第152話 モタはやらかす(序盤)
媚薬、もしくは惚れ薬とは、一般的には中枢神経系を刺激する向精神作用のある薬物を差す。
もっとも、この世界には魔術もあるし、精神異常に対するスキルもある。しかも、セロは元神官なので『魅了』などに対して高い耐性を有している。そんなセロを落とすわけだから、生半可な媚薬では話にならない……
モタはリリンに「任せて」と胸を張って、いったん別れてから、散らかった汚部屋をぐるぐると回りながら考えごとに没頭した。だが、いまいち良いアイデアが思いつかない……
何せ相手はセロだ。今では第六魔王こと愚者となって、この地上で最強の名をほしいままにしている強者だ。また、駆け出し冒険者の頃から互いをよく知る大親友で、何よりずっと同じパーティーの後衛職同士でやってきた、最高の
そういう意味では、今回の媚薬作りはモタにとって最大の挑戦だ――今のモタの力がどこまでセロに通用するのか。初めての本格的な対峙と言ってもいい。
だからこそ、モタは負けたくなかった。とはいえ、さすがのモタでも良いアイデアがすぐに出てくるわけでもなく、汚部屋の周回はしだいに勢いを失って、「うーん」と腕組みをしたまま、その場で動かなくなってしまった。
「ふむう。ダメだー。いったん体を動かそっかなー」
頭を柔軟にする為に体を動かせとは、師匠である巴術士ジージの教えでもある。
というわけで、モタは魔王城のセロの寝室にこっそりと入って、棺にかかっていた召喚術にきっちりと
「媚薬に悪魔を仕込めばいいんじゃね?」
いかにも恐ろしい、まさに悪魔の如き発想である……
いわばインテリジェンスソードのように独立した意思を持って成長する媚薬なら、あのセロにも打ち勝てるのではないかと、モタは考えついてしまったわけだ。
普通の魔術師ならそんなことが脳裏を掠めても、無理だと諦めたり、常識的に思い留まったりするところだが、そこはさすがにモタ――変なものを作ることにかけては王国で一番、というよりもそれこそ有史上、一二を争うほどに無駄な才能を持つ本物の天才もとい
「よし。まずは研究室を確保せねば」
モタはそう呟いて、執事のアジーンのもとに交渉に行った。
魔王城の一室を借りる為だ。媚薬の作成にはその過程でかなり臭う素材を使用するので、モタとしては温泉宿泊施設の自室ではあまりやりたくなかった。
また、魔王城地下階層の研究室を間借りすると、巴術士ジージに色々と小言をいわれる上に、『女豹の会』に所属する
その上でセロにもルーシーにも見つかりづらい場所となると、魔王城の三階から上――ダークエルフの精鋭、人狼の
モタは魔王城を散策して、すぐに執事のアジーンの大きな背中を見つけると、
「ねえねえ、アジーン?」
背後からそんな甘えた声をかけた。
すぐにアジーンは天を仰いだ。だいたいにおいてこういう声音をモタが発するときはろくなことがないと、大将と若女将の関係上、まだ短い付き合いながらもよく知っていたからだ。
「わたしさあ。魔王城四階の一室を借りたいんだけどー」
だが、アジーンはパっと喜色を浮かべた。
ついに温泉宿泊施設から出て行ってくれるのかと、いっそ天にも昇る思いになった。というのも、モタが間借りしている宿の個室の一角は現在、ロープが張られて、第一級渡航禁止区域に指定されているからだ。
夜な夜な摩訶不思議な呪詞が飛び交い、怪しげな黒いもやが部屋から漏れ出て、あるときアジーンの堪忍袋の緒もついに切れて、モタに注意しようと赴いたところ、かえってオリジナルの闇魔術こと『おけつゆるゆる』の餌食になって、性癖的にあれな感じの深い領域に目覚めてしまうところだった。
おかげさまで、アジーンはモタになかなか逆らえない体質になってしまったのだが……
こうなったらセロやジージに相談するしかないかと、真剣に悩んでいたところ、まさかモタからそんな提案を出してくるとは、アジーンにとってはまさに渡りに船だった。
「よろしい。では、すぐに一室用意しよう」
「本当? アジーンも好きー」
背中にギュっと飛びかかられて、意外とまんざらでもないアジーンだったが、これで宿の問題が一つ片付いたのだと思えば喜びもひとしおである。
「ところで、モタよ。荷物などを運び出す為の人夫は必要かね?」
「いらなーい」
「分かった。
「んー。じゃあ、実験の相手になってもらえる?」
「…………」
安易に答えたら身を滅ぼす系の質問をさらっとしてきたなとアジーンは警戒した。
アジーンは思案顔になりつつも、いったん背中におんぶしていたモタをゆっくりと前に下ろして真っ直ぐに向き合った。
「モタよ。逆に聞きたいのだが、それはこないだの特性闇魔術のようにおけつが逝っちゃって中々出せないやつかね? それとも肉体的に痛いやつかね? あるいは先日ジージ殿にやっていたようなちょっとばかしお
「どれでもないよ。強いて言うなら――」
モタはそこで「むう」と首を傾げてから、これまたさらりと言ってのけた。
「わたしを好きになっちゃう系?」
その言葉に対して、アジーンはむしろ「ほう」と顎を上げて大人の余裕を見せつけた。
というのも、人狼は月の満ち欠けによって『狂化』されて巨狼に変じるように、精神異常に対して耐性が低いように見られがちだが、実は吸血鬼などよりもよほど強く、様々な耐性を持ち合わせている。
実際に、ダークエルフの近衛長ことエークより、アジーンの方が性癖的にあれな頂きに先に手をかけているのも、そうした体質だからこそなのだが……どうやらモタはそのことを知らないようだ。
「いいだろう。モタよ。幾らでも付き合ってやろうではないか」
「本当? さすがアジーン、やっぱり大好きー」
そんなこんなで色々と勘違いしたままのアジーンから、研究室と実験体を借りることに成功したモタはというと、早速、まずは肝心の媚薬を作らねばと、錬金釜に地底湖から採水した清水を入れた。
もっとも、土竜ゴライアス様のいる場所にわざわざ行かなくても山のふもとのプールに行けば汲めるので何の苦労もしていない。
さらには各種植物も北の魔族領は自然が豊富なので、リリンが料理に使えるかなと集めていたこともあってこれまた問題なかった。ついでに最も入手困難とされるヤモリの尻尾も、イモリの涙も、コウモリの糞も、トマト畑に行ってお願いしたらすぐに手に入った。
「もしかして、北の魔族領って……錬金素材の宝庫なんじゃね」
モタはそう呟きつつも、順調にぐーるぐると錬金釜をかき回して媚薬を調合していった。
もちろん、かなりの臭いが発生するので、部屋自体にヌフから教えてもらった封印をかけて、臭いの発生源が分からないようにしたし、さらには近所で寝泊まりしている夜勤のダークエルフの精鋭たちに怪しまれないようにと、自身に認識阻害までかけて行動する徹底ぶりだ。
とはいえ、いかにもメシマズ嫁がやってしまうように、「えへへ。ここで血反吐を一つまみ」とか言いながら、ついつい手が滑ってドバドバと入れてしまうのはいかにもモタといったところだが……
何にせよ、こうして完成した媚薬を
「エロエロエッサイム、エロエロエッサイム、わたしは求め訴えたり!」
モタはそう呪詞を謡って、媚薬の中に悪魔を呼び出した――
血反吐によって燃え盛るような赤い液体になった媚薬が渦巻いて、強烈な
「ほう。ここは……どこだ?」
その媚薬から渋い声が発せられる。
どうやら相当に威厳のある悪魔のようだ。バフォメットよりも危険な相手だと、モタも手応えを感じた。
「ここは第六魔王国の魔王城の一室なのです」
「ふむ。うぬは誰だ?」
「モタと言います。ちょーっと惚れさせたい相手がいるのでお呼びしました」
「惚れさせたいだと?」
「はいはい。その前に試験をしたいので、待っていてください。
そう言って、モタは研究室からそそくさと出て行った。
呼ばれた悪魔は顔をしかめた。召喚した悪魔の名前も聞こうとしないとは、未熟な術士なのか、それともよほど大物なのか。
とはいっても、媚薬に一時的に受肉させられているので、しかめたくても表情などはもちろんないのだが……何にしても、この邂逅が適当な暇潰しにでもなればいいかと、その悪魔は考え直した。
「さて、我輩――第二魔王こと蠅王ベルゼブブを楽しませてくれる相手がいるのかどうか。とりあえずは様子見といくかな」
―――――
最後の
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