第191話 誰がために鐘は鳴る(終盤)
ドルイドのヌフと巴術士ジージに知らせる為に地下階層に行ったのが、ドゥにとって運の尽きだった。
「では、ドゥにはこれを差し上げましょうか」
ドゥは
もちろん、一般的なマルチツールナイフとはかけ離れた代物で、むしろ十の用途を持った拷問器具にほど近く、こんなものがドゥの手に渡ったと知ったらセロもさすがに良い顔をしないはずだ……
「ありがとうございます」
だが、ドゥはとりあえず新しい武器を手に入れたので素直に喜んだ。
ちろりろりん♪
しかも、フラグの音が鳴って、ドゥはあっけなく凋落されてしまった。もともとエメスからは幾つもプレゼントを貰っていたので、高かった好意が天上突破したようなものだ。
もちろん、それは同性同士の恋愛関係というよりも、双子の妹のディンに対してと同様に、大きなお姉さんに向けた家族愛のようなものだったわけだが――何にしても、先ほど拷問室で本日二度目のご
「さて、残るは……モタだけですか」
エメスは小さく笑った。勝算があったからだ。
何しろ、モタは魔道具に目がないのだ。そもそもモタは師匠のジージのように魔術書を精読するわけでもなく、簡単に流し読みして「あーでもないこーでもない」と、我流で術式を構築して、トライ&エラーで身につけていく天才肌の魔術師だ。
だから、とうに説明書が失われて、常人には使いこなせない、術式が施されただけの魔道具が大好物で、温泉宿泊施設の個室にもそんな怪しげな物がたんまりと持ち込まれているせいで、大将のアジーンからそこだけ渡航禁止区域に指定されてしまったほどだ。
当然、エメスのアイテムボックスにも、かつて第六魔王になってたくさんの魔族をカツアゲしたときに手に入れた物があったので、その中でも最近モタが欲しがっていたモニターでも上げようかと考えて、
「そういえば……ちょうど建造中の強襲機動特装艦の司令室にもモニターがたくさん必要でしたね。ふむん。とりあえず、これが大量生産出来るようになるまでは、在庫は手もとに置いておいた方がいいでしょうか」
エメスはそう呟いて、モニターの代わりになるような魔道具を探した。
そこで取り出したのが、いかにも怪しげな手鏡だった。とはいえ、これはそこまで危険な魔道具ではない――
第三魔王国が所有していたモノリスに似ていて、かつては『たまごっち』と呼ばれた機器だ。ただし、起動するのに電力ではなく、それなりになぜか魔力を要求してくるといった代物で、その
だから、これで本当にモタが釣れるかどうか、エメスもしばし思案して、「そうですね。あれと一緒にしてみましょう」と、ぽんと両手を合わせた。
「では早速、改良していきましょうか。
古の技術を使いこなせるエメスにとっては、魔道具の改良など造作もなく、エメス自身にインストールしていた行動補助アプリである『みつめてナイスボート大戦』をこちらにもコピーした。言ってしまえば、恋愛ゲームが出来る携帯機、もとい携帯手鏡みたいなものに作り直したわけだ。
そして、モタにいちいち口頭で説明するのも手間だったので、携帯手鏡を一時的にエメスの脳内と同期した。さすがに
「はてさて、モタはどこにいるでしょうか?」
エメスは「ふむふむ」と顎に片手をやった――
モタの行動範囲は広い。基本的には週二、三程度で温泉宿泊施設にて女将をやっているわけだが、そうでないときにはいかにも敏捷性の高いハーフリングらしく、様々なところに出没しては色々とやらかしている……
おかげで最近は、セロに頼まれた巴術士ジージが法術で『追跡』を付与して、どこにいるかすぐに分かるようにしていたので、エメスも生体・魔力反応探査をせずとも、難なく見つけることが出来たわけだが、
「ほう。存外、すぐそばにいましたね。これは都合が良い。
エメスはそう言って、上階に視線をやった。
どうやらモタにしては珍しく、午前中のうちから起きていて、すぐ直上の巴術士ジージの研究室にて雑用でもやらされているらしい。
「モタはこちらにいますか?」
エメスはすぐに地下二階のジージの部屋を訪ねた。
研究室とは言ってもまだ空室同然で、とりあえずジージの引っ越しの荷物がどさりと置かれた倉庫みたいな状態だ。
もっとも、ジージ自身は不在で、モタが一人で「ううー」と呻りながら、眠い目をこすって、召喚術によって幾つかの箒に精霊たちを宿らせて動かしていた。複数召喚の上に、自動行動まで指定しているわけで、これは熟練の巴術士でも難しい芸当なはずだが、モタは簡単にこなしている。
ここらへんはさすがに希代の天才と言われる所以だろう。
すると、モタはエメスの入室に気づいたのか、
「む? ……エメスううう!」
モタは喜色を浮かべた。いかにもジージの雑用から逃れる名目を見つけたといった様子だ。
しかも、エメスの白衣に飛び込むと、頬ずりまでしてくる始末である。こういう小動物のような可愛げというか、
「そんなにひっつかないでください。ええと、モタにはプレゼントを持ってきたのです」
「ほへ? わたしに? なぜー?」
「先日、媚薬をいただいたので、そのお返しといったところでしょうか」
「意外にエメスって律儀なのね。とにかくありがとー。で、プレゼントってなーに?」
「この手鏡です」
「…………」
モタは受け取ろうとして、すぐに手を引っ込めた。
実のところ、先日の媚薬騒動の件で皆にこってりと絞られたこともあって、しばらくは魔道具の
「くれるのはありがいんだけどさあ。これって……もしや呪われてない?」
「たしかに魔力を吸い取られる呪いのアイテムではありますが、モタほどの魔力量があればさほど問題ないはずです」
「ふむう。まあ、エメスがそう言うなら大丈夫なのかなー」
「簡単にだけ説明しますと、まずこの手鏡には古の時代のゲームを参考にしたものがコピーされています」
「古の時代? ゲーム!」
モタの両目が煌めいた。エメスに負けず劣らず、モタもその手のものが大好きだ。
もっとも、駆け出し冒険者や勇者パーティー時代は、相手ににあってくれるのがせいぜいセロしかいなかったので、大したものは遊べなかった。それにセロは聖職者だったので生真面目で、さほど遊びには付き合ってくれなかった……
そんなこともあって、モタはすぐに飛びついた。しかも、失われて久しい古の時代のものだと聞いたなら尚更だ。おかげでエメスの思惑にモタは簡単に引っ掛かってしまった。
「もち、やるやるやるー!」
と、エメスから手鏡を素早く受け取ると、簡単な説明とやらを受ける為に
そのときだ。
「こ、これは……
「ありゃ……にゃにゃにゃ……」
エメスも、モタも、がくりと床に膝を突いてしまった。
一気に魔力が吸われる感覚があったのだ。というのも、この手鏡は起動時に一定の魔力を求める。『たまごっち』程度なら大したものではないが、エメスが魔改造を加えて『みつめてナイスボート大戦』のエミュレータになった今では、同期した二つを動かすには相当量が必要だ。
もっとも、エメス自身はセロの自動スキル『救い
結果として、モタほどの魔女でも、『みつめてナイスボート大戦』が必要とする魔力量を満たせずに、同期していたエメスにまで皺寄せが来た格好となった。
「……うーん」
そのモタはというと、すでに昏睡していた。
魔族が魔力切れを起こすと、魔核にダメージが入って、下手をすると消失の危機になるわけだが、人族や亜人族の場合は肉体的な変調を起こしかねない……
こういう場合、エメスは冷酷非情に自身の生存のみを優先しそうに見られがちだが――実のところ、真逆だ。そもそも、自らの手で王国を滅ぼしかけた贖罪を負って、あえて地下に幽閉されてきた身だ。
同様に、自らの失態で大切な友人であるモタを傷つけるわけにはいかないと、エメスは奮起した。
「仕方がありません。出力限界まで承認。いったん、この手鏡を撃滅いたします。
エメスは
直後、エメスもまた倒れた。
さすがに魔力を吸い取られた上に、出力上限まで魔力を使い果たしたことで、一時的な
とはいっても、セロの『
すると、さすがに階下の異変に気付いたのか、巴術士ジージが部屋に戻ってきた。どうやらドゥも一緒のようだ。
「エメス殿! 気は確かか?」
「安心してください。しばらく
「また、モタがやらかしたのですか? ほんにしょーもない弟子で、大変申し訳――」
「いえ、モタのせいではありません。むしろ、小生のケアレスミスです。モタは魔力切れを起こしているので、回復を優先してあげてください。お願いします。
エメスはそこまで伝えて、うっすらとしていく意識の中に身を委ねた。
古の時代からずっと休止状態でいたのでもう慣れたものだ。だが、このときエメスには不思議な感触があった。というのも、どういう訳か、温かい光のようなものに包まれている気がしたのだ。
まるで心地良い夢でも見ているかのように――
もしくは、さながら水面にでも
エメスは何者かにやさしく抱かれている感覚のままで、「休止状態から回復します」と、無意識のうちに呟いていた。気がつけば、倒れかけたエメスをセロがしっかりと受け止めてくれていた。
なるほど。この温もりは『救い手』だったわけか。
「セロ様……」
「大丈夫かい? エメス?」
「申し訳ありません。小生の失態です。この罰はいかようにも受け――」
「え? 失態? ええと、何を言っているのか分からないけど……モタが倒れ込んでしまったことなら、単なる寝不足だってさ」
「はい?」
「昨晩、遅くまで魔術の実験をしていた上に、さっきまで幾つも箒を精霊召喚で動かして、急に立ち眩みがきたって言うから、さっさと温泉宿に帰してあげたよ。どちらかと言うと、ジージさんの監督不行き届きみたいなものかな」
「…………」
つまり、手鏡はたしかにモタの魔力を吸い取ったが、大した量ではなかったということだ。単に同期した分、エメスに強い負担がかかっただけとも言える。
何にしても、エメスは珍しく、「ふう」と小さく安堵の息をついた。
結局のところ、『ときめきナイスボート大戦』はクリア出来なかったわけだが、エメスは今回の件で一つだけはっきりと学ぶことが出来た――それは大切な人のそばにいるだけで、これほどまでに温かい感触が得られるということだ。
そういえば、古い文献の中に「心がぽかぽかする」といった言葉があったようだが、エメスはまさに今、それを実感していた。
「セロ様……小生はずっと近くにいたいです」
「……え?」
「いえ、何でもありません。
エメスはそう答えて、「ふふ」と小さく笑みを浮かべてみせた。
十五歳らしく、少しは甘えてもいいだろうと、その日の午前中はセロの温もりの中にいたのだった。
ちなみに、後日、ドゥに怪しげな拷問器具満載の十徳ナイフをプレゼントしたことがバレて、セロからがみがみと説教されたのはまた別の話である。
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