなのかもしれない。


 何にしても、これは千載一遇のチャンスだ――


 ディンは自身に認識阻害をかけた。だいたい二十歳ぐらいの自分をイメージする。


 魔装のおかげでずいぶんとボンキュッボンになっているような気もするが……そこはまあご愛敬だ。とにもかくにも、セロを誘惑出来ればいいのだ。


「セロ様――」


 ディンがそう告げて、セロを振り向かせると、


「もしかして……ディン?」

「はい。そうです。私です」

「でも、その姿は、いったい……」

「このもやが見せた奇跡なのかもしれませんよ。うふふ」


 ディンは微笑を浮かべてみせた。


 性別関係なく、誰もが惹かれる笑みだ。まだ子供らしい無垢さと、大人になりたい背伸びした色気とが混ぜ合わって、不思議な魅力を醸している。


 これにはセロも驚いたようで、若干たじろいでいた。ディンはそこに勝機を見出した。この姿ならばいける、と。


「セロ様……実は私……」

「いや、ディン。全てを言わなくてもいいよ」

「……え?」

「僕は最初から決めていたんだ。求めているのは、君だけだと。年齢なんて関係ないさ。さあ、僕と結婚しよう」


 それはあまりにも唐突なプロポーズだった。


 ディンは思わず両手を口もとに当てて、涙をこぼしかけた。このとき、幸福の絶頂にいるのだと無邪気に信じて疑わなかった――






「何だ……この気象は?」


 リリンは更衣室から出ると、周囲にもやがかかっていることに首を傾げた。


 たしか早朝、執事のアジーンは実況でこう言っていたはずだ――「本日は天気晴朗なれど風強し・・・」、と。


 となると、この状況はいかにもおかしい。もっとも、リリンはそんなもやの中で一人きりになっているセロを見かけた。


 周囲の地形が分からずに迷ってしまったのだろうか。何にせよ、これはチャンスだ。今なら余計な邪魔は入らないだろう――


「よし!」


 リリンはぐっと拳を握り締めて意を決した。


 そもそもリリンは夢魔サキュバスなのだ。本来ならこのような勝負では他者を圧倒しなくてはいけない立場だ。


 だが、これまでリリンは夢魔としての能力を伸ばすことを怠ってきた。姉のルーシーと比べられたくなかったせいだ。


 ルーシーは一種の完璧超人だ。一を教えれば十を知り、十まで分かればを全てをものにする――そんなルーシーより秀でているものがあるとすれば、それは夢魔として相手に『魅了』をかける能力スキルに他ならなかった。


 ただ、もしそれすらもルーシーに劣っていたとしたら?


 結局、ルーシーに比べられることを恐れて、リリンは料理という道に逃げた。


 いや、逃げたというのは正確ではない。食事の多彩さや芸術性に惹かれたのは確かだ。そうはいっても、夢魔としての能力に磨きをかけてこなかったのもまた事実だ。


 だが、それももう今この瞬間で終わりになるだろう――


 姉のルーシーが求めるものセロに手を出そうなど、これまでのリリンなら考えも及ばなかったことだ。


 要は、リリンは乗り越えたくなったのだ。姉を。そして、過去の自分も。


「だからこそ、今、私は正攻法でいきます」


 リリンはセロにゆっくりと近づいた。『魅了』を最大限に周囲にバラまいている。


 当然、セロはほとんどの精神異常を無効化するとはいえ、邪竜ファフニールの『猛毒』にかかったのだ。リリンはそこに一縷の望みを見出した。


 だが、セロはリリンによる精神異常攻撃を感知したのか、すぐに振り向くと、むしろ微笑を浮かべてみせた。


「はは。そんなことをしなくても十分だよ、リリン」

「……え?」

「君の本気は分かった。そこまで求められて、無下には断らないさ。僕と永遠に一緒にいよう」

「…………」


 それは突然のプロポーズだった。


 もっとも、リリンはディンほど初心うぶでもなかった――






 ルーシーはラハブと更衣室の中でずっといがみ合っていた。


 もともと、真祖カミラや邪竜ファフニールがトマトパーティーという名の『万魔節サウィン』をやっていた頃からあまり良さそうには見えない間柄だ。


 何度も喧嘩したことがあるし、どちらの勝利が多いのか忘れてしまうほどに、その実力も拮抗していた。


 だから、今回の『女豹杯』にしても、


「このままいけばの圧勝だな」

「何を言っている? 本番はこれからだ。わらわの底力を見せつけてやる」


 そんなことを言い合って、「いーっ!」と互いに額を突き合わせながら外に出てみると、


「おいおい、ルーシー。何だ? このいかにも怪しげなもやは……第六魔王国ではこんな自然現象が起こるのか?」

「いや、起こらん」

「では、これは? 微かな呪詞の形跡も感じるが?」

「さすがだな。気づいたか。だが、これはいとマズいな。ヌフにしてやられたようだ……」


 さすがにルーシーはヌフの仕掛けにすぐに気がついた。


 もやの中からご丁寧にセロが二人分も出て来て、ルーシーとラハブに甘い言葉をかけてくるも――


 ルーシーは血の剣で、またラハブは自らの拳でそれらを簡単に退けた。セロの姿を模していても、そこに躊躇などは微塵もなかった。


 だが、それよりも厄介なのは、むしろもやの方だと二人とも分かっていた。


「もしや、これが封印ってやつなのか?」

「その通りだ。どうやら妾たちはもやの中に閉じ込められたようだ。ヌフ本人をこらしめるか、どこかにある触媒を壊さなければ、脱出することは出来まい」

「はあ……なるほどな。余はこういうのは苦手だ。貴様に任せたぞ」

「ふん。ならば都合が良い。貴女だけここに閉じ込めて、妾はさっさと出て行くことにしよう」

「おいおい、それは卑怯だろう?」

「卑怯だと? 鋤を持って来て、好きですと言わせるような輩に言われたくはない台詞だな」

「あれは立派な戦術だ。ルール上、間違ってはいない」

「ほう。それならここに閉じ込めたままにするのもまた戦術だ。間違ってはいまい?」


 ルーシーがそう言うと、二人はまた額を突きつけ合って、「いーっ」といがみ合い始めた。


 いやはや、実のところ、意外と仲が良い二人なのであった。



―――――


【現時点の保有ポイント】

※前話と変わらず増減なし

ルーシー:18

エメス:0

ヌフ:3

ディン:9

リリン:10

ラハブ:24

アジーン:25(※モタに対して)


【その他】

パーンチ:ヒトウスキーと一緒に温泉から上がってまったり中

シュペル:いまだ赤湯こってり

魔族の大半:勝負の行方にハラハラドキドキ


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