第197話 女豹大戦 03
「ちょっと待ったあああ!」
という大声と共に、海竜ラハブは水魔法で作った翼を広げて、魔王城二階のバルコニーに現れた。
その手には何か武器らしき物を持っている。とはいえ、バルコニーもルールでは室内に定められているので、戦闘行為は認められていないはずだ。
だが、猪突猛進なラハブなら何かしらやりかねない……
そう考えたルーシーはとりあえず構えた。セロは「え? 急にどうしたの?」と、ルーシーとラハブを心配そうに交互に見つめている。
もっとも、当の二人はというと、一瞬だけ、ばちばちと熱い視線を交錯させたものの、ラハブが先に「ふん」と鼻で笑ってから、いきなり手にしていた武器らしき物をセロの方に突き出した。
「
唐突な問い掛けだったこともあって、セロはとりあえず、その武器――いや、
「ええと……
直後だ。
魔王城には虚無にも近い静寂が訪れたのだった。
「あ、あ、あ……ああっと! セロ様が、ついに! ついに! 言ってしまいましたあああ!」
「アジーン、落ち着きましょう。『好きです』だけではまだ決着はつかないのです。というか、
「え、あ、はい。た、たしかに……そうでしたね」
「まあ、初手で二十五ポイントはかなり大きなリードですよー」
「おや、どうやらルーシー選手もラハブ選手から鋤を強引にふんだくって、セロ様に同じことを言わせているようですね」
「ただ、二度目の『好きです』発言なので五ポイントしか加算されません」
「それよりも少しだけお待ちください。やはり審査員から物言いがついたようです。三人全員が『VAR』での判定を求めていますね。ところで解説のモタさん。ここで『VAR』について、簡単に説明をお願いできますか?」
「ほいほい。『VAR』とは
「ほう。第五審査員ですか?」
「泥竜ピュトンですねー。X字型の磔台に縛られたままですが、恋愛には誰よりも詳しいということで客観的なジャッジをお願いしてますです」
「なるほど。まあ、たしかにそこにいる三人の審査員よりかは無難な人選ですね」
「そのピュトンから早速報告が上がってきましたよー」
「はい。どうやら判定はオフサイドだったようです」
「上がってきた映像をわたしたちも見てみましょうかねー」
「ええと……ラハブ選手が先ほどの質問を投げかけたときには……ああ! これはっ! まだバルコニー上に完全に降り立ってはいなかったみたいですね。今回、空を飛べるのはラハブ選手だけなので、上空からの攻撃は非常に有利になるということもあって、全ての行動は地に足をつけるように通達されています。つまり、ラハブ選手の行動はオフサイドだったということになります」
「でもでも、ポイントが完全に無効というわけじゃなさそうですよー」
「二十ポイントが認められましたか。モタさん、これはいったいどういうことなのでしょうか?」
「えーと、審査員の判断として加算したということですねー。さっきもエーク審査員が身内贔屓で加算していましたが、それと同じことなのです」
「ふむ。ピュトン審査員からコメントが寄せられてきたのでお読みします――判定としてはオフサイドだったが鋤を使ったアイデアはとても良い。第一妃は政治的、外交的にも手練手管が求められるもの。半世紀以上も王国を狂わせてきたあたしが言うのだから間違いない。あたしがルールだ。あと早く拘束を解け。さもないと適当にポイント決めるぞ――とのことです」
「あちゃー。言い切っちゃいましたね」
「というか、敵国の捕虜に第一妃を決める戦いの判定をお願いしている時点でどうかとも思いますけどね」
「こと恋愛に関しては魔王国には人材が少ないのでしゃあないっスねー」
「はい。では、ひとまず現場に映像を戻しましょう――」
そんなこんなで、二階の食堂もとい教室ではルーシーがしょぼんとしていた。
まさかこんな姑息で卑怯なやり方があったのかと、忸怩たる思いに駆られている。そもそも恋愛には全力をかけろと泥竜ピュトンからアドバイスをもらったばかりだ。まさかラハブの方が一枚上手だったとは……
その一方で、ラハブはいかにも得意げにルーシーを見下していた。こればかりはやはり古の大戦から生き抜いてきた者の知恵というべきか。
何にしても、そんなルーシーが気にかかったのか、セロはさりげなく言った。
「何でそんなに落ち込んでいるのかよく分からないけど、今日のルーシーのその格好――」
そこでいったん言葉を切ると、セロは笑みを浮かべてみせた。
「とても可愛いよ」
その瞬間だ。
今度は魔王城にてどこからともなく、「キャー」という幾つもの歓声が上がった。
「はい。セロ様の『可愛い』をいただきましたーっ!」
「まあ、十ポイントですけどねー」
「しかしながら、審査員各位から追加で一点ずつが加算されていますよ」
「ほいほい。セロの声に実感がこもっていましたから、この判断はわたしも納得なのです」
「ところでモタさん。先ほどからこの食堂もとい教室ですが……
「さすがは人狼ですねー。よく気づきました。なでなでしてあげます」
「はあ……ありがとうございます」
「違和感の正体は簡単で、実はあの教室ではちょうど認識阻害が使われているのですよ」
「ほう。さすがは魔女のモタさん。ということは、まさか?」
「そのまさかです。ドルイドのヌフですね。セロのすぐそばにいます。おやおや、ルーシーも気づいたようですね。さすがに吸血鬼にとっても得意分野ですからね。おかげでセロも振り向きました」
「これは作戦失敗ということでしょうか?」
「そうっスね。おそらく
「今度は隙と好きですか。よくもまあ色々と思いつくものですね」
「それだけ皆、必死なのですよ」
「ちなみに認識阻害を解いたおかげではっきりと見えるようになったわけですが……ヌフ選手のあの格好はいったい何なのでしょうか? ルーシー選手と似てはいますが……鉄仮面を被って、黒皮グローブもして、ヨーヨーまで持っているようですが?」
「王国に伝わる古文書によると、あれは『スケバン』というらしいですよ」
「なるほど。何か意味があるのでしょうか?」
「うーん。分かりませんが、多分ルーシーと似たような制服だと、差別化出来ないってことじゃないですかねー」
「涙ぐましい努力なわけですね」
「まあ、涙しながら努力して作ったのは、人狼メイドのトリーなんですけどねー」
「そういえば、昨晩も夜なべしていました」
「ここでわたしたちでトリーを称えましょうか」
「そうですね。この『女豹杯』が終わったら、手前の燻製肉コレクションの中から何か渡して労ってあげるとしましょう」
「お肉はわたしも気になりますが……それはともかく、セロがヌフの格好を見て顔を引きつらせながら、似合っているよ、と言っていますね。一応、三ポイントです」
「はい。社交辞令みたいなものですね。それではまた現場に映像を戻しましょうか――」
広間もとい教室にはキーンコーンカーンコーンというチャイムの音が鳴った。
同時に、シュペル・ヴァンディス侯爵が入ってくる。どうやら担任役のようだ。せっかく教室というロケーションを作ったので、小芝居でも加えようといったところだろうか……
いったい誰が脚本を書いたのかは知らないが、何にしてもせせこましい演出だ。
もっとも、そんなタイミングでリリンがチャイムに遅れて教室に駆け込んできた。誰よりも先に教室に入っていたはずだが、ルーシーが制服を着ているのを見て、慌ててトリーに発注しに行ったようだ。
制服とは違って、急いだせいかジャージを身に纏っているが、もともとリリンはユニセックスでどこか男性的なスポーティな印象もあるので意外と似合っている。そんなリリンが自分の席までやって来ると、いかにも日直といったふうに、
「起立! 礼。着席」
と言って、皆が席に着いた。
たしかに食堂こと教室の前面に張られた緑色の木製ボードには『今日の日直:×エメス 〇リリン』と記してある。どうやらエメスは不良役のようで、真面目に登校しないという設定のようだ。
何にせよ、リリンの号令で、セロの世話回りをする人狼メイド、それに護衛のダークエルフの精鋭も、その場にいた全員が席に着いたので、教室内はわりと人がいる。
ただ、セロは相変わらず事情を飲み込めていないのか、周囲をきょろきょろと見ながら皆の真似をしているのでワンテンポ遅れてしまった。というか、理由も分からずにこんな小芝居に付き合っているのだから、よほど良い人なのか、それとも流されやすいだけなのか、魔王としてそれでいいのかと心配になってくる……
とまれ、シュペルは教壇から皆を見渡して、どうにも困り顔で言い放った。
「ところで……私は何の為にここに呼ばれたのでしょうか?」
次の瞬間、教壇の床がかぱっと開いて、「あああーっ」という声と共に姿が消えた。セロだけが呆然とその異常な事態を眺めるのだった……
「また不慮の事故があったようです。シュペルさんのご冥福をお祈り申し上げます」
「まあ、打ち合わせ不足ですね。仕方ありません。『女豹杯』が決まったのもつい先日のことですからねー」
「さて、教室の進行はどうなっているのでしょうか? ん? おや? どうやら現場に動きがあったようですよ」
「ほいな。ディンがリリンよりも遅れて、教室に入ってきたようですね。何だか恥ずかしそうに、もじもじしてますよ。何だか可愛いらしいですねー」
「ところで、モタさん。ディン選手のこの妙に露出度の高い格好はいったい何ですか?」
「ええと、ちょっと待ってください。たしか古文書に記述があったはずですが――」
モタがアイテムボックスから古文書を取り出して、ぱらぱらとめくっていると、審査員席から「喝っ!」とモタを叱責する声が上がった。師匠のジージだ。
「情けない弟子じゃの。あれは、ブルマじゃ!」
「ほう。ジージ殿、ブルマとはどういった格好なのでしょうか?」
「いわゆる上下ワンセットの体操着じゃな。リリン殿の着ているものと同じじゃが、古の学園では暑い時期に運動する際に着ていたらしい。ちなみに余談じゃが――」
「ほう。何ですか?」
「うむ。わしも今履いている」
「…………」
「…………」
「年なのでな。おむつ代わりじゃ。どうじゃ、見たいか?」
アジーンも、モタも当然頭を横に振った。そんなものをモノリスの試作機に映し出そうものなら、放送事故になりかねない……
とはいえ、セロはブルマ姿のディンにも「合っているよ」と言ってあげたようだ。
当初は恥ずかしがっていたディンだったが、これにはまんざらでもなさそうだ。意外なことに、ドゥが動きやすそうでいいなといったふうにじっと見つめている。
一方、教室では落下したシュペルの代わりに、人狼メイド長のチェトリエが出て来て、給食を配り始めた。お昼にはさすがにまだ早いが、このままでは誰も朝食を取れないので配給したわけだ。もちろん、実況解説席にも同じものが運ばれている。
「モタさん、いつもとは違う朝食ですがどうですか?」
「ええー? グルメレポですか? いやいや、解説に色々と求めすぎではー?」
「手前は蛸が苦手でして、出来れば食レポもお願いしたいのですが……」
「はいはい、分かりましたよー。じゃあ、今度わたしにもお肉をください。さて、給食ですが……ええとですね。先日、ラハブが大量に持ち込んだおかげで今日も蛸尽くしなのです。蛸ご飯、蛸のお吸い物、酢蛸、蛸の蒸し料理、それにおやつにたこ焼きと……まあ、
「まだ在庫の半分も消化していないようですよ」
「げっ。王国でも蛸を食べない地域はありますし、亜人族でもダークエルフは食べても、ドワーフは食べないみたいですし、何とか上手く有効活用したいですねえ」
「土竜ゴライアス様に奉納するという案も出ているようです」
「なるほどー。困ったときのゴライアス様頼りですねー」
「さて、モタさん。ちょうど朝食中で動きもないということで、今のうちに『女豹杯』の展望などをお聞かせいただけますでしょうか?」
「ほいな。もぐもぐ。これからセロは玉座で公務に入るということで、『女豹杯』も前半戦終了となるもぐ。さすがに公務をもぐ妨げてはいけないもぐですし……皆ももぐもぐ……それぞれ仕事がありますし、わたしもごっくん、そろそろ仮眠を取りたいので、今度は昼食を終えてから後半戦開始なのです」
「では、前半戦の総括をお願い出来ますか?」
「ラハブが二十ポイントでリードしていますね。ルーシーが続いて十八ポイントですか。やはりこの二人の戦いになってきましたね。ただ、エメスに動きが全くないことが不気味です」
「そういえば全く出てきませんでしたね。戦いを諦めているのでしょうか?」
「あのエメスに限ってそれはないでしょう。きっと何か仕掛けてきますよ。それが後半の見どころでしょうねー」
「なるほど。解説をありがとうございました。それでは『女豹杯』前半戦――実況は手前ことアジーン、解説はモタさん、審査員はエーク、ノーブル殿、ブルマ殿、それに第五審査員としてピュトン氏によってお送りさせていただきました。残すお時間も後わずかですが、どうか良い一日をお過ごしください」
「ばいばいー」
さて、その頃、魔王城の地下では泥竜ピュトンが恐れ
「まさかあんた……本気でそんな大胆な手に出るの? 全員を敵に回すことになるのよ?」
「構いません。第一妃の座を得る為なら、最早手段など選びません。たとえ、第六魔王国の全員が敵になろうとも。ふふ」
そして、マイクに向かって囁いたのだ――
「それでは、同志ドゥ。どうかよろしくお願いいたします。
―――――
【現時点の保有ポイント】
ルーシー:18
エメス:0
ヌフ:3
ディン:4
リリン:10
ラハブ:20
アジーン:25
【その他】
パーンチ:再起不能
シュペル:再起不能
魔族の大半:ジージの『恐慌』と『絶望』から何とか回復するもブルマ姿をイメージしてしまい『沈黙』
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