第179話 渡る世間に鬼はあり

「おい、この聖女様とやらをみっちりと縛り上げてやりな!」


 女海賊はそう声を張り上げて、「はん!」と下卑た笑みを第二聖女クリーンに向けた。ちょっと脅しつけてやればすぐに言うことを聞く、世間知らずな聖女だろうと、いかにも舐めてかかっている様子だ。


 が。


 その言葉にクリーンはついつい喜色を浮かべた。


「ほ、本当に縛っていただけるのですか?」

「は?」

「あのう……やはり自分では難しくて……少しずつ緩くなってきたんです。出来ればなるべく強くお願いしますね。痣が残るくらいがちょうど良いです」

「…………」


 とたんに女海賊は顔をしかめた。


 すると、手下である屈強な男たちも戸惑いの声を上げる。


「おかしら! こいつ、すでに縛られていやすぜ!」


 聖衣の下の亀甲縛りのことを指摘されたので、さすがのクリーンもやや恥ずかしくなった。一方で、女海賊の反応はというと、意外にも納得したかのように、「ふうん」と相槌を打つ程度だった。


「そういや、聖女様は流刑の身だったな……」

「どうしやす、お頭? いったん解いて、縛り直しますか?」

「いや、面倒臭い。緩くなっている縄は解いておけ。たしか首と両手を拘束する三つ穴の木枷を持ってきたはずだろう? それで十分だ。あと、他の男の騎士どもは――」


 まあ殺しても構わんか。


 と、女海賊は冷たく呟くも、他に使い道があるかもしれないと考え直したのか、


「船酔いで転がっている野郎どもは適当に繋いでおけ。そうそう、そこの女聖騎士は丁重にもてなしてやれよ。聖女様とは違って、そっちは大切な人質らしい。だから仲間たちには徹底させろ。傷一つ付けるなとな」


 そう言ってから、木枷で拘束されたばかりのクリーンの顎を掴み上げた。


「さあて、聖女様よ。あんたにはせいぜい痛い目にあってもらうぜ」


 直後、クリーンの口の端がわずかに緩んだ。


 それを見て、女海賊は訝しげな顔つきになるも、どうやら王国の聖女とやらは拷問の意味もろくに知らない箱入り娘だとみなしたのか、女海賊はさらに脅しつけた。


「あんたを王国に送り返す前に、第六魔王セロのことや、第五魔王アバドン討伐に関して詳しく聞き出しておけと言われている。痛い目にあいたくなかったら、さっさと吐くことだな」

「ということは、吐かなければ拷問が続くということですね?」


 なぜかクリーンの目は爛々と輝いていた。


「お、おう……まあ、そうだが……」

「私、いくらでもいけます!」

「は?」

「おかわりマシマシでお願いします!」


 頭でもいかれているのかといった目つきで女海賊はクリーンを見つめた。対して、クリーンはというと、是が非でも口を割らないぞと、「ふんす」と息巻いている。


 もちろん、このとき女海賊は知らなかった。


 魔王城の地下で人造人間フランケンシュタインエメスによる苛烈かつ絶望的な拷問を真横で追体験してきたクリーンにとって、並大抵の加虐などでは全く通用しないことを――


 しかも、あまりにも何も吐かない上に、この程度なのかと心底がっかりされたことで、冷徹な拷問吏は自信を失って職を辞し、田舎に帰ってなぜか聖職者に転職して、かえって女海賊の頭痛の種になるわけだが……


 何にしても、こうしてクリーンたち一行は海賊に捕らえられてしまったのだった。






 頬をぺちぺちと叩く、冷たい感触があって女聖騎士キャトルは目を覚ました。


「ここはいったい……どこでしょうか?」


 やっと陸地に……いや、マン島に着いたのだろうか。


 少なくとも、先ほどまでのひどい揺れはもうなかった。周囲を見渡すと、どうやら洋館の一室のようだ。さほど広くはないが、調度品などもしつらえてあって、いかにもゲストルームといった趣きがある。


 キャトルは縛られることもなく、鎧だけ脱がされて、ベッドの上で寝ていたようだ。


「キュイ?」

「大丈夫です。まだちょっと気持ち悪いですが……」


 キャトルはそう応じて、頬に乗っていたドゥーズミーユを右手の甲に移動させた。


 船に乗ってマン島を目指したところまでは覚えている。だが、キャトルにとって船上は地獄以外の何物でもなかった……


 クリーンに法術でケアしてもらっても、すぐにまた酔いがやってきて、頭痛と眩暈がひどく、途中からは動くこともままならずに、海面へと身を乗り出して、ただ、ただ、ぼんやりと、時間が過ぎるのを待つだけだった。


「そういえば、何者かが船上へとやって来たような……」


 すると、ノックもなしに部屋の扉がバタンと開かれた。入ってきたのは女海賊だ。


 そうだ。襲撃を受けたのだった――と、キャトルも曖昧だった記憶がやっと明確になっていく。同時に、第二聖女クリーンを助ける為に攻撃の構えを取って、まずは相手の力量をいったん推しはかろうとするも、


「さて、あんたから見て、あたいはどんなもんだい?」

「くっ……」


 キャトルは悔しそうに下唇を噛んだ。


 相当な実力者だ。英雄ヘーロスや高潔の元勇者ノーブルと似たような圧を感じる。かなりの修羅場を潜ってきた猛者に違いない。まさか大陸の果てにこれほどの者がまだいたとは……


 しかも、この女海賊にはどこか異質なところ・・・・・・があった。


 それがいったい何なのか。キャトルが探りを入れつつも、いったんは降参といったふうに両手を上げると、女海賊はにやりと笑った。


「正しい判断だ。実力をわきまえている奴は嫌いじゃないよ。ところで、そこのヤモリはあんたが使役テイムしているのかい?」

「そういうわけではありません。協力してくれているだけです」

「ふうん。これほどの魔物モンスターがね。協力かい? まあ、いいさ。なら、せいぜい暴れさせないでおくれよ。少しでも敵意を見せたら、あんたのお仲間だった騎士たちの命はない。もちろん、第二聖女クリーンもだ」


 その名前が出た瞬間、キャトルは目の色を変えた。


「クリーン様をどうしたのです!」


 激高するキャトルとは対照的に、女海賊は意外にも品のある動作で調度品である椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「落ち着けよ。だいたい察しもつくだろう?」

「貴女がたは王女プリム様の仲間ということですか?」

「仲間だなんて止めてくれ。協力しているだけだよ。そもそも、マン島と王国は同盟とまではいかなくとも、長らくずっと協力関係にあったんだ。頼まれれば断らない。ただそれだけの話さ」

「では、こうしましょう――王女プリム様が与える褒賞の倍を出します。私たちに協力してください」


 キャトルの即断に、女海賊は「ひゅう」と口笛を吹いてみせた。


「いいね。あの頭の可笑しな第二聖女は御免だが、あんたのことは気に入ったよ」

「それでは――」


 女海賊はキャトルの言葉をわざと切るようにして、「ちっち」と指を振った。そして、ずばりとこう言ってのける。


「あんたら王国民が国を割ってまで何やら内戦をしているのは知っている。だから、あたしが求めるとしたら――王国の領土の半分だ。それぐらい寄越しな。出来ないなら、この話はご破算だ」


 キャトルはまた下唇をギュっと噛みしめた。


 ヴァンディス侯爵家は武門貴族の筆頭なので、その派閥の貴族全てをまとめたとしても王国の四分の一にも届かない。少なくとも領土という点では、王族や旧門貴族が多勢を占めている。


 女海賊はおそらくそのことを十分に分かっていて、わざと挑発したのだ。だから、キャトルが何も言い返せないと見て取ると、女海賊はやれやれと肩をすくめてから立ち上がった。


「まあ、ゆっくりとしていけばいいさ。あんたは武門貴族とやらに対する人質らしいからな。しばらくはここで身柄を拘束させてもらう。大人しくしていれば、仲間の騎士たちも命を落とすことは――」


 その瞬間だった。


 またもやノックもなしに扉がバタンと開かれた。


「お頭! 大変だ!」

「何だい? こっちは大切な話の最中だったんだよ」

「それどころじゃねえ! 蜥蜴人リザードマンの襲撃だ! しかも、連中。おかしな奴らを引き連れてきていやがる!」

「おかしな奴らだと?」

「ああ! おそらく、ダークエルフの手練れのようだ」


 女海賊は憮然とした顔つきになった。


 なぜ迷いの森の民がわざわざ大陸の反対側にある島嶼国にまでやって来て、しかも蜥蜴人なぞと手を組んでいるのか。女海賊もさすがに理解が覚束ないのか、その片頬はひくひくと痙攣していた。


 一方で、呆然としたのはキャトルだった。それもそうだろう。先ほど感じた女海賊の異質さの正体にやっと気づいたのだ。


 目の前にいる女海賊は人族ではない。魔族・・だ。認識阻害を使っていたのだ。わずかに動揺を見せたことで、今、その認識阻害がわずかに解けた。キャトルはさすがにそれを見逃さなかった。


 しかも、この魔族はあの二人・・・・によく似ていた。


 そう。よりにもよって、女海賊は吸血鬼の真祖カミラの娘――ルーシーやリリンと同じ魔力マナの波長を漂わせていた。その三女こと妖精ラナンシーだったのだ。



―――――


気づいた方も多いかもしれませんが、この話のタイトルは第二部のものと対応しています。第57話「魔女モタは出会う」 → 第178話「聖女クリーンは出会う」、第58話「旅は道連れ、世は情け」 → 今話「渡る世間に鬼はあり」、といった感じでモタと次女リリン、クリーン(キャトル)と三女ラナンシーというペアになっています。

それと、次話あたりで島嶼国の状況や蜥蜴人などについての説明が入ります。よろしくお願いいたします。

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