第195話 女豹大戦 01

 第六魔王国の魔王城はまだ早朝だというのにざわついていた。早番でもないのに、皆が勝手にこんな朝早くから起き出してきたのだ。


 しかも、人造人間フランケンシュタインエメスから支給されたモノリスの試作機に映し出される予定のものを今か今かと心待ちにしている。


 もちろん、貴重な試作機が全員に配られたわけではなく、たとえば人狼のメイドだったら五人に一人といったふうに、サブリーダー格の人物にだけ手渡されている。


 だから、今は暗がりの中で、その試作機の小さな画面に幾人かが顔を寄せて、対象自動読取装置セロシステムによって撮影されるはずのイベントが浮かび出てくるのを固唾を飲んで待っている状況だ。


 そんな皆の手もとには一枚の羊皮紙があった――『女豹杯』とタイトルが付けられた予想紙には、出走馬ならぬ出走のデータなどがあって、本命、対抗、単穴、複穴や注目などといった記号が説明付きで載っている。


 その紙面によると、出走する女豹は六人。


 ルーシー、エメス、ドルイドのヌフ、ダークエルフの双子ディン、夢魔サキュバスリリンに海竜ラハブだ。


 すると、どこか遠くでファンファーレが鳴った。なぜか聞き覚えのあるメロディのような気がするから何とも不思議なものだ……


 もちろん、この魔王城の主セロだけ・・はまだ起きていないので、城から少し離れたトマト畑の先でダークエルフの精鋭たちが吹いている。同時に城内の喧騒もしだいに高まっていく。


 そして、ついに試作機に映像が入った――






「おはようございます。執事のアジーンです。本日は実況を務めさせていただきます。よろしくお願いします。さて、セロ様を狙う六名はそれぞれ所定の位置についたそうです。第一回にして最終回のはずの『女豹杯』。本日の天気は晴朗なれど強し。波乱の予感がひしひしとします。さて、解説のモタさん――」

「ほいほい。何でしょーか?」

「よくもまあこんな早朝に起きられましたね?」

「第一声がそれっスか? 起きたのではないのです。ずっと起きていたのです。おかげでとても眠いです」

「ふむ。そういえば、今回モタさんは出走しないのですね?」

「はい。殺気を感じましたからね。リリンなんてここ数日、目が血走ってましたよ。あれはすでに何人か殺っちゃった目でしたね……」

「……な、なるほど。では、解説のモタさんから早速、今回の『女豹杯』について簡単にご説明いただけますか?」

「ほーい。ええと、何はともあれセロの第一妃を決める戦いなのです。セロから、結婚しようとか、永遠に結ばれようとか、そんな言葉を引き出せば一発でおけおけ。でも、あの堅物のセロがそんなあまーい台詞を言うとは到底思えないので、こんな感じでフラグポイントが設定されているのです――」


 モタは手もとにフリップを取り出した。


 そこにはセロが相手に対して取った行動に準じてポイントが割り振られていた。


 たとえば、一緒に魔術の本などを読んだら一ポイント、一緒に大広間以外で食事をしたら三ポイント、十分以上二人きりになったら五ポイント、手を繋いだら十ポイントなどといった他愛のないものだ。


「そんでもって、このポイントが合計で五十、先に貯まった人が優勝というわけなのです」

「しかし、モタさん。ポイントの獲得はそういったセロ様の行動だけではないのでしょう?」

「ほいな。目に見えてわかるセロの行為だけでなく、何とセロの心理状態によってもポイントが加算されていくのですよ」

「では、そんなセロ様の心理状態を読み解く審査員の皆さんの紹介に移りましょうか」

「そですねー」


 アジーンがそう言ってモタも肯くと、試作機には審査員たちが映し出された。アジーンが審査員席に座っている人物の紹介を始める。


「まずはセロ様のことなら何でもござれ。神官時代の経歴から体のほくろの数まで知り尽くしたと豪語する側近――近衛長のエークです」

「敬愛するセロ様のご結婚相手を決めるのは私だ! 断じて他の審査員ではない!」

「はい。どうでもいい意気込みもいただきました。ありがとうございます。さて、次は聖女一筋百年。高潔の童貞・・ことノーブル殿です」

「いや、待て。私は童貞ではないぞ。断じて違う!」

「こちらも意気込みをいただきました。ありがとうございます。さてさて、次はある意味でセロ様を最も信奉している、聖魔絶対超越現人神教の創始者であるジージ殿です」

「セロ様を信じる心があれば世界は救われるのじゃ」

「ところで解説のモタさん? ジージ殿は以前からあんな感じだったのでしょうか?」

「いや、ヤバいですねー。軽く逝っちゃってますよねー。もう年ですからねー。あ、痛っ」


 どこから棒が飛んできてモタの額に見事に当たった。こういうコントロールはさすがジージである。下手な狩人よりも優れている。


「ええと……最後にモタさんと同様、駆け出し冒険者の頃からセロ様と付き合いの深い、モンクのパーンチさんです」

「おいおい、待てよ。何でこんな訳のわからんことでセロの結婚相手が決まるんだ? さすがにこれはセロに悪いし、おかしいだ――」


 その瞬間、パーンチの座席の床がぱかっと開いて、「あああーっ」という悲鳴と共に消えていった。すかさずアジーンがフォローを入れる。


「番組の途中で不慮の事故があったようです。パーンチさんのご冥福をお祈り申し上げます」

「そ、そうですねー。わ、わたしも、注意しよーっと」

「というわけで、この四名もとい三名になりましたが、これはセロ様の心に響いた言動だった、と解釈した場合に余分にポイントが加算されていくという仕組みになっているわけですね?」

「ほいほい。ついでに言うと、セロに対しての攻撃は一切認められていないのです」

「物理攻撃、状態異常や精神異常攻撃は不可というわけですね。まあ、セロ様に効くとも思いませんが、もしそんな不遜な攻撃を行ってしまった場合はどうなるのでしょうか?」

「ポイントが減算、あるいは完全に剥奪されるのです。注意が必要ですねー」

「逆に、出走する女豹同士の戦いは認められているのですか?」

「はいな。認められてますが……えーと、制限もされてます。まず魔王城に被害を与えるような派手な攻撃はダメダメです。次に城の廊下や広間ではおけおけですが、室内ではこれまたダメダメです」

「要は、室内はセーフティーゾーンになるわけですね?」

「そうしないと、ディンが可哀そうですかんね」

「なるほど。以上で簡単な説明は終わりとさせていただきます。それでは改めて――実況は手前てまえことアジーン、解説はモタさん、また審査員のエーク、ノーブル殿、ジージ殿の五名でこの『女豹杯』をお送りさせていただきます。よろしくお願いします。おや、どうやらどうやら、セロ様を起こす準備も出来たようですね」


 すると、試作機には魔王城にセ一階のセロの寝室が映し出された。


 相変わらず無駄に広い部屋の真ん中に、大きな棺だけがあって、おかげで余計に目立つわけだが……ダークエルフの双子ことドゥが棺の蓋をちょうどノックしようとするところだ。


 そこを映像ははっきりと捉えていた――


「そういえば、解説のモタさん。ドゥがよく承諾しましたね? ドゥの性格からして、『女豹杯』についてセロ様に生真面目に告げ口してもおかしくはなさそうですが?」

「前日にディンが夕食後のおやつをあげるってことで釣ったそうですよ」

「なるほど。おやつには敵いませんでしたか」

「ほいな。ドゥもまだまだお子ちゃまですかんね」


 そんな言葉がドゥの耳に届いたのかどうか。ちょっと膨れ面で棺の蓋を四十四回叩いて、やっと蓋は開いた。対象自動読取装置はその瞬間をズームアップする――






「おはよう、ドゥ」

「ひゃい。おはよござますです」

「ん? どうしたの、ドゥ? もしかして調子悪い?」

「いえ、ちょっと……まあ、その……」

「体調悪いんだったら、部屋に戻ってゆっくりしていいんだからね。無理しないでね」

「はい、セロ様。ありがとうございます」

「うん。それと、皆もおはよう」


 セロがいつも通りに挨拶すると、控えていた人狼のメイドたちやダークエルフの精鋭たちも、「おはようございます」と丁寧に返した。


 だが、ここでもまたセロは首を傾げた。


「あれ? 精鋭たちがいつもより少ないような……それにアジーンがいないね?」


 いつもだったらアジーンはセロの寝室の端に置いてある唯一の家具ことX字型の磔台に縛られながら挨拶を返してくる。主人の前に朝一で出ていくのは執事の重要な役割だからだ。


 しかも、ダークエルフの精鋭たちも、幾人かはファンファーレを鳴らす為に坂下に移動していたこともあって人数が減っていた。


 そのことも含めて、セロはやや訝しんだわけだ。もしかしたら何か喫緊の問題でも起きたのかもしれないと、セロは朝から気を引き締めた。


 とはいえ、いつものように人狼メイドの生活魔術で小奇麗にしてもらい、神官服を纏って、さあ日課の城内の見回りに出掛けるぞ――というところで、セロの足はふと止まった。


「ところで、何で……部屋から出るところを皆でそんなにじーっと見つめているのかな?」


 すぐに皆はわざとらしく目を逸らした。


 セロが寝室から出た時点で、女豹たちの壮絶な争いが始まることなど、当然のことながらこのときセロはまだ知らない。


 もっとも、気を十分に引き締めていたおかげで、今日は何かがおかしいと、セロも薄々と気づき始めた。


 そうはいっても、日課が待っている。さすがに自室から出ないわけにはいかない……


 セロはというと、「もしかしてまーたモタが何かやらかしたんじゃないよなあ」と呟きつつも、自室からついに一歩を踏み出していった。


 こうして第六魔王国、第一次女豹大戦こと、『女豹杯』がついに始まってしまったのだ。



―――――


拙作でも無駄に人気のエピソードのスタートです。『フルメタルパニックふもっふ』みたいなものだと思って、お読みください。

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