第190話 誰がために鐘は鳴る(中盤)
今回は珍しくネタ多めの話になります。
―――――
ただし、古の大戦の後から現代に至るまで
そうはいっても、恋愛については古今東西、その本質は変わっていないはずで――
「つまり、魔族にとって愛の形とは、屈服させるか、させられるか、それだけのことに過ぎません。
というところで、エメスにしては珍しく、きょとんと首を傾げた。
不思議と何か違和感があったのだ。今の言葉のどこがどう違うのかはよく分からなかったが、少なくともセロとの力関係だけで言うならば――エメスはセロには絶対に勝てない。そう。
そもそも、エメスはセロの
だから、魔族的な価値観に照らし合わせるならば、エメスはとうにセロに屈服していると言えるわけだ。つまり、セロに首ったけなのだ。
「…………」
エメスはしばしの間、無言で突っ立っていた。
そんなに簡単なことならば、そもそもこんなふうにうじうじと思い悩まないはずだ……
「泥竜ピュトンの言う通り、心の在り方を知る為に恋することが必要だというならば……ふむん。まずは、古の時代の恋愛にまつわる文献を洗い直してみましょうか」
エメスはそう呟いて、一瞬でデータベースを走査した。
ちなみに余談だが、エメスはゲームが好きである。ルールがあって、その環境において第三者と駆け引きする人工的な遊び――たとえば、囲碁、将棋、チェス、リバーシ、カードゲームやボードゲーム、もしくはレトロなテレビゲームなど、地下階層の司令室で事務作業をしながら脳内で並列して遊んでいることも多い。
特にお気に入りは遥か昔の
それにどうやらエメスを造った
「そういえば……あちら方面のゲームについては全く手付かずでした」
エメスはふと思い出して、データベース内のいわゆる恋愛ゲーム《・・・・・》ジャンルの一覧を参照してみた。
「ふむふむ。ときめき……みつめて……サクラ……トゥルーラブ……君の望む……スクール……おや、これは……遺作……臭作……鬼作に対魔忍、超昴閃忍、鬼畜眼鏡――ほう、ここらへんは博士の秘蔵フォルダ内のようですね」
危うくかなり偏ったジャンルに行きかけつつも、エメスは代表的な作品のキャラクター、ストーリー、世界観やクリア条件などを一通り精査してから、新たなゲームを自ら制作して、ためしに日常行動補助アプリとしてインストールしてみた。
とりあえず、アプリのタイトルは――『みつめてナイスボート大戦』。さっきから脳内で、「北の魔族領へ♪ ラララ、ラン、ララン♪」という不可思議な音楽が流れ始めている。
「ふむ。出てくる主要なキャラクターはおおよそ五名に設定しておきますか。まずはワイルドでオレ様系――これはアジーンにしておきましょう。次にキザったらしいリーダー系はエーク、そして背が小さい可愛い王子様系はまあドゥで、あと何を考えているのか分からない系は同性ですがモタあたりで代用しておきましょう。何より、メインの攻略対象がセロ様、と」
もっとも、セロはラスボスらしく、四名を攻略してからでないと挑戦出来ないらしい……
恋愛ゲームにラスボスとは? と、つい思いがちだが、昔はどうやらシミュレーションと恋愛ゲームが混ざったものが流行ったらしく、ラスボス以外を攻略しないとたどり着けなかったり、何なら隠しコマンドがあったりと、なかなかに攻略しがいがあったようだ。
「仕方がありませんね。面倒臭いですが……ふふ。こういうのも嫌いではありませんよ。
エメスはにやりと笑って、ドゥが朝食用にと持って来てくれたパンを咥えて、魔王城の入口広間に上がった。
そこでスキルの『探索』よりもよほど正確無比な生体・魔力反応探査によって、即座に人狼の執事アジーンを見つけ出すと、「ふんぬ!」と廊下の角でアジーンに勢いよくぶつかろうとした。
が。
そこはさすがにアジーン。人狼の嗅覚で、「あ、危ない!」とエメスを寸前でかわした。
「ほう。やりますね、アジーン」
「いったい、どうしたというのですか。エメス様?」
疑問の当然だろう。エメスほどの生体・魔力反応を感知できる者ならば、廊下の角でぶつかるはずがないのだ。また、普通に考えれば、わざとぶつかってくる道理もない――
だが、エメスは「問答無用、
ちろちろりん♪
エメスの脳内でフラグの音が鳴った。
ワイルド系キャラことアジーンのキャラクリの条件を一つだけ達成したわけだ。
まあ、本当に達成したかどうかはともかくとして、何にせよエメスはアジーンを肩に担いで、意気揚々と魔王城の地下階層に戻っていった。アジーンを攻略するのに拷問が必要だったからだ。朝一の日課をこなして、つい先ほどアジーンも放心したばかりだったはずだが、おかわりしても文句は言われまい……
さらにエメスは近衛長エークにも同じことを仕出かした。
今回はきちんと廊下の角でぶつかろうと、そこでしっかりと待ち構えて、エークがやって来た瞬間に、
「おや、エメス様。こんなところで私に何かご用事で――」
「ふんぬ!」
エークが問い掛けてくるよりも早く、頭突きをごつんとかまして、さすがにそれだけでは意識を刈り取れなかったので、長柄武器をまた取り出して幾度も痛打した。アジーン同様にまた背にかけて地下に戻っていく様はまるで処刑人のようだった。
もっとも、その様子を入口広間上階の回廊で目撃していたセロはというと、
「ね、ねえ、ドゥ……あれは何をやっていたんだと思う?」
「わかりません」
「エメスがモタみたいにやらかして、何かしら事件が進行しているのかな?」
「ちがうと思います」
「そっかあ。じゃあ、放置しておくか。一応、地下にいるヌフとジージさんには注意しておくように伝えておいてもらえるかな?」
「はい」
セロがそう言うと、ドゥはてくてくと地下階層に駆けて行った。
もっとも、このときセロには不思議と……大河をゆっくりと下っていく白いボートの姿がまじまじと浮かんだのだった。
―――――
かなりネタ多めの話ではありましたが、『みつめてナイスボート大戦』とは――『みつめてナイト』、『スクールデイズ』と『サクラ大戦』という二十年ほど前の代表的な恋愛ゲームを掛け合わせたもので、「北の魔族領へ♪」の歌詞は『北へ』のOPになります。
若い読者さんは「ナイスボート」なんて知らないかもしれませんが……まあ知らない方が良いこともあります。
それはともかく、最近の恋愛ゲームって何があるんだろうと思って調べてみたら、『ドキドキ文芸部!』くらいしかメジャータイトルがなく、「ジャンル自体がVtuberに取って代わられた」といった解説記事なんかも見つけました。
何と言うか、時代の移り変わりの速さを感じたわけですが……こういうときって新しい恋愛ゲームが生まれる土壌がこっそりと育っていたりするんですよね。そんな斬新な作品に早く会いたいなあと思いつつ、終盤へと進みます。
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