第193話 ダークエルフと水着とプール(中盤)

前話から一気に時間が進みます。セロがノーブルと戦って、裏山の洞窟のあたりにクレーターが出来て、それを修復した頃合いになります。



―――――



「ところで、エーク。貴方のその格好はいったい何なのですか?」

「これはふんどしと言うそうです。水着について、ヒトウスキー伯爵に相談してみたところ、これを勧められたのです。なかなか履き心地も良くて、下着としても使えるのだとか。何ならヌフも一着どうですか?」

「いりません。というか、なぜ、人族のヒトウスキー伯爵に相談を?」

「やはり、着るものについても人族には一日の長がありますからね。その人族の中でも趣味人として名高いヒトウスキー卿なら、きっと良い物を教えてくださるかと」


 そんなエークの言葉でヌフは、人狼メイドのトリーがセロに魔王の衣装を次々と提案して、ことごとく失敗している姿をまざまざと思い出した。


 ダークエルフの感性から言っても、いかにも魔族らしく、どーんとデザインして、がーんと縫って、ばーんと纏わせたような――衣装なのか、大道具なのか、はたまた壮大な展示物なのか判断のつかないものはやはりどうかと思う。


 それに比すると、ふんどしはまだマシか……


 特にエークのように美形で、程よく筋肉の付いた褐色の体には、局部だけを隠した白ふん姿はよく似合う。あまり性を意識してこなかったヌフにしても、じっと見ていると、ついついこっぱずかしくなってくるから何とも不思議だ……


 それはともかく、今、ヌフは迷いの森のすぐそばに出来たプールサイドにいた。


 これがはたして数週間前までは世界最強の引きこもりの一角として名高かったドルイドなのかと見紛うほどに、ヌフはプールサイドでの一休みを満喫していた。


 木々の間にハンモックを吊るして、そこにごろんと横になって、人狼メイドに作ってもらったトマトジュースをちゅうちゅうと吸いながら、人造人間フランケンシュタインエメスから借り受けた分厚い技術書を涼しげに読んでいる。


 言うまでもないが、このプールはセロが高潔の元勇者ノーブルから決闘を受けて、その際に『隕石メテオフレイム』を落としたことによって出来たものだ。


 ヤモリとイモリがクレーターをならし、トマト畑で収穫作業を行っていたダークエルフたちが魔王城地下施設の工事に一段落ついた者たちを誘って、わずか数日で周辺施設も含めてリゾート感満載で仕上げてきた。


 プールの水源は土竜ゴライアス様がいる地底湖のうち、血反吐に染まっていない箇所から引っ張ってきたのでとてもきれいな清流で、しかも赤湯ほどではないが、泳いでいるだけで不思議と回復効果がある。


 しかも、最近、屍喰鬼グールの料理長フィーアが第六魔王国にやって来てからというもの、国全体で料理することを猛プッシュしている影響もあって、ダークエルフたちも料理教室に参加して、昼下がりにはプールサイドに屋台を出し始めるようになった。次はここに海の家ならぬ、湖畔の家を建設する予定なのだとか。


 ヌフはわずか数週間で、そんなふうに様変わりしてしまったダークエルフの暮らしぶりにちらりと視線をやってから、再度、ダークエルフのリーダーもとい現在は近衛長となったエークのふんどしへと目を戻した――


「ところで、今日はいったい何の用です?」

「一つはこのプールの視察です。ダークエルフの畑作業の小休止用にと、私がセロ様に提案して実現したものなので、その成果を確認しに来たわけです」


 エークはそう言って、プールの方を眺めた。


「いくよー、ドゥ!」

「うん」


 ちょうど昼休みということもあって、ダークエルフの双子のドゥとディンが水着を纏って、プールに飛び込もうとしているところだった。


 ディンはどこから手に入れたのか、セパレートでフリルの付いた可愛らしいものを身に着けていた。多分にゴシック趣味のルーシーの意向なのかもしれない……


 一方で、ドゥはというと、エークにふんどしを勧められたのだが、さすがに幼いとはいえ女の子が上半身を晒すのは如何なものかとセロに反対されて、結局のところ、いわゆる金太郎の腹掛けみたいなものに落ち着いた。


 ちなみに、ダークエルフたちは男性も、女性も、当初は一糸纏わずにプールを楽しんでいた。ちょっとしたヌーディストビーチ状態だ……


 なぜ皆が揃いもそろって全裸だったのかと言うと、単純に二百人規模で長寿の亜人族の集落となると、全員が家族のようなもので、しかも長らく互いの性を意識してこなかったこともあって、ダークエルフには恥ずかしいという概念そのものが欠如していた。


 おかげでプールの開設ということで、その初日にルーシーと共に視察に訪れたセロだったが、すぐさま目を逸らさせる為に、ルーシーから強烈なビンタを喰らう羽目になった……


 何にしても、今ではダークエルフたちも全員、布面積少なめの白い布地を纏っている。エークもそんな姿を見て、「ふむん」と息をつくと、まあ、ふんどしとさして変わらないかなとみなしたわけだが、ふいに「おや?」と目を細くした。


 プール内を電光石火の如く、泳いで過った強者がいたからだ。


 第六魔王国には魚人系の亜人族も魔族もいないから、いったい誰があんな達者な泳ぎをしているのかと、エークが不思議に思っていると、


「ふふ。わらわにもセロに勝るものがあってうれしいぞ」


 そう言って、ルーシーが悠々とプール際に上がった。


 長い銀髪を片手で掻き分けると、その身にはぴったりとした競泳水着のようなものを纏っていた。


 もっとも、黒と白の菱形が連なったアーガイル柄なので、ルーシーの白磁のような肌色のせいもあって、何だかモザイクがかかったような妖しげな魅力がある。


 そのルーシーからかなり離れたところでは、セロがバタ足をしていた。こちらは普通のトランクス型の膝丈まである綿水着だ。どうやらルーシーに負けたと気づいたのか、いったんプールの底に足を付けると、


「早すぎるよ、ルーシー。いったいどこで競泳なんて覚えたのさ?」

「泳ぎ自体は母から教わったが、遠戚のモルモのいる北海に足を伸ばしては競っていたのだ。そこに棲息している魚人たちから、『北海最速のソードカジキ』の称号を進呈されたこともある」

「……へ、へえ。そうなんだ」


 そんなセロたちのやり取りを見て、エークは「ふふ」と笑みを浮かべると、またヌフに視線を戻してから今度はしっかりと向き合った。


 当のヌフはというと、普段は怪しげな襤褸のマントを纏っているくせに、こういうリゾート感満載のプールサイドではなぜか海女さんが着るような白木綿の海人着だった。


 どうやら長く引きこもっていたせいか、あまり肌を焼きたくないらしい。というか、ダークエルフのくせに肌色を今さら気にするのかと、エークも首を傾げたわけだが、何にしてももう一つの用件を告げることにした――


「このようにダークエルフの集落もずいぶんと様変わりしました。私も今では迷いの森の管轄長リーダーではありません。セロ様の近衛長です」

「ふむん。急にこれまたいったいどうしたというのです?」

「博識のヌフなら知っているかと存じますが、人族にも、魔族にも、『お見合い』という習慣があるそうです」

「……ほう? それで?」

「私が近衛長に就任したのです。貴女だっていつまでも迷いの森のドルイドで、第六魔王国にて食客待遇でいるわけにはいかないでしょう? そろそろ、身を固めるべきときだと思いますが?」


 エークはそう言うと、どこに隠していたのか、白ふんどしの前掛け部分から何枚かの羊皮紙を取り出してきた――


「さあ、選んでください。お見合いの時間です。今なら選り取り見取りですよ」


 ヌフはというと、「ぐぬぬ」と眉間に皺を寄せるしかなかった。

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