外伝Ⅰ

第189話 誰がために鐘は鳴る(序盤)

第二章外伝で、セロ、ルーシー、ドゥ、モタやクリーンにスポットを当てたので、今回はまずエメスとヌフの話となります。



―――――



 多分に驚かれるかもしれないが、人造人間フランケンシュタインエメスはまだ十五歳だ。


 え? いやいや、ちょっと待てほしい――


 たしか古の時代から生きているんだろう?

 その頃からずっと真祖カミラと犬猿の仲だったはずだろ?

 というか、そもそもドルイドのヌフとためぐらいの年齢だったんじゃなかったか?

 何より、頭にばっちりと釘が刺さっているじゃん……


 と、まあ、矢継ぎ早に質問が噴出するやもしれないが、その仕組みは単純だ。


 というのも、エメスは十四歳の頃に人造人間となった。当時は大陸北にあった王国を守る為に、人族の最後の希望となることを願って、実父によって全身を機械化されたわけだ。


 その際、とある事件・・・・・を契機にして、呪いを受けてしまったことでセロと同様に魔族へと反転して――その後のことはわざわざ記す必要もないだろうか。


 大陸北から中央にかけて跋扈していた魔族や魔王たちを「喧嘩上等、殲滅します。終了オーバー」と、目と目が合ったり、肩がぶつかったりしただけで、全員屠ってきたことで魔王認定されて、最終的には勇者・・カミラの手によって討たれた結果、北の王城こと魔王城の地下階層に封印された。


 封じられた後はずっと意識を保ち続けたわけではなく、休止状態ハイバネーションとなっていたこともあって、実質的には真祖カミラが下りてきて、他愛のない話をするときぐらいしか起きていなかった。


 そのカミラにしても、エメスが嫌って、地下階層に『地雷マイン』を設置しまくったことで、一年に一回ほど生存確認の為にやって来た間隔もしだいに空くようになっていって、結局のところ、古の時代から下ってエメスが起きていたのは一年にも満たないほどだった。


 つまり、エメスはまさに眠り姫スリーピングビューティーだったわけだ。


 そんなわけで、セロやルーシーたちに起こされたとき、たしかにエメスの誕生日は古の時代だったものの、年齢はというとまだ十五歳ほどという状態だった。


 もっとも、魔王城の食堂こと広場で皆に自己紹介したときに――


「よろしくお願いします。終了オーバー


 と、そっけなく告げたように、エメスは自分のことを積極的に話す性格でもなかったので、実質的に十五歳に過ぎないことは誰にも言わなかった。


 エメスがダークエルフの双子ことドゥ、あるいはモタなどと仲良くしているのも、単に気が合うというよりも、どちらかと言うと精神年齢が二人に近かったからであって、拷問が好きなのも……いや、これはもともとの気質によるものだから詳しい言及は避けたい。


 何はともあれ、そんなエメスにとって、最大の関心事は人族だった頃の心を取り戻すことにあった。


 当然、エメスは強力な人工知能の構築に向けてまずはデータを収集しようと努めた。心を得る為にはどうすればいいのか、魔王城の皆に聞いてまわったのだ。


 もっとも、どうにもサンプルが悪すぎた――


「こ、心……ですか?」


 最初に尋ねたドゥはというと、首をわずかに傾げて、「うーんうーん」と両手で頭を抱えながら、ぽく、ぽく、ちーん、して何とか答えを出した。


「ぼくも……知りたいです」


 エメスは「はあ」とため息をつきたくなるのを何とか我慢して、今度はそばを通りかかったモタをとっ捕まえた。


「心? 何それ美味しいの?」

「真面目に考えてください。モタなら多少はまともな答えを有していると想定しています」

「へへん。まあねー。何てったって森羅万象、このモタさんにどんとこいなのですよ」

「では、心とはいったい?」

「とりあえず、色々と試験したいから、精神がおかしくパーになる系の闇魔術でもかけてみよっか?」

「遠慮します。終了オーバー


 今度はこれみよがしにエメスも「はああ」とため息をついて、仕方がないので一番まともな答えを持っているはずの人物に聞くことにした――巴術士のジージだ。


「というわけで、心についてリサーチしているのです」

「ふむん。まあ、不肖の弟子がろくに答えられなかったことについてまずは謝罪しようかの」

「構いません。小生のデータベースにも古の時代の文献が多数保存されているわけですが、心の哲学から始まって、生物学、認知科学、医学や心理学に加えて、『心』の語源からくる言語学的なアプローチまであって、とても多様な概念なのだと認識しています。古の大戦以降、当時の知識にアクセス出来なくなって久しい現代の魔女にとっては、非常に難しい問題だったのかもしれません」

「そう言っていただけると助かる。ただ、エメス殿こそ、少々難しく捉えすぎなのではないかな?」

「ほう。どういうことでしょうか?」


 さすがは王国、延いては人族最高の頭脳を持つであろうジージだなとエメスも感心した。


 もっとも、そのジージはというと、急に両手を組んで天を仰ぐ仕草をした。いや、より正確には魔王城の玉座の間に向けて仰ぎ見るような姿勢になった。


「究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神教では、心とは――天、宇宙、そしてセロ様そのものを差すのじゃ。セロ様を思い、セロ様の為に祈って、セロ様の御心に触れたとき、外宇宙にまで広がる永遠の世界の中で、ほんにちっぽけなわしらの中にも心がしかと宿るのですな」

「……終了オーバー


 エメスは一瞬、心の研究よりも、御年百二十歳をこれほどまでに狂わせる謎の宗教についてリサーチしたくもなってきたが……それはともかく、ろくな答えが返ってこないことにほとほと困った。


 もしや、人選を誤ったのだろうか。それとも、第六魔王国にはろくな人材がいないのか。何にせよ、たしかにエメスはかつてセロとルーシーの手を取ったとき、心というモノに触れたような気がした。目から涙なるモノを流したほどだった。


 だったらセロやルーシーに聞いてみようかとも思ったが、全く成長していない姿を晒すようで、何だか悔しかった。だから、第六魔王国に所属するダークエルフ、吸血鬼や人族の冒険者、あるいは長らく滞在しているドワーフたち、シュペル・ヴァンディス侯爵やヒトウスキー伯爵といった面々にも聞き取り調査を行ってみたが、やはり多種多様な答えが返ってくるだけだった。


「参りましたね。こうなったら、大陸中の種族に聞いてまわるしかないのかもしれません。終了オーバー


 と呟きながら、それでも地下の拷問室にていつもの日課を終えて、どこか放心・・しているアジーンとエークを後にして、部屋から出ようとしたときだ。


「あんたまで……心が……どうこうって、言っているわけ?」


 二人の隣のX字型の磔台に拘束されていた泥竜ピュトンがふいに声をかけてきたのだ。


 これはお仕置きが足りなかったかなと、エメスは鞭をビシっと両手で伸ばして、「虫けら如きが口をきくのではない」と威圧しようとしたが、「ふむん」と、しばし考え込んでから言い直した。


「あんたまで、とは?」

「以前にもルーシーが似たようなことを聞きに来たからよ」

「ほう。興味がありますね。今すぐに吐きなさい。さもなければ、もう一度その肉体に――」

「待ってよ。すぐに吐くわよ。大したことでもないしさ」


 ピュトンはそう言って、「ふう」と息をつくと、縛られているのにやれやれと器用に肩をすくめてみせた。


「そんなの、恋をすればすぐに分かるわよ。だからと言って、どうすれば恋に落ちるのかなんて私に聞かないでよ。それこそ千差万別なんだから」

「恋ですか? それによって本当に心が分かると?」

「当然でしょ。他者を愛したことがない人に、誰かを想いやることなんて出来るはずがないわ。心ってきっと鏡のようなものなのよ。誰かの中に映る自分自身――他者に認められて、初めて自分に価値を見出せて、それでやっと美しくありたいとか、素直でいたいとか、信じていたいとか、色々と想いを馳せることが出来るのよ。ねえ、今の貴女に私はどんなふうに映っているのかしら?」

「――――っ!」


 その問いかけはまさに天啓のようだった。エメスは雷に打たれたように感じたのだ。


 エメスにとってピュトンは有象無象に過ぎなかった。つまり、何者でもないということだ。もちろん、敵の虜囚なので全く構わないのだが、それは結局のところ、エメスの心の鏡に何も映っていないということに等しい。あるいは、極論すれば、エメスは心の鏡を持っていない可能性だってある……


「心を知る為にも、恋とやらを検証しなくてはいけませんね。終了オーバー


 そう呟いて、エメスはよろよろと拷問室を出た。


「あら、良い顔つきになったじゃない」


 ピュトンは愉しそうに、その背中を見送ったわけだが……


 もちろん、人造人間エメスは十五歳にして――当然、初恋の相手は決めていた。エメスの傷みこころを終わらせてくれると約束してくれた人物だ。このとき、エメスの心の中にフラグの音がりんごんと鳴り始めたのだった。

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