第196話 女豹大戦 02
「さて、セロ様が自室から出られたことによって、ついにスタートの合図が切られた『女豹杯』ですが……ところで解説のモタさん」
「ほいな?」
「出走する女豹の紹介も兼ねて、まず今回のレースの展望を教えて頂けますでしょうか?」
「分かりましたです。むむ? その前に、早速動きがあるようですよー」
「そうですね。どうやらディン選手がいきなり仕掛けるみたいです」
「廊下の角に隠れていますねー」
「しかも、ディン選手は口に食パンを咥えているように見えますが……あれはいったい、どういうことなのでしょうか?」
「
「ほう?」
「実は、王国に伝わる古文書の中に、食パンを咥えながら角でぶつかるとお互いに好きになる、といった記述があるのですよ」
「そんな馬鹿な……」
「ほい。わたしもそう思います。つまり、これは一種の願掛け。もしくは呪術や儀式の
「なるほど。それをディン選手は初手で行おうとしていると?」
「ほいほい。ディンは年齢のわりに知識量の豊富な子ですから、その長所を活かして攻勢をかけたといったところですねー」
「しかしながら、セロ様はディン選手のいる廊下の角とは別の方向に歩み始めましたよ」
「あちゃー。これは痛恨の失敗だー」
「そういえば、普段、ディン選手はこの時間、ルーシー選手の付き人として寝起きの手伝いをしているはずですから、セロ様の日課の行動パターンまではしっかりと把握出来ていなかったのかもしれませんね」
「ふむふむ。ディンの詰めが甘かったわけですねー。とても残念です」
モタがそうコメントすると、唐突に審査員のエークがなぜかフラグポイントを一点だけ加算した。
「おや、解説のモタさん。これはいったいどういうことでしょうか?」
「分かりませぬ。直接聞いてみましょうか? エーク審査員?」
「はい。記念すべき『女豹杯』の最初の行動として、子供ながらによくやったと称えたい気持ちです」
「…………」
「…………」
「一応、解説をお願いできますか。モタさん?」
「要は身内贔屓ですねー」
「あまりにも度が過ぎるようなら、モンクのパーンチさんと同じ目に合ってもらいましょうか」
「そですねー。とりあえず座布団一枚持っていってもらいましょー」
モタがそう言うと、人狼メイドのドバーがエークの審査員席に積まれた座布団を一枚だけ抜いていった。何だか出走前のファンファーレといい、これまた不思議とどこかで見たような光景だ……
「おおっと! そうこうしているうちに入口広間の二階に上がる階段で、セロ様とリリン選手が接触しそうですよ!」
「朝食を取りに二階に行こうとしたら、たまたま出会っちゃったという
「はい。おや、階段の踊り場でリリン選手がわざとらしく振り向きました」
「笑顔が下手ですねー。どうやらリリンに演技は向いていないようです」
「ところで、解説のモタさんから見て、リリン選手の特徴などを教えていただけますでしょうか?」
「ほいな。リリンは何せ
「つまり、本領を発揮出来ない要素があるということでしょうか?」
「そもそも周知のように、リリンは料理人を目指して家出したほどです。色気より食い気。花より団子な
「
「おやあ? 誰のことを言ってるのかなー?」
「解説のモタさん。実況中に特性闇魔法をこっそりかけようとするのは止めてください」
「むう。それよりも現場に動きがあったようですよ」
「あっ! リリン選手、今度は足を滑らした!」
「ほいほい。これまたわざとですね。でも、階段からよろよろと落ちかけてます。そこにセロが急行しましたね」
「はい! セロ様がリリン選手をすぐさま抱き止めた! これはまさか! お姫様抱っこだあああ! 一気に二十ポイント加算です!」
「しかも、リリンも上手いですよ。いわゆる吊り橋効果ですからねー」
「解説のモタさん。その吊り橋効果というのはいったい?」
「これも古文書にあったのですが、吊り橋で戦うと足もとが不安定なことから必要以上の力が出せなくなるという効果なのです」(※違います)
「なるほど。今のセロ様はその効果で能力低下デバフがかかっているのだと?」
「攻めるならまさに今ですよ」
だが、こんなふうに熱くなって盛り上がっている実況解説席とは裏腹に、審査員席からはリリンの行動に対して物言いがついた。
「おや、どうやらノーブル殿とジージ殿からポイントの減算が提案されているようですね」
「そですね。はてさて、どういうことか聞いてみましょうか。じゃあ、ジジイ」
「ジジイではない。ジージだ。それはともかく――わしもセロ様にお姫様抱っこされたい!」
「…………」
「…………」
そんな御年百二十歳による衝撃のカミングアウトに、モノリスの試作機を通じて、第六魔王国全体は凍りついた。
とはいえ、さすがは弟子のモタだ。何とか自身にかかりかけた精神異常『恐慌』と『絶望』を自力で解いて、ジージの隣にいるノーブルにコメントを促した。
ノーブルはというと、さすがにジージと付き合いが深いせいか問題なかったようで、ジージに代わって熱弁した――
「私はむしろこの大胸筋で優しく包んであげたい派なのだが……それはともかく、皆様に問いたい。今回のお姫様抱っこは果たして、本当にお姫様抱っこだったと言えるのだろうか?」
「と言いますと?」
アジーンもぶるぶると頭を横に振って、何とか正気に戻ってノーブルに続きを促す。
「あれはただの抱っこであって、セロ殿はリリン殿の危機を救っただけに過ぎない。そこに恋愛感情の発露は一切なかったように見える」
「おお! 審査員にもまともな人がいましたね、モタさん」
「はいな。もうノーブルだけでいいんじゃないかなって思い始めてます」
そんなふうにしてリリンは十ポイント分減算されてしまった。それでも初手から大きなリードだ。
「ところで、解説のモタさん」
「ほいほい」
「いきなり開始早々から大きな動きがあったので話が逸れてしまいましたが、今回の『女豹杯』の展望を改めてお聞き出来ますでしょうか?」
「らじゃーです。まず、本命はルーシーです。こればかりは仕方ありません。ただ、皆さんもご存じの通り、先日事件が起きました」
「ラハブ選手の嫁入り騒動ですね?」
「その際に、邪竜ファフニールが余計なことを言っちゃったんですよねー」
「たしか――ルーシー選手などの妃候補を全て蹴散らして、セロ様の隣に座する女豹の頂点を目指せ――と、ラハブ選手に発破をかけた件ですね?」
「ほいな。それがきっかけで、今回の『女豹杯』が開催されることになりました。ですから、本命ルーシー、対抗ラハブという構図がまずあって、その二人を追いかける四人となっているわけです」
「そういえば、モタさんはどなたか推しの選手はいるのですか? やはり仲の良いリリン選手あたりでしょうか?」
「いえ、エ、エメスなのです! な、なかなかに良い選手なのですよ。えへへ。わたしはお、大穴と見ているのです!」
「おや、モタさん?」
「おっス」
「目がずいぶんと泳いでいますよ?」
「めっス」
「買収されましたね? ここでそう言えってエメス選手と裏取引しましたね?」
「…………」
「…………」
「ごめんなちゃい。どうしても魔術実験室が欲しかったのでしゅ……」
「まあ、今回だけは大目に見てあげましょう。解説のモタさんがいないと、
「アジーン……本当に好きー」
「おやおや、手前に一気に二十五ポイントも入ってしまったようですが、それもさておき、再度現場に動きがあったようです。どうやらセロ様が朝食を取る為に食堂こと二階の広間に移動したようですが――」
「ほいな。その広間がいつもと仕様が違いますねー」
「普段の大テーブルとは違って、小さな机と椅子がたくさん置かれています。それに緑色のボードも前面に取り付けられていますね。後面にはロッカーなどもあるようです。これはいったいどういうことなのでしょうか?」
「あれは学園の一室を模しているんですねー」
「学園ですか?」
「ほいほい。古文書によると、かつての
「なるほど。その学園と同じ舞台を用意することで、セロ様に恋心が生じるような特殊なフィールド効果を演出したいというわけですね」
「そういうことなのです」
「ちなみに参考までに、古文書にはどういった恋愛喜劇があったのですか?」
「たとえば、ロシア人なる白鬼が突然隣の席に攻めてきたり、カースト制度があってその最下位が無双したり、好きになった男性を晒し首にして川でボートを称えたりと、正直、わたしには意味の分からんものばっかです」
「ずいぶんと退廃した時代だったんでしょうね」
「おや? アジーン、ちょい待ってください。先に教室で待っていたルーシーの格好がどうやらいつもと違いますよ?」
「はい、そうですね。あれは何の衣装でしょうか? 紺色がベースなのでマントかと思いきや、深い色の制服のようですね。スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは
アジーンの言う通り、ルーシーは無垢な笑みでセロを迎えた。その手にはなぜかロザリオを持っている。
もっとも、吸血鬼にロザリオは果たしてどうなのかと皆も首を傾げたわけだが、何はともあれルーシーはセロにそのロザリオを差し出して、一気に勝負を決めようとした。
そのときだ。
「ちょっと待ったあああ!」
バルコニーにばっさばっさと羽ばたいて下りてきたのは海竜ラハブだった。どうやら最初の波乱がやってきたのだ。
―――――
【現時点の保有ポイント】
ルーシー:0
エメス:0
ヌフ:0
ディン:1
リリン:10
ラハブ:0
アジーン:25(※モタに対して)
【その他】
パーンチ:再起不能
魔族の大半:ジージの発言によって精神異常継続中
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