第198話 女豹大戦 04

「解説のモタさん、起きてください。モタさーん!」

「あと三分……」

「ダメです。それは起きない人の言う台詞です。休日じゃあるまいし、いつまで寝ているつもりですか。もうお昼はとうに過ぎて、そろそろ夕方で・・・暗くなりかけているんですよ!」

「じゃ、あと三時間……」

「伸びているじゃないですか! それより大変なことが起きているんです。目を覚ましてください。モタさん!」

「うっさいなあ……いったいどしたん、アジーン?」

「ほら、外を見てください! エメス選手のおかげで『女豹杯』の後半戦がとんでもないことになってしまったのです!」

「……ん? 外? ……あれ? ひょえええ! ま、ま、まさか、これは――?」

「はい。このままいくと――」

「エメスの優勝確定ってことじゃん!」






 というわけで、時間はその日のお昼過ぎ・・・・までいったん巻き戻る――


「さて、皆様。大変お待たせしました。昼食を終えて、『女豹杯』もそろそろ後半戦を迎えようとしています。実況は前半から引き続き、手前てまえことアジーンと――」

「ぐー、すぴー」

「モタさん? モタさん? もう始まっていますよ?」

「うーんばりばり」

「おや、歯ぎしりまでしていますね。まあ、皆様も薄々と気づいていらっしゃったかと思いますが、モタさんがてこでも動かない見事な眠りっぷりですので、こんなこともあろうかと、事前に解説については別の方と中継を繋いでいます。赤湯こってりに入浴中のヒトウスキーさん?」

「はてさて、何でおじゃるか? 麻呂はせっかくまったりしていたのに……」

「申し訳ありません。当魔王国で暇をしている人材など限られてしまうので、モタさんがこうなった以上、他に選択肢がなかったのです」

「……麻呂とモタ殿がまるで穀潰しみたいな言い方は止めてほしいでおじゃる」

「ところで、現地はどうなっていますでしょうか?」

「ふむ。セロ殿は公務を終えた後に温泉宿の宴会場で昼食を済ませて、午後は新たに建設中の温泉パークを見学すると言っておったでおじゃる。今日は早めに湯を浴びたいとの意向なので、そうなるとさすがに女性陣は男湯には入れまい? 勝負は夕方までにはつきそうでおじゃるな」

「なるほど。ありがとうございます。それでは現地映像に切り替えましょう――」


 アジーンがそう言うと、魔王城北にある広い平野が映し出された。


 以前、セロと邪竜ファフニールが戦った場所だ。戦禍の痕はすでにヤモリたちによって整備されていて、ここに巨大な温泉パークを建設する予定らしい。


 もっとも、今はまだ花崗岩で囲った広い浴槽に試験的に水しか入れていない。おかげでプールのようになっていて、女豹たちも戦いを忘れて昼食後の一時を満喫しているようだ……


 いや、違うか。そこはさすがに女豹――


 肌の露出が多い水着を纏って、セロを誘惑することを忘れていない。


 もっとも、ドルイドのヌフは相変わらず海女あまさんのような白木綿の上下でほぼ全身を隠しているし、また夢魔サキュバスのリリンも動きやすさ重視で競泳水着のようなボディスースーツを選んでいる。


 当然のことながら、モノリスの試作機に楽園の光景を求めていた男性陣からは「はああー」というため息が漏れたわけだが、そこにルーシーが映し出されると、「おおおー!」と歓声が漏れた。


 というのも、ルーシーは大人の色気を演出するかのようにセパレートのビキニで、しかもメッシュなのでほとんど裸に見えるのだ。


 とはいえ、目を凝らせばメッシュというだけで、実際には網目になっておらず、また透けてもいない。これは人狼メイドのトリーによる渾身の一作だ。


 もちろん、セロも思わず鼻の下を伸ばしたわけだが、海竜ラハブが登場すると、慌てて目を逸らしてしまった。というのも、ラハブが全裸だったせいだ……


 ルーシーがさすがに「むっ」と唇を突き立てて抗議しようとするも、一応局部は花弁ほどの竜鱗で覆っているし、どうやら蜥蜴人リザードマンも含めた種族特性として、鱗を自由に体に現わすことが出来るらしい。


 とはいえ、ほぼ全裸であることに変わりはない。これにはさすがに男ばかりの審査員席からも感嘆の声が上がった――


「おうふ。これはポイントの加算ですね」

「うむうむ。年寄りにはほんに目の保養になるわい」


 高潔の童貞ことノーブルとブルマ術士のジージだ。それぞれ二ポイントずつ加算している。


 何だか好き勝手に加算しているようにも見えるが、一応はセロの心理状態を読み解いたというもっともらしい大義名分があるそうだ。


 すると、そんなタイミングでディンがまた恥ずかしそうに遅れてやって来た。


 身に纏っているのは、紺色の水着だった。


 もじもじと恥ずかしそうにしているわりには、布面積は多めで、いかにも健全に見える。しかも、胸もとには白いワッペンで大きくディンと書かれている。


 そのときだ。審査員席からガタっと立ち上がる音がした――


「なぜ、あれをディンが着ておるのじゃ!」


 術士のジージだ。意外にも、わなわなと震えている。


 だから、実況のアジーンがすかさずジージ本人に解説を求めると、


「あれは……魔女の正装じゃ」

「ほう。正装ですか?」

「うむ。紺色は女子おなご魔力マナを高める。古来より魔女を目指す娘たちは紺色のものを身に纏って、独り立ちする仕来たりがあったくらいじゃからのう」

「なるほど。たしかに手前の隣で歯ぎしりしているモタさんも同色のマントを羽織っていますね」

「ためしにそのマントをめくってみい」

「よろしいのですか? では、師の許可を得たということで……寝ているモタさん、ちょいとだけ失礼しますね」


 そう言って、アジーンがちらりとマントをめくると、そこにはディンと同じものがあった。


「こ、これは……」

「うむ。正式名称は、最終決戦用旧型スクール式スカート紺武装水着じゃ。古称ではキルト式水着、略称で旧スクとも言うらしいが、何にせよわしもよく身につけている」

「…………」

「いや、勘違いするでない。先ほどのブルマとは違って、これは男の魔術師も着て、自らの魔力を高めるれっきとした魔装じゃ」


 というか、じゃあ逆にブルマは履いちゃ駄目なのでは……


 と、皆が白々とした視線でジージをまた見つめたものの――それはともかく、他の女豹たちが一応は水着を纏ってきたのに対して、ディンは魔装を着てきた。


 知識量に長けたディンによる一世一代の勝負というわけだ。


 実際に、健全な水着のはずなのに、どことなくアンニュイで独特な雰囲気がある。


 そのせいか、男性陣はというと、大人の紳士にでもなったかのような面持ちでディンを見つめている。


 もっとも、肝心のセロはモタとの付き合いからか、旧スクのことを知っていたようで、ディンの頭を撫でつつも、「こっちもよく合っているよ」と褒めていた。


「天晴れ! ダークエルフの未来は明るい!」


 すると、今度は審査員席から奇声が上がった。エークが涙ながらに五ポイントも加算したのだ。


 完全に身内贔屓で二回目だったこともあってか、アジーンが「レッドカード。退場です」と告げると、審査員席の床がかぱっと開いて、「あああーっ!」という声だけが轟いた。


 こうして、まあ……昼食後の一時までは、ある意味でとても平和に過ぎて行ったのだった。



―――――


【現時点の保有ポイント】

ルーシー:18

エメス:0

ヌフ:3

ディン:9

リリン:10

ラハブ:24

アジーン:25(※モタに対して)


【その他】

パーンチ:ヒトウスキーと一緒に入浴にて回復中

シュペル:同上

魔族の大半:プールの映像を見て癒され中

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