第180話 続・三者会談

 ここでひとまず島嶼国にまつわる説明を一通りしておきたい――


 大陸南西にある島嶼国だが、実は大陸の中では最も歴史が浅い国々となる。というのも、そもそもこの地に島々が形成されたのが古の大戦のときだからだ。


 西の魔族領がかつての大戦の影響で血に染まって湿地帯に変じたのと同様に、南西では陸地が縦横無尽に切り裂かれたことによって、大小様々な島々となった。


 これについては、セロが初級魔法で隕石落としをやらかしたり、邪竜ファフニールが凶悪な毒を全方位に撒き散らしたりすることからもお察しの通りである。要は、今の島嶼国の姿こそ、古の魔王級の戦いの苛烈さを顕著に物語っていると言っていい。


 さて、そんな様々な島から成っている島嶼国だが、大きな支配勢力は三つほどある。


 一つがマン島を中心とした人族だ――


 厳しい規律スパルタで鍛えられた一騎当千の屈強な兵士たちからなる軍事国家ではあるが、どちらかと言うと海賊が本業だ。


 そもそも、王国から配流された者たちが中心となって、先住民の亜人族や魔族を討伐することで入植して作り上げた島国だ。荒事はお手の物と言っていい。


 もっとも、真祖カミラの三女こと妖精ラナンシーがやって来てからは、なぜか姉御と呼ばれて慕われて、魔族なのにその中心に居座っているのが現状だ。


 次に、そのマン島の西に位置するリザー沖。そこに棲息するのが先住民こと亜人族たる蜥蜴人リザードマンだ――


 大陸ではあまり見かけない希少な種族で、独自の文明を有してはいるものの、厳つい外見のわりには本来、とても温和で友好的な種族だ。


 ただし、その蜥蜴人たちの頂点にいる人物は、とんでもないほど好戦的というか、恋愛を物理で何とかしようとするかのような獰猛な性格だ――そう。海竜ラハブである。


 火竜を信奉する『火の国』のドワーフと同様に、もともと蜥蜴人たちも『水の国』にて水竜レビヤタンを奉って静かに暮らしていたのだが、古の大戦でファフニールがレビヤタンを倒し、さらにその娘ラハブを庇護したことによって、蜥蜴人たちは第三魔王国と複雑な関係を持つに至った。


 レビヤタンと同じくラハブも奉りたいが、レビヤタンを弑したファフニールは許せない。


 また、この地に我が物顔で入植してきた人族も到底許せない――そんな事情が温和だった蜥蜴人をしだいに狂信的なテロリストのように変えていった。


 今ではラハブ原理主義者とでも言うべき過激派が中心となって、そのラハブの書簡を携えてきたダークエルフたちと手を組んで、どうやらマン島に攻め入ったようである。


 最後に、マン島やリザー島の南に位置する最果ての魔族領――


 そこにいるのが何と、第八魔王・・・・だ。


 もっとも、魔族領とはいってもただの海である。それに本人は第八魔王と名乗ってはいるものの、大陸からは距離も遠い上に、とある事情で大陸ではろくに戦えないこともあって、その存在はほとんど無視されてきた。


 というのも、この自称・・第八魔王は巨大たこことクラーケンなのだ。


 そのせいか、「手足が八本あるから第八魔王と名乗りたいだけじゃないのか」と人族からは嘲笑われているし、「触手が気色悪い上に近づくとあられもないことをされる」と十八禁的な意味で亜人族のうち特にエルフ種からは目の敵にされているし、「そもそも大陸に上がれもせんやつを魔王として認めていいものか」とファフニールやカミラが難色を示したこともあって魔族からも総スカンを喰らっている。


 そんな可哀そうなクラーケンを含めた魚系の魔族がマン島やリザー沖の南の海域に棲息して、虎視眈々と虚しい嫌がらせをたまに仕掛けてくるのが現状である。






 さて、マン島にある洋館の応接室では緊急の三者会談が開かれていた。


 参加した人物は三名――妖精ラナンシー、女聖騎士キャトルに第二聖女クリーンだ。


 もちろん、X字型の磔台にそれぞれ縛られて会談したなんてことは全くなく、ごくごくしごく普通に調度品である椅子に座って、丸テーブルを囲って三角にて対面している。


 当然のことながら、何も縛られていないのでクリーンはずっと不貞腐れていた。


 期待していた拷問も大したことがなく、むしろ強面な拷問吏が泣いて退室してしまったほどだ。


 クリーンがあまりに余裕で耐え抜くものだから、拷問吏など「神を信奉するとこれほどまでに強くなれるのか」と悟りを開いて、聖職者を目指すと言って田舎に帰った始末だ。


 仕方がないのでクリーンの方からラナンシーに対して、人造人間フランケンシュタインエメスがやっていたことを淡々とリクエストしたところ、「そんな残虐非道で血の通っていない所業など出来てたまるか!」と呆れられて、何にしても拷問は一時中止となった。


 クリーンはいついかなる拷問にも耐えられるようにと、法術の『経過回復リジェネレーション』を事前にかけていたので、今でもぽわんとたまに体が光って無駄に回復している有り様だ。


 その一方で、さっきから貧乏ゆすりが止まらないのがラナンシーだった。


 まさかクリーンとキャトルが姉ルーシーやリリンの知人とは思いもよらなかった。しかも、そのルーシーがラナンシーの消息を案じてわざわざ寄越してきた大切な客人だというのだから、拷問などしてしまったのは完全に失態である。


「うう……どうしようか……」


 それほどにラナンシーは長女ルーシーを恐れていたし、ある意味で尊敬を超えて畏怖すら持っていた。


 さらに悪いことには、今も海上で蜥蜴人テロリストを通してクリーンとキャトルの身柄の明け渡しを要求しているダークエルフたちも、これまたルーシーの関係者らしい。ラナンシーが何かしら謝罪しないと、マン島はこのままテロの戦禍に巻き込まれることになるだろう。


 はてさて、どう取り繕うべきか。ラナンシーも「田舎に帰って聖職者でも目指そうかな……はは」と、そんな情けない考えが頭の片隅を過ったが、そもそも田舎は第六魔王国なので意味がないと思い直して、ついつい両手で頭を抱えた。


「あたい……かなりテンパっているな……」


 そんな言葉を漏れ聞いたこともあってか、キャトルは「うーん」と渋い表情をしていた。


 クリーンが不満げな顔つきになっているのは拷問されたからではない。逆に、拷問されなかったことに苛立っているのだと、素直にラナンシーに伝えてあげるべきかどうか迷っていたのだ。


 ああ見えても、クリーンはいまだに性癖的にあれなことを隠したいらしい。まあ、一応は聖女だから対面を気にしなくてはいけないのだろう。とはいえ、聖女の対面などを気にしていたら、このまま人族と蜥蜴人という二大勢力の全面戦争に突入してしまう。


 さすがにキャトルも、第六魔王国に依頼されてラナンシーの消息を確認しに来ただけなのに、戦争を誘致してしまったなどという惨状は避けたい……


「あ、そうだ。クリーン様。ルーシー様からお預かりしていた封書は如何したのでしょうか?」


 キャトルが肝心なことを思い出して話題を振ってみると、


「ええ。そうでした。まだアイテムボックスにしまっておりますよ」


 そう言って、クリーンはやっと聖女モードに戻ったのか、封書を取り出してきた。もっとも、それは封書というよりも辞書に近い分厚さだった。キャトルはさすがに目を丸くする。


「そ、それが……封書ですか?」

「はい。私も手渡されたときには驚きましたが、妹思いなお姉さんなんだなと、ルーシー様の意外な一面を見た気がしました」

「違う。姉貴が異常に筆まめなだけだ」


 ラナンシーがそう断言して、唇をツンと突き立てると、


「寄越せ。とりあえず目を通す」


 クリーンの手から分厚い封書をひったくって、すぐに目を通した。


 が。


 読んでいるうちにラナンシーの顔が真っ赤になっていった。ふるふると異様に震えている。


 これはいったいどうしたことかと、クリーンもキャトルも眉をひそめた。家出同然で消息を絶ったと聞いていたから、叱責ばかりが並んでいたのかなと心配したが――突然、ラナンシーが「だあっ!」と手紙を空に放った。


「こんなもの! 読めてたまるか!」


 キャトルは驚いて、空からひらひらと下りてきた一枚を手に取って、とりあえず読んでみた。「え?」とつい口に出して、他にも床に落ちた数十枚を掻き集めてみた。さらに「ええ?」と、キャトルもついつい顔を赤らめてしまった。


 というのも、そこに書かれていたのは――辞書一冊分全て、セロに対するのろけだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る