第174話 新しい大戦

 セロには第三魔王こと邪竜ファフニールに聞きたいことが山ほどあった。


 だが、ファフニールのあまりにも豪快な食べっぷりを見ていると、つい唖然としてしまって、いったい何から聞き始めるべきか、考えが全くもってまとまらなかった……


 ここは魔王城二階の食堂こと広間――ファフニールがやって来る前まで、夕食も取らずに皆で色々と議論をしていた場所だ。


 土竜ゴライアス様のエネルギー波が大地を穿ち、神の怒りが北の平原を真っ二つに割るような――まさに天地開闢もかくやという激しい戦いの後で、セロたちはまたここに集って、皆でテーブルを囲んでささやかな歓迎会を開いていた。


 バルコニーから外を見ると、ファフニール配下の竜たちがどこかの即売会よろしく律儀に列を作っていて、ヤモリ、イモリやコウモリたちから真祖トマトのお裾分けをもらっている。しかも、手にした先から戦利品を巣で早く食べようと、空に羽ばたいて第三魔王国に帰っていくといった次第だ。


 一方で、ファフニールや海竜ラハブは竜人の姿で食堂にて接待を受けている。セロたちもまだ食事を取っていなかったので、歓迎会は夕食会に様変わりしていた。


 ちなみに、ファフニールは本来、人族の料理にあまり関心を持たず、自然食傾向と言うか、食材にあまり手を加えずに生のままでかぶりつくのが一番良いと言う立場だった。だが、屍喰鬼グールのフィーアや人狼メイド長のチェトリエの料理に接して、


「おお、これも美味いな。なかなかに絶品だぞ」

「でしょう、義父様。美味しい食事を取らないなど、人生の半分を損しているようなものなのです」

「ふむ。義娘ラハブが爺などと呼んでいた、いつぞやの料理人も、これほどに腕が良かったのか?」

「もちろんです。でなければ、が天峰に迎え入れるはずもないでしょう?」

「惜しいことをしたな。もう亡くなってしまったんだったか」

「ですが、子孫は残っています。今も料理人として健在ですよ」

「ほう。では、早速、料理人同士の交流会をすべきだな。第六魔王国は野菜中心、我が国はたしか肉ばかりだろう?」

「魚も多いですよ。最近だって最果ての魔族領から巨大蛸クラーケンの足を何本か仕入れてきたばかりです」

彼奴きゃつは……美味いのか?」

「まあ、料理の仕方次第ですかね」


 そんなふうな会話をしながら、ファフニールはフィーアたちの料理に舌鼓を打っていた。


 もっとも、真祖トマトだけは別らしく、山盛りにされた大皿から一気呵成に口内に流し込んでいく――


 カレーは飲み物とか、とんかつは飲み物とか、ハンバーグは飲み物とか、色々と迷言じみた言葉があるが……あまりに豪快なファフニールの飲みっぷりを見ていると、まさしくそんな言葉が妥当に思えてくるから不思議だ。


 まあ、それはさておき、ファフニールが「ふう。食った、食った」と腹を擦りながら満足したところで、セロは切り出すべき話をやっとまとめた。


「それで、ファフニールさん――」

「敬称などいらぬ。セロ殿よ。ファフニールと呼び捨てにするがいい」

「で、では、ファフニール」

「うむ、何だ?」

「とても言いづらい話ではあるのですが……」


 セロがそういって言葉を濁すと、ファフニールは「ふん」と鼻で息をついてからセロに苦笑を向けた。


「どうせ義娘のことだろう?」

「は、はい。そうです。ラハブさんとのことについて――」

「お待ちください、セロ様。余にも当然ながら敬称は不要です。幾度も言いましたが、むしろラブと略してください」


 だから、その略称は無理があるんだよなあとセロはため息をつきつつも、ファフニールに視線を戻すと、


「では、改めまして――ラハブを当国にて保護するという件は構いません。ただ、結婚については早急に過ぎるので白紙に戻してください。お願いします」


 直後、当然のことながら、ラハブは「そ、そんな!」と悲痛な声を上げた。


 一方で、ルーシーを始めとする女豹たちは「ほっ」と安堵の息をついた。もっとも、肝心のファフニールはというと、両目をつぶって、腕組みをしながら微動だにせずにいる。


 セロは戦々恐々とまではいかないが、内心では結構びくびくしていた。


 相手の父親に向かって結婚報告をするならまだしも、何せ破局報告なのだ。とはいえ、破局というほどの付き合いは全くなかったのだが、それでも当の父親がいかにもちゃぶ台でもひっくり返しそうな頑固親父なものだから、セロはほとほと困っていた。


 だが、意外にもファフニールは物分かりが良いらしく、「ふむん」と頭を縦に振った。


「全くもって当然のことだな」


 ファフニールはそう答えると、セロに笑みさえ向けてみせる。


 そんな様子にセロも「ほっ」として胸を撫でおろしたが、当然、納得がいかないのがラハブだ。


 ラハブとてセロが結婚に前向きではないのは分かっていた。だが、義父はセロの強さを身に沁みて理解したはずだ。


 だからこそ、義父はむしろ強引にでも結婚を後押ししてくれると信じていた。


 そもそも、老獪な義父が政略結婚について考慮しないわけがないのだ。今後、第三魔王国は第六魔王国の属国となるのだから、その絆をより強固にする為にも配偶関係を築いておけばどれだけ有利になることか……


 逆に、そんな事情もあって、ラハブは義父の態度を勘ぐった――もしや、まだ娘離れも出来ないのかと、むしろ責め立てるような険しい眼差しを向けたほどだ。


「待て、勘違いするな。義娘よ」

「何をどう勘違いするなというのです! セロ様の力は先ほどの戦いで十分に証明されたはずです。余が嫁ぐ意義を理解出来ない義父様ではないでしょう?」

「うむ。それは十分過ぎるほどに分かっている。お前を嫁に出すことについてはやぶさかではない。だがな。娘よ。はたして――」


 そこでファフニールは言葉を切ると、広間にいるセロの配下も含めてじろりと見渡してからこう付け加えた。


「はたして、お前はセロ殿に相応しい力を有していると、この国で示したのか?」


 直後、ラハブは眉をひそめた。


 いまいち前後の文脈を掴みかねている様子だ。政略結婚の話がなぜ、実力云々に繋がるのだろうか……


 だから、ファフニールはそんなラハブにやれやれと肩をすくめてから、さらに説明を付け加えた――


「今や、セロ殿は地上世界の全てを統べる魔王になった。もちろん、いまだ大陸中央の王国、南東のエルフの森林群、その奥にある有翼ハーピー族の巣や南西の島嶼国とうしょこくといった人族、亜人族の国家は残っているが、セロ殿にかかれば時間の問題だろう。そんな覇王の隣に相並ぶ力を――義娘よ。お前は本当にここにいる皆にしかと見せつけられるのか?」


 その言葉にラハブは目を大きく見開いた。まさに雷に打たれたかのようだった。


 しかも、それはラハブだけに留まらなかった。いわゆる女豹たち――ルーシー、人造人間フランケンシュタインエメス、ドルイドのヌフ、夢魔サキュバスのリリン、さらにはダークエルフの双子ディンにも響いたようで、互いに視線を合わせて牽制を始めている。


 ここにきてセロは「ほっ」としていたのも束の間……何だか嫌な予感しかしなかった。


 要は、ファフニールは義娘を焚きつけているのだ。


 セロの隣にいるべき唯一無二の存在になれと。あるいは分かりやすくこう言い換えてもいいかもしれない――ルーシーを始めとした第六魔王国の妃候補を全て蹴散らして、覇王の隣に座する女の頂点を目指せと。


「…………」


 広間には妙な感じの沈黙が広がった。


 セロからすると心なしか、男性陣が自分たちの食べ物や飲み物を抱えて少しずつ遠ざかっていくような気がした……


 すると、第一声を上げたのは、意外なことにダークエルフの双子ドゥだった。


はじまる・・・・


 ドゥが未来予知するときの真摯な声だ。


 いったい何が始まってしまうのか。セロは頭を抱えたくなった……


 何にしても、ルーシーは真祖直系の血の疼きを抑えて、エメスは元魔王の威厳を示して、ヌフは全てを封じる気概を見せて、リリンはユニセックスな色気を発して、またディンは見た目が子供でも大人な頭脳で何かしら画策して、そして何よりラハブはというと、恋愛勝負なのに圧倒的な物理を前面に押し出して――


 こうして、今、まさに第六魔王国にて女豹たちによる天下一武道会こと、大惨事・・・世界大戦。そう――女豹大戦が勃発しようとしていたのだった。



―――――


次話はそんな「新しい大戦」ではなく、ファフニールによる回想というか世界説明の「いにしえの大戦」、それから島嶼国編に突入するので、「女豹大戦」の話はしばらくお待ちください。


ちなみに、「カレーは飲み物」等については、株式会社のみもの様が運営する店舗名になります。

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