第186話 六者会談

 島嶼国のマン島にある洋館の応接室では六者会談が開かれていた。


 今回、三勢力をそれぞれ代表して参加したのは三名――人族ではマン島の戦士長ハダッカ、亜人族では蜥蜴人リザードマン代表のリザ、そして魔族では鮫系の魔人ジンベイだ。


 当然のことながらX字型の磔台などは用意しておらず、調度品である椅子に座って、ロングテーブルを囲う形で三者は同士に並んで座っている。


 また、彼らにちょうど対面する形で、それぞれ第二聖女クリーン、海竜ラハブと妖精ラナンシーも着座していた。女聖騎士キャトルだけ、扉のすぐそばで立哨している格好だ。


 さて、自称第八魔王こと巨大蛸クラーケンがこんがりと焼き上がったことで、島嶼国の勢力図には大きな変化がもたらされた。


 最も劇的に変わったのは――ラナンシーが新たに代表に就いた魔族だろうか。


 これまで認識阻害をかけてまで女海賊のふりをして暴れてきたラナンシーだったのだが、ついにその正体が蜥蜴人や魚系の魔族たちにもバレてしまった――


「ところで、は前々から気になっていたのだが……貴様はいったい人族に混じって何をやっているのだ?」

「え? あたいのことかい?」

「そうだ。以前、万魔節トマトパーティーで会ったはずだが、お前……たしかルーシーの妹だろう」

「…………」


 と、まあ、こんなふうに会談前に、海竜ラハブが何気なく漏らしたのだ……


 もちろん、マン島の戦士たちはとっくに知らされていたので、人族側には一切の動揺はなかったわけだが、むしろ大きな混乱に陥ったのは魔族の方である――


 クラーケンのそばで唯々諾々と付き従わされてきたジンベイが、やっと次の代表になるかと思いきや、由緒正しき真祖カミラの三女がよりにもよって人族に紛れ込んでいたのだ。


 しかも、ラナンシーはジンベイよりも強かった。魔族は強者に従う慣わしがあるので、必然的にラナンシーが人族から魔族の代表にシフトしたわけだ。


 さて、次に戸惑いの度合いが大きかったのが蜥蜴人だろうか。もっとも、こちらはラハブの鶴の一声で全てが決まった――


「これからそこにいる聖女とやらは王国平定を目指す為に帰還するそうだ。貴様ら、いまだに人族に対して不満が燻っているのだろう? 諸悪の根源は聖女の敵対勢力にある。ならば、貴様らはその鬱憤を彼奴らに存分にぶつけてみせよ」


 水竜レビヤタンの娘ラハブの言葉は天の啓示に等しいので、ラハブ原理主義者テロリストこと蜥蜴人たちはこの言葉に「ははー」と従った。


 もちろん、この場合、鬱憤を晴らす対象とは言うまでもなく王女プリムを頂く体制側である。要は、第二聖女クリーンは労せずして蜥蜴人という巨大な戦力を手に入れたわけだ。


 すると、最も混迷の度合いが低かったマン島の戦士長ハダッカが言った。


「我々はもともと王国より迫害された者たちです。聖女様が正しき道を示していただけるのでしたら、当然、我々も共に歩ませていただきます」


 ちなみに戦士長ハダッカは渋い顔つきで白髪交じりの老兵だ――いかにも南国暮らしの浅黒い肌で、老齢のわりにはライトヘビー級の肉体をいまだに誇っている。


 唯一難点があるとしたら、南国はとても温かいので……今も腰に葉っぱ一枚しか装備していないところか。


 王国の聖騎士たちとは対照的に、筋肉こそが聖鎧であるといった、高潔の元勇者ノーブルやモンクのパーンチが聞いたら泣いて喜びそうな信念を無駄に持っているそうだが、もともとは聖騎士団に所属していたようで、キャトルの父シュペルや現団長モーレツが若かりし頃に副団長を務めていた大人物だそうだ。


 とまれ、これまたクリーンのもとに暑苦しい筋肉――もとい新しい戦力が集ったわけだ。


 何より、王国平定に向けてマン島の戦士たちは背水の陣の覚悟にて出向くというわけで、その領土を蜥蜴人たちにほぼ返還したこともあって、もとは温和な蜥蜴人もマン島の戦士たちを一応は認める形になった。


「では、これにて両種族が手打ちということなら、我々魔族だっておかに上がれる者はカチコミに加わりますぜい!」


 いかにも堅気には見えない鮫の魔人ジンベイがドスの効いた声で言うと、意外にも対面にいたラナンシーは「はあ」と小さく息をついた。


 どうやら自由気ままで奔放な武者修行の旅はこれにて終わりのようだ。


 クリーンやキャトルの王国平定に付き合うということは、新たな第六魔王こと愚者セロや姉ルーシーの策略に乗っかるということであって、いずれ母国に戻ることが既定路線となる。


 まだまだルーシーに匹敵するほどの力を得ていない以上、不満しかないものの、これもまた一期一会だ。仕方あるまいと、ラナンシーは「よし」と声を上げた。


「何がよしなのだ?」


 すると、すぐ隣に座っていたラハブが尋ねてきた。


「実家に戻る覚悟を決めたんだよ」

「そんなに第六魔王国が嫌だったのか?」

「嫌というか、真祖トマト以外に何もない北の古城だからね。稽古の相手も執事のアジーンぐらいしかいなかったしさ。戻ったら早速、姉貴たちに頭を下げて稽古でもつけてもらうよ」


 ラナンシーが渋々言うと、ラハブだけでなく、クリーンやキャトルも苦笑を浮かべてみせた。


 不思議がるラナンシーに対して、そんな三人を代表してラハブが話を続ける。


「だとしたら、今度の帰郷はきっと楽しいことになるぞ。第六魔王国は様変わりしたからな。そもそも、余でも勝てるかどうか怪しい実力者が――セロ様は当然として、他にも五、六人はいる。それに準ずる実力者もごろごろといるのだぞ」

「……マジで?」


 ラナンシーは驚愕の表情を浮かべた。


 もちろん、驚いたのはラナンシーだけではない。戦士長ハダッカも、蜥蜴人のリザも、鮫系の魔人ジンベイも、全員が眉をひそめた。


 それも当然だろう。ラハブはあの巨大蛸クラーケンを瞬殺するような実力者なのだ。


 さすがに真祖カミラや邪竜ファフニールほどとまではいかないものの、並の魔王では太刀打ち出来ない力をすでに有している。


 それでも勝てない相手が五、六人もいるというのはさすがに異常だ……


 つまり、ラハブの言葉は、第六魔王国こそが古今東西、大陸史上最強の覇権国家であることを示唆していた。


 これにはハダッカも「時代とは動くものよな……」と呆然としたし、リザも「井の中の蛙とは我々のことか……」と項垂れていたし、ジンベイに至っては「ラナンシーの姉御に一生ついていきやす!」と強引に杯を交わそうとしていた。


「ところで――」


 そんな中で、ふいに声を上げたのはクリーンだった。


「ラハブ様はどうして島嶼国にすぐに来ることが出来たのでしょうか?」


 皆が「そうだ、そうだ」と相槌を打った。


 あんなに都合の良いタイミングで現れたのだから何か理由があるに違いないと、応接間にいた者たちの視線はラハブに集中した。


 すると、ラハブは何てことはないといった顔つきで答えた。


「セロ様への輿入れ準備というわけではないが……第三魔王国に義父様と一緒にいったん戻っていたのだ。魔王城の一室を借り受けたので、本格的な引っ越しの準備をする為だな」


 当然のことながら、輿入れという言葉に蜥蜴人のリザがぴくりと反応した。


 もっとも、断固反対するかと思いきや、「よよよ」と、まるで大切な孫を遠くの寄宿舎に送り出す爺みたいにめそめそと泣き始めた。


 これにはラハブだけでなく、皆がギョッとした。強面の蜥蜴人が衆目も憚らずに、大泣きしているからだ。


「あのラハブ様がご結婚とは……このリザ、今生にもう何一つとして悔いはございません」


 いかにも明日には「我が人生に一片の悔いなし」とか言って切腹しそうな勢いだ。


 そんなリザを「まあまあ」となだめつつも、ラハブはさらに説明を加えた。


「そもそも、クリーンに言われるよりも先に、ルーシーから頼まれていたのだ。第三魔王国にいったん戻るというなら、聖女一行の無事を確認してくれとな。この海域には弱っちいとはいえクラーケンも長らく住み着いていたからな」


 あの巨大蛸を弱いと表現出来るのは、大陸の実力者でも指折り数えるほどしかいないわけだが……何にしてもクリーンたちは「はあ」とため息をついた。結局、全てはルーシーの掌の上で踊らされていたというわけだ。


「やれやれ、敵わないですね」


 クリーンは席をいったん立って、洋館の窓から砂浜を見下ろした。


 そこではキャンプファイヤーよろしく、蛸の丸焼きを皆で美味しく食べている最中だった。


 あるいは、マン島の戦士たちは蜥蜴人たちに模擬戦を挑み、蜥蜴人たちは独特な唄や踊りを魚系の魔族に見せて、その魔族はというと、マン島の戦士たちの漕ぎ出す船とどちらが早いか勝負をしている。


 もちろん、クラーケンは半分ほどが氷の魔術で冷凍されて、今も第三魔王国の速さ自慢の竜たちによって運送されている最中だ。夜通し飛べば、明日の夜にはセロの食卓に上がることだろう。


 すると、クリーンはふいに笑みを浮かべた。


 光の司祭セロを追放してからまだ半年も経っていない。それなのに世界は劇的に様変わりした。


 世界だけでない。クリーン自身もまた大きく変化した。あのときはまさか、こうして罪人として島嶼国にまで赴いて、亜人族や魔族と手と手を取り合うことになるなど、考えも及ばなかった。


 しかも、この地から王国に攻め入るのだ。ある意味で魔王国の尖兵として――


「婚約を破棄した相手が大陸の覇権を握る魔王となり、そして破棄を申し渡したはずの私が今、逆にこうして島流しとなった。それだけでも物語としては十分過ぎるくらいなのに、王国に返り咲く道順まで示されている。運命とは本当に皮肉なものよね」


 クリーンがそう呟くと、キャトルが近づいてきた。


「今こそ、王国を正しましょう。クリーン様!」


 同時に、ラナンシーもやって来て付け加えた。


「あんたらの国に興味はないが……強者がいたらあたいに回しな。ぶっ潰してやるよ!」


 こうして三人はくすくすと笑い合った。


 聖女、女聖騎士に真祖の三女こと妖精――それに付き従うのは屈強な人族の戦士、蜥蜴人に魚系の魔人たちだ。


 翌日、マン島から出航して、大所帯になった聖女一行は大陸南西の港湾都市に入って軍備を改めて整えた。


 当然、王国民たちからは熱烈な歓迎を受けた。武門貴族に連なる辺境伯はすぐに第二聖女を支持する声明を出し、周辺の貴族もそれになびいた。


 こうして王国では一気に、聖女対王女の機運が高まっていったのだ。






 王国の史書では、『島嶼国騒乱』の最後の項にこんな指摘がある――


 王都を出たときにはわずか数人の供回りしかいなかった第二聖女だが、ほんの一ヶ月ほどで島嶼国の勢力をまとめ上げ、大軍をもって挙兵した。


 もっとも、不思議なことにその大軍には尽きることのない糧食があったという。そう。蛸である。


 これ以降、蛸は多幸たことも言い、あるいはその足の本数であるが末広がりを示すこともあって、王国では縁起物として食されることになった、と。


 丸焼きになった巨大蛸クラーケンも、これでさぞかし浮かばれたことだろう。



―――――


次話で王女プリムサイドをやって、それから外伝に入ります。


それとラハブが作中で勝てるかどうか怪しいと言っている実力者は――ルーシー、エメス、ヌフ、ノーブル、ジージ、あと一人となります。ちなみにエーク、アジーンではありません。


はてさて、そのあと一人が誰なのか。王国平定に向けて大活躍しますのでご期待ください。

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