第149話 ドゥの意外に忙しい一日(終盤)

 ドゥはセロと一緒に正門から魔王城を出た。


 もちろん、ドゥとセロでは歩幅が違うので、セロはドゥに合わせてゆっくり歩いてくれようとするが、ドゥはセロの背中をえいえいと押していつも通りに歩くように促す。だから、最近はセロのすぐ真後ろをてくてくと足早に歩む格好になっている。


 ちなみにディンはどうしているのだろうかとためしに聞いてみたら、ルーシーに気を遣わせないようにと風魔術の『敏捷』を自身にかけて強化バフしているそうだ。ドゥも教えてもらったのだが、ディンのようにはまだ上手く出来ていない……


「早く大人になりたいな」


 そう呟きつつも、ドゥは今日もてくてくとセロに付いていく。


 前庭から裏山の坂道を下りて行くと、そのふもとにはいつの間にか、クレーター跡に見事なプールが完成していた。午前中の農作業を終えたばかりのダークエルフたちが飛び込んで水浴びを楽しんでいる。


 これまで迷いの森での水浴びは自殺行為とされてきたし、そもそも地下洞窟の水脈は飲み水として使っていたので、ダークエルフは生活魔術によって身だしなみを整えるだけで、水浴びや風呂とは無縁の生活を送ってきた。


 そのせいもあって、かつてはエルフから「ダークエルフが黒ずんでいるのは汚いからだ」などと誹謗中傷を受けて、それが原因でさらに二種族間の仲が決裂したこともあったわけだが、セロのもとについてからはエルフよりもよほど水に恵まれた日常を過ごしている。


 このプールは土竜ゴライアス様のいる地底湖から血塗れになっていない清流を引っ張ってきて堰き止めたもので、さらにイモリたちの水魔法がふんだんに使われて清潔に保たれている。中央は噴水のようになっていて、夜はライトアップされてリゾート感まで演出される。


 そんな場所で薄着になってダークエルフの美しい女性たちがはしゃいでいるものだから、セロなどは鼻の下を伸ばしっぱなしなわけだが、ドゥは何だか悔しい気がするのでセロの背中をえいえいと押して、次の視察場所のトマト畑に急がせる。


「キイ」

「キュイ」

「キュキュイ」


 トマト畑に入ったとたん、コウモリ、ヤモリやイモリたちが順に挨拶をしてくれる。


 こんにちはとか、お久しぶりとか、よく来たねとか、そういった他愛のない内容で、セロやドゥはすぐに挨拶を返すのだが、実のところ、他の者たちは魔物モンスターたちが何を言っているのかまではよく分かっていないようだ。


 セロやドゥと同じレベルで理解しているのは、あとはせいぜいモタぐらいで、おかげでたまにドゥは通訳として駆り出されることもある。最近も、人造人間フランケンシュタインエメスが自動翻訳機キュイリンガルを作って実験してみたところ、


「殺す」

「滅せよ」

「お前はすでに死んでいる」


 などと訳されたようで、さすがのエメスも頭を抱えていた。


 かかしの一件でまだ恨まれているのかとずいぶんへこんだみたいだ。もちろん、ただの翻訳機の失敗だとドゥは慰めてあげた。


 それはさておき、どうやら今日の視察は順調そのもののようで、トマト畑でも、城下町の建設現場でも、若女将モタとの遭遇でも、大したハプニングは起きなかった――


 と思ったら、意外な伏兵が現れた。


 高潔の元勇者ノーブル、ドワーフ代表のオッタにモンクのパーンチだ。セロが昼食中だというのに、裸になって筋肉を見せつけてくる。


 これにはさすがのセロも「おえっぷ」となって、食事も早々に切り上げて赤湯の方に逃げ込んだのだが、それでも追いかけて真っ裸になって温泉に入ろうとする三人の前にドゥは両手を広げて立ち塞がった。


「筋肉が泣いています」


 ドゥがそう告げると、三人は同時にひどくショックを受けた。


「私の筋肉が悲鳴を上げているだと……?」

「そうか。拙者の筋肉はもっと鍛えてみせろと言っているのだな」

「すまないな、坊主。どうやらオレたちが間違っていた。完璧な体の為には一分一秒も無駄にしてはいけない。すぐにトレーニングだぜ!」


 ノーブル、オッタにパーンチはそれぞれ自戒を込めて言うと、筋トレに戻っていった。


 ドゥは「ほっ」と息をついて、さすがに小さくても女の子なので男湯には入れないことから簾の前で待機していたら、中からセロの声が聞こえてきた。


「ドゥ! 悪いけど、エークを呼んできてくれないかな。温泉宿泊施設の拡張の件で話があるって伝えてほしいんだ」

「分かりました」


 ドゥはてけてけと、全力で駆け出した。


 もっとも、ドゥとてエークがこの時間帯にどこにいるかまでは把握していない。だから、ドゥはまず魔王城の司令室に駆け込んだ。そこには巨大モニターがあって、魔王城内やその周辺を監視している。


「エーク様を探しているのです」


 司令室に入るや否や、ドゥがそう言うと、エメスはモニタの一部にエークの姿を映させた。


 どうやら魔王城の城門から出たところでダークエルフの精鋭や吸血鬼たちに稽古をつけているようだった。それを見たエメスは「ふむん」と感心しながら言った。


「さすがに近衛長だけあって仕事熱心な男ですね」

「でも打たれてばかりです」

「……性癖的にあれですから、趣味と実益を兼ねているのでしょう。終了オーバー


 何はともあれ、ドゥはエークに会いに行って、セロが呼んでいる旨を伝えた。ついでにエメスに時間を取るように言われていたことを思い出して、エークにその言伝をお願いする。これでしばらくはエークがドゥの代わりに付き人をやってくれるはずだ。


「戻りました」


 ドゥが司令室に帰って来て、エメスにそう言うと、


「それでは格納庫ドックに行きましょう、終了オーバー


 というわけで、ドゥはエメスの後について行って、格納庫までやって来た。そこにはこれまで通りの二体の巨大ゴーレムこと『かかしMark2』だけでなく、さらにもう二体の試作機が完成しつつあった。


「これが新型になります」

「格好いい……」

「ふふん。そうでしょう。『かかしMark2』よりもさらに性能が良いのですよ」

「何という名前なのですか?」


 ドゥがそう尋ねると、エメスはいかにも自慢げに言った。


「『E-METH105 ストライク』と『E-METH303 イージス』です。いわば矛と盾を具現化したかかしたちですね、終了オーバー


 その日、ドゥはつい夢中になって試作機の起動実験に遅くまで付き合った。セロと合流出来たのは、セロが魔王城へと夕食を取る為に戻ってきたタイミングになってしまったのだが、


「ごめんなさい、セロ様」

「いいよ。それより楽しかった?」


 どうやらセロは詳しい事情を知っているようだった。


 先にエメスから聞かされていたのか、それともエークが教えたのかは分からなかったが、ドゥは「はい!」と声を上げて応じた。


「それなら良かった」


 セロは笑ってくれた。


 そんなこんなで食事も終えて、自室に戻ったセロから「ここまででいいよ」と言われたので、ドゥはぺこりと頭を下げた。


「おやすみなさいです、セロ様」


 そして、てくてくとセロの寝室から出て行った。


 三階に着くぐらいの時点で、階下から「モタ――っ!」という声が聞こえたような気がしたが、ドゥはわずかに首を傾げただけでそのまま廊下に上がった。


 朝とは違って、三階の廊下の壁一面にポスターが張ってあった。


 どうやら司令室のモニタで使用人向けの試写会をやるらしい。タイトルは『セロ』――対象自動読取装置セロシステムで撮り溜めた姿絵をまとめた作品のようだが、ドゥの真実を見抜く力によってそれは公開前にあっけなく取り止めになるだろうことは予想出来た。


「ふう。仕方ありません」


 ドゥだってもちろん作品は見たい……


 となると、ここは一肌脱いでみせるしかない。


 自室に入ると、ドゥは寝る前にディンに説明して、さらにはルーシーやドルイドのヌフにも話が繋がって、ついに『セロ』製作委員会が結成されることになるわけだが、残念ながらそれはまた別の外伝である。


「おやすみなさい」


 ドゥの意外に忙しい一日はこうして幕を閉じたのだった。



―――――



気軽に外伝を書いていたら、なぜか別の外伝に派生していました。正直なところ、ポルナレフの「何を言っているのかわからねー」状態です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る