第173話(追補) 虫たちの幸せ

 元第五魔王国の情報官こと緑色の飛蝗の虫系魔人アルベと、指揮官こと茶色のサールアームは揃って「ふう」と、トマト畑の畦道で息をついた。


 すると、遠くからダークエルフの女性が声をかけてきた。


「アルベさーん! そっちの真祖トマトはまだ収穫しちゃ駄目ですよー」

「あいよー」

「あと、ヤモリさんたちの餌が足りていないので、また・・お願いしまーす」

「あいあいー。だってさ、サールアーム。頼むよ」

「ふん」


 アルベに話を向けられて、サールアームは仕方なく種族スキルである『指揮コマンド』を使った。魔族であるなしにかかわらず、虫ならばサールアームの指示を強制的に受けるものだ。


 もちろん、サールアームの内包する魔力量よりも低い虫だけに有効で、第二魔王こと蠅王ベルゼブブなどには全く効かない。


 だが、トマト畑に集まってくる虫程度なら何ら問題なく、サールアームが「集まれ」と念じれば、たとえヤモリたちが待ち構えている中でもわらわらと現れ出てくる。


「キュイ!」


 そのせいで、最近、ヤモリ、イモリやコウモリたちが太ったのでは、とまで疑われているのだが……


 何にしても、第六魔王国に魔核のみで連行されて一か月ほど――二人とも肉体もやっと回復して、敵国に滞在しながらもそれなりに役立っていた。


 実際に、サールアームは無愛想ではあるものの、一緒に作業をするダークエルフたちと着実に距離を縮めていて、最近では畑作業をしているダークエルフたちに武術や戦術などを教えている。一方で、アルベはもとから愛想が良いせいか、モタや冒険者のクライスなどと仲良くなってつるんでいる。


「わん!」


 そんな二人のもとに、柴犬がてくてくと駆けてきた。


 フェンリルの子犬ことミケタマだ。アルベも、サールアームも、ほんの数日前に、その子犬に自己像幻視ドッペルゲンガーのアシエルが憑依――というかほとんど魂ごと取り込まれているのに気づいたわけだが、


「アシエルよ……お前もか」


 と、すっかり飼い犬らしくなったアシエルことミケタマの毛並みをもふもふしつつも、アルベは自らを慰めるしかなかった。


 不死王リッチがこれまた取り込まれたらしいベヒモスこと、子猫のいぬ太郎と仲良くやっているらしいので、アルベから見ても、まあ、それなりに幸せならいいかな――と、溜飲を下げたわけだが、もちろん当初は、アルベも、サールアームも、第六魔王国に対してはかなり反抗的だった。


 それも当然だろう。何しろ第六魔王国はあるじたる第五魔王こと奈落王アバドンを討ち取ったかたきであるばかりか、戦場で死ぬことこそ誉れとする魔族の思いを踏みにじって、情報収集する為に二人を生かしたのだ。


 もちろん、二人とも武人らしく、絶対に口など割らないぞと強気だったのだが――生首の状態で地下牢獄に連行されて、そこで人造人間フランケンシュタインエメスによる泥竜ピュトンへの拷問をまざまざと見せつけられて、二人が話すよりも先に当のピュトンが全て喋ったことで、気概も何も全てが無に帰してしまった……


 とはいっても、二人とも同僚のピュトンを決して責めはしなかった。そもそも、あんな筆舌に尽くし難い拷問をされたら、誰だって喋るに決まっている。


 何せ、悲鳴と絶叫ばかりで五月蠅うるさいからと、『沈黙』の魔術を重ね掛けされたピュトンがあまりの責め苦にその沈黙を自力で破ってまで喋り出したほどなのだ。


 しかも、そんな拷問の凄惨さに呆然自失となった二人が法術によって五体満足に回復されて、さらに連れて行かれた先――魔王城の玉座の間で見たのはまさに異様な光景だった。


 まず玉座に着いた第六魔王こと愚者セロは魔神を超えるほどの禍々しい魔力マナを発していた。


 主たるアバドンすら凌駕するその威容に、アルベとサールアームは息を飲んだわけだが、そのすぐ隣に立っているルーシーにしてもよほど可笑しな存在だった。


 よくよく考えたら、拷問吏をなぜか古の魔王ことエメスが行っていたことも不可解ではあったし、この国にはアバドンを優に超える存在が三人もいて、さらには玉座の前の小階段を下りた箇所には高潔の元勇者ノーブル、ドルイドのヌフ、近衛長エークや執事のアジーンも立っている。


 いったい幾度、第五魔王国を制圧出来るのか――という圧倒的な戦力をまざまさと見せつけられて、アルベとサールアームも抵抗するのを早々に諦めた。


 とはいえ、まだセロに心酔しているわけではないので、自動パッシブスキルの『救い手オーリオール』の恩恵を得てはいないのだが、


「いつもこの子モンスターたちの為にありがとう」


 と、トマト畑に視察にやって来たセロに感謝されて、二人ともまんざらではない顔つきになった。


 このセロという魔王は一見すると、優柔不断とも、周りに流されやすいとも捉えられがちだが、その代わりに存外に人たらしだ。これだけの魔力マナ量を内包しているのだから、


「配下となれ」


 とだけ短く命じれば、アルベも、サールアームも、厳しい縦社会に所属する魔族としてすぐに従ったはずなのに、二心を立てることにいまだ抵抗のある武人二人に配慮して、心変わりをじっと待ってくれている。


 今も付き人のドゥを引き連れて、トマト畑に下りてきてはサールアームの仕事ぶりを褒めている。


 二人をたらし込める為の戦略なのか、それとも元聖職者らしく生真面目で単純に人が良いだけなのか――他者の外面を見抜くことに長けた元情報官のアルベにしても、いまだに判断しづらいところだったが、


「わん!」

「にゃん!」

「キュイ!」「キュキュイ!」「キイキイ!」

「ほら、もっと食べよ」


 と、犬や猫や魔物たちに混じって、本来は無口なサールアームが楽しんでいる様子を見るにつけ、自分たちが『救い手』に陥落するのも時間の問題かなと思ってしまう。


 帝国時代は軍属で戦ってばかりだったし、第五魔王国時代は潜入工作に明け暮れていたので、こんなふうに長閑のどかなトマト畑でまったり過ごすことにいまだ慣れないものの、それでも今の生活は悪くないどころか、とても良いと感じている。


 何しろ、料理は美味しいし、温泉にもいつでも入れるし、第六魔王国に所属している人々は笑みが絶えない――


「こんな人生があっても……いいんじゃないかな」


 アルベはそう自らに言い聞かせるように囁くと、遠く青空へと視線をやった。


 山々を超えた先には故郷の元第五魔王国こと現第六魔王国東領がある。その東領の砂漠もいつかは少しずつ緑化して、帝国・・トマトなどを栽培出来るようになったらいいなと、アルベは夢想しつつも、


「こ、こら! 急にからむなよ」


 駆け寄ってしがみついてきた、ミケタマに倒されて、くすくすと笑うのだった。

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