第148話 ドゥの意外に忙しい一日(中盤)
セロの付き人としての仕事は半分ほどがルーティン、残りはハプニングで出来ている。
そんなハプニングにしても、午前中の早い時間帯にやってくることはほとんどない。大抵は昼前ぐらいにセロが魔王城の外に出てから起こる。
順に、やらかしの多いモタ、実験と称して好き勝手やっている
つまり、この五人が何かしらセロと関わってくると、ドゥとしては一気に忙しくなるということだ。
ところが、今日は意外な人物が朝食後にドゥに声をかけてきた。
「ドゥよ。少しいいだろうか?」
何と、ルーシーだ。
セロが玉座の間に向かおうとしているタイミングでこっそりと手招きされたのだ。
ルーシーの付き人である双子の相方ディンにちらりと視線をやると、こくりと小さく肯くだけだった。どうやら大した用事ではなさそうだ……
そういえばと、ドゥはふと思い出した。朝食時のルーシーは何だか様子がおかしかった。語尾がちょっと可愛らしかったのだ。
ドゥが珍しく、「ぷっ」と笑みを堪えてしまったほどだ。具合や調子が悪いというよりも、どこか落ち着かなく、また
はてさて、これはいったいどうしたことかと、ドゥがやや首を傾げながらルーシーのそばに近づくと、
「最近、セロに変な
何てことはない。セロの
もっとも、ドゥは恋愛にはとても鈍いので、虫と言ったら東の魔族領からやって来るスパイたちのことだろうと思い込んでしまった。それならば、人狼メイドのドバーが朝の稽古中にも言っていた――
「はい。最近は全滅したようです」
「ぜ、全滅うう?」
一方で、ルーシーはギョッとした。
今のところ恋敵となる女豹としては、エメスや、ドルイドのヌフがいて、そばに控えるディンとてれっきとしたライバルだ。
さらに最近は妹のリリンまでもが手を挙げ始めたようだし、セロが人族だった頃から長い付き合いのあるモタだって存外怪しいのではないかと踏んでいる……
要は、ルーシーとしては、急にライバルが増えたことで少しだけ情緒不安定になった格好だ。
もっとも、そんな恋敵たちが全滅したとはいったいどういうことか――ルーシーは訝しみつつも、一つの結論にたどり着いた。
「つまり、セロはもう一人に絞ったということなのか?」
ルーシーの表情は真剣そのものになった。
さすがにドゥとしても、話の脈絡がいまいち繋がっていないことに気づいた。
そして、ルーシーの話を聞き間違えてしまったのだと結論づけた。「もう一人に絞った」ではなく、「もう、一人絞った」の方だと考えついたのだ。
虫と言えば、東の魔族領――そこで一人絞ると言えば、最近地下に磔にされている人物がいて、もちろんドゥは現場に立ち会ったわけではないが、とうにこってり絞り上げられたという話は耳にしている。
だから、ドゥもルーシーに負けないくらい真面目な顔つきでもって答えた。
「はい。その通りです。めちゃ絞られましたです」
「な、何と! そ、そ、それで……いったい、誰なのだ?」
誰かと問われても、ルーシーなら当然知っていておかしくない話だと、ドゥはこれまた不思議に思ったわけだが……もしかしたら東の魔族領に攻め込んだときに浮遊城で留守番をしていたから、そういう情報にはまだ疎いのかなと考え直した。
「ええと、泥竜ピュトンです」
「な、な、な、何だとおおお!」
「あと最近は、エーク様やアジーン様もですよ。朝からこってりです」
「…………」
実際に、ピュトンの隣で一緒に縛られた上に、早朝からエメスに絞り上げられている姿をよく見かけることもあって、ドゥは二人のこともついでに付け加えておいた。
「まさか、セロが男漁りまで……あわわ」
とたんにルーシーは白目を剥いて倒れかけた。
身長差はあるものの、ディンが肩を貸してルーシーを自室にずるずると引きずっていく。
もちろん、ディンはドゥがこの手の恋愛話に疎いことをよく知っていたし、話のすれ違いにもすぐに気づいたが、子供ながらに何だか面白そうなことになりそうだったので放っておいた。
そもそも、ディンとて立派な女豹の一人――仕えているとはいっても、ルーシーに易々と負けるつもりはない。ただ、まあ、アンフェアではあるので、付き人としてもう少ししたら訂正すべきかなとは考えていた。
「変なルーシー様」
何はともあれ、ドゥはそれだけ呟いて、セロが待っている玉座にてくてくと向かった。
ちなみに、泥竜ピュトンはともかくとして、その後、エークとアジーンが女豹の会から筋肉脂汗マシマシでこってりと絞り上げられたことについては――もちろん、ドゥが与り知ることではなかった。もっとも、二人にとってはご褒美らしいので、ディンですら止めようかどうかずいぶん迷ったらしいが……
さて、ドゥが玉座の間に着いたときには、すでにシュペル・ヴァンディス侯爵とドワーフ代表のオッタがいて、床に頭を擦り付けているところだった。
昨晩遅く、リリンと一緒にどの程度頭を下げればいいか予行練習をしているところを目撃してしまったので、どうやら上手くやっているようだとドゥは「ほっ」と小さく息をついた。
すると、ルーシーを寝かせつけてきたのか、ディンも一人で玉座の間にやって来た。
セロはいったんシュペルとオッタを退場させると、ディンに尋ねる――
「あれ? ルーシーはどうしたの?」
「はい。今は寝室でお休みになられています」
「まさか具合でも悪いとか? そういえば、朝食のときも何だかおかしかったよね?」
「いえ、問題ございません。女性にはそういうときもあるものです。どうかあまり詮索なさらぬようにお願いいたします」
ディンが意味深に言うと、セロはそういうものかと勝手に納得した。そして、ドゥとディンを手招きして玉座のすぐそばに呼んだ。
「ところで、二人とも、第六魔王国での暮らしはどうだい?」
「迷いの森の里にいた頃よりもずっと楽しいです」
「……楽しいです」
「何か不満な点とかないかな? あったら教えてほしいんだけど?」
「全くございません。セロ様にも、ルーシー様にも、十分に良くしていただいております。本当にありがとうございます」
まだ十歳ほどのディンの聡明な受け答えにセロは「ほう」と感心した。
しかも、ディンはいかにも淑やかに、着ている貫頭衣の裾までもって丁寧に会釈までしてみせる。とはいえ、ディンからしてみれば、ルーシー不在の今こそ、小さき女豹として得点をしっかりと稼ぐ
ディンはまさに「ふふ」と、狙った獲物は逃さないとばかり、こっそり舌なめずりまでしてみせた。
が。
「セロ様と……もっと一緒にいたいです」
セロの質問に対して、ドゥはというと、素直に答えてみせた。
その瞬間、ディンは先ほどのルーシー同様にギョっとせざるを得なかった。
もしかしたら、数多の女豹たちよりもこのドゥこそが最も手ごわい恋敵なのかもしれないと、野生の
実際に、セロは微笑を浮かべながらドゥを手招きすると、
「よしよし。じゃあ今度、夜も一緒に遊んで過ごそうか」
「はい!」
そんなふうにドゥを撫でている。
ドゥは「えへへ」と笑みを浮かべているが、ディンからすると、それはいつも練習で作っているモノよりもよほど可愛らしい表情で、双子ながらに思わず嫉妬してしまったほどだった。
「さて、ドゥ。そろそろまた見回りにでも行こうか?」
「はい」
「ディンはどうする? 一緒に行くかい?」
「ありがとうございます。しかしながら、役目ですので、私はルーシー様のおそばに付いております」
「分かった。じゃあ、僕たちは行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
ディンは二人の姿を見送りながら、やっぱりお姉ちゃんには敵わないなと実感したのだった。
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