第146話 ドゥとディンと迷いの森

昨日の近況ノートでも告知させていただいた通り、第10回ネット小説大賞を受賞いたしました。株式会社マイクロマガジン社様より、GCノベルズにて出版決定です。


とはいえ、作品は完結まで掲載いたしますので、今後も何卒、よろしくお願いいたします。



―――――



「ドゥとディンってどっちがお姉さんなの?」


 とは、いまだによく聞かれる質問だ。


 そのたびにドゥは「ぼくです」と短く答えるのだが、ディンが「実は私なんですよ」と面白がって嘘をつくものだから、多くの者がディンの方がお姉さんだと誤認している。


 さらに言うと、モンクのパーンチも含めて、ドゥがだと思い込んでいる者までいる有様だ……


 もっとも、ドゥはいちいち訂正しない。


 面倒臭いということもあるし、たしかにディンの方が博識で、魔術にも長けていて、しっかり者で、女の子らしい風貌も含めて、いかにもお姉さんっぽいからだ。


 以前、『迷いの森』に住んでいたときだって、ドゥはいつもディンの下に見られていた。


 そもそも、ダークエルフたちの中では、「双子の愚かな方・・・・」とまで蔑まれてきた。どうせ両親同様に森の中ですぐに死んでしまうだろうとも――


 それほどに迷いの森は過酷な環境だった。伊達に『竜の巣』と比肩されるわけではない。


 ドルイドのヌフがこの森を長らく封じてきたのは、人族や同族のエルフに攻め入られることを危惧したからではなく、あまりに危険過ぎる植物系の魔物モンスターを外に出してはいけないという良心からだ。


 実際に、ドゥやディンの両親も優秀な狩人だったが、子供に栄養をつけてやろうと、森の恵みを求めてあっけなく魔物に殺られてしまった。


 小さかったからドゥはよく覚えていないが、当時からすでにしっかりしていたディンはというと、今でも両親の訃報を知らせにきたダークエルフのリーダーことエークの無念そうな姿を夢に見るらしい……


「ぼくはきっと……幸せな愚か者だ」


 夜更けにディンがこっそりと泣きはらす様子に気づくにつけ、ドゥはよくそう呟いた。


 そして、両手で両目を覆って、毛布にくるまって耳を塞いで、ドゥはディンの為に静かに祈った――


「ぼくも見れればいいのに……聞ければいいのに……ディンのくるしみも、かなしみも、さびしさも、何もかもぜんぶ」






 ダークエルフが迷いの森に住んでいるのではなく、実はその地下にある洞窟に里を作っていることはほとんど知られていない――


 そんな洞窟を与えたのは、伝承によると土竜ゴライアスで、遥か昔にダークエルフの祖先がこの地にたどり着いたときに土地神のゴライアスに挨拶したところ、危険な森の下にわざわざ住む場所を作ってくれたそうだ。


 それからというもの、ダークエルフたちはその地下洞窟を拡張することで生き長らえてきた。手先が器用で、力仕事も出来て、建設などが得意なのはそのおかげだ。


 ちなみに迷いの森から出ていかなかったのは、南西の湿地帯が亡者の巣窟になっていたせいだし、北東では真祖カミラが第六魔王として君臨していたからだ。もっとも、その真祖カミラとは友好的な関係を築くことが出来たわけだが、それはあくまでも攻め込まれないという意味程度に過ぎなかった。


 何にしても、ドゥとディンは両親が亡くなった後にみなし子としてエークに引き取られて、優秀だったディンはともかく、何の才能の片鱗も見せなかったドゥはというと、その地下洞窟の整備の役割に駆り出されることになった――失っても安い命とみなされたわけだ。


「ぼくが死んだら……ディンは泣いてくれるかな」


 ドゥは毎日、そのことばかり考えながら地下洞窟の奥地に潜った。


 もちろん、長い年月をかけて迷路のようになった地下洞窟も、迷いの森ほどではないが危険な場所だ。大人のダークエルフでも整備されていないルートに入ったとたんに虫系のモンスターの餌になることがあるぐらいだ。


「行きます」


 そんな地下で、ドゥはいわゆる炭鉱のカナリアをやらされた。


 力も、魔術も、掘削の技術もなかったので、魔物などが襲ってこないかどうか、先に進んで後方のダークエルフたちに危険を知らせる役割についたのだ。


 経験を積んだ大人よりも、子供の方が無価値だとみなされていることに、ドゥは何ら憤りや疑いを持たなかった。


 むしろ、死と隣り合わせの危険な状況に毎日晒されたことで、ドゥンの感覚はしだいに麻痺していって、大人になる為に必要な感情も、それを懸命に伝える言葉も失っていった。


 もちろん、怪我も絶えなかった。


 魔物に喰われて死んでいく子供カナリアたちの姿を幾度も目の当たりにした。


 わざわざ子供たちを連れて行っているのに、大人たちはなかなか信頼せず、おかげでドゥも何回か死にかけた。


 薄暗くて、狭くて、じめじめとした、陰鬱な地下洞窟こそ――


 ドゥにとっては世界の全てで、こんなところで魔物にやられて死ぬ為に生を受けたのかと、ドゥは暗澹たる思いで、食事も喉を通らなくなっていった。


「ねえ、ドゥ……ちゃんと食べている?」


 この頃にはドゥはディンとは離されて、ドゥはというと、地下洞窟内の里から離れた空洞でダークエルフの鉱夫たちと雑魚寝していた。そんな場所にわざわざ心配してやって来てくれるディンに対して、ドゥはいつも短く答えた――


「大丈夫。食べてる」

「本当に? ずいぶんと痩せてない?」

「ううん」

「こう見えて、私は里で上手くやっているから、何か必要だったら言ってね。最近はエーク様に付いて学んでいるのよ。融通くらいは利くんだから」

「分かった。でも、必要ない」


 それはささやかな嘘だった。


 ドゥだって本当は助けてほしかった。救ってほしかった――エークに泣いてすがりたかった。


 そうでなくとも、せめてディンのように知識や魔術の力が欲しかった。双子というなら、ドゥにだってわずかでいい。何か与えてくださいと、願いたかった。


 だが、祈りが無意味なこともよく理解していた。


 そんなことをして助かるなら、カナリアになった子供たちは死ななかったはずだ。


 だから、ドゥはディンに嘘をつき続けた。ディンが「私の方がお姉さんです」と言い触らしていたことに比べれば、ドゥの嘘など些細なことだった。


 もっとも、ディンからすれば、離れてからというもの、増々無口になっていくドゥのことが心配で仕方なかった。髪も短く切って男の子っぽくなって、何だか別人のように感じられた……


「ドゥ――」


 ディンは毎日、ドゥの背中を見送った。


 両親同様にいつか帰って来ないような気がしてならなかった。


 ただ、ドゥは意外にも、しぶとく生き残った。


「こっち……マズいです」


 というのも、ドゥは不思議と危険を察知できる嗅覚があったのだ。


 魔物の出現、洞窟の崩落個所、もしくは設置罠の暴走などといったことをことごとく当ててみせた。大人たちもしだいにドゥを信頼するようになっていった。


「愚かなわりに、勘だけはいい」


 しばらくしてドゥの評判は里にも伝わった。


 双子の片割れであるディンがエークのもとで着実に力を付けていたこともあって、もしかしたらドゥも何かしらの力を持っているのではないかと噂されたのだ。


 そして、ディンに伴われて連れて行かれた先で――


「この子には不思議な力があります。真実を見抜く力です。当方が保証いたします」


 ドルイドの最長老にそう指摘されたのだ。


 魔族が持つ『魔眼』や竜族が持つ『竜眼』とも違う――幾世紀ものうちに一人出るかどうかも不確かな『巫女』としての力があるかもしれないと、その最長老ことヌフは皆に伝えた。


 しかも、その場でドゥは何かに取り憑かれたかのように口にしたのだ。


「じきに第六魔王が代わります。愚者ロキが新たに立ちます。ダークエルフにとって、最良の庇護者になるでしょう」


 普段のドゥとは全く異なる口ぶりに、大人たちは顔を見合わせた。


 その一部はドゥを信じていなかったのか、「はは。愚か者ドゥが、愚者ロキが立つと騙るか。まさに滑稽よな」と嘲ったほどだ。だが、実際に真祖カミラはすぐに失脚して、新たな第六魔王として愚者セロが立った。しかも、ダークエルフが信奉する土竜ゴライアス様の加護まで受けていた。


 そんな新興の第六魔王セロだったが、ドゥは会った瞬間に一目で見抜いた――


 このいかにも垢抜けない神官服を纏った元人族の青年こそ、ドゥの人生の全てになる、と。


 その夜、ドゥは初めて泣いた。ディンのように両親を思って。この世界に生を与えてくれたことに心の底から感謝して。ドゥは両手を組んで土地神に祈ったのだ。


「ぼくは……本当に幸せな愚か者でした」


 それを機にドゥの人生は一変した。


 もちろん、ダークエルフの生活も様変わりしていった。


 今となっては地下洞窟にヤモリたちが来て、子供カナリアたちに代わって危険を知らせてくれる。


 そもそも、セロの『導き手コーチング』によって強くなったダークエルフたちは難なく森の恵みを手に入れることも出来る。水浴びや風呂などに困ることもなく、最近は他種族との交流によって様々な知識や技術も積極的に取り込んでいる最中だ。


 だからこそ、ドゥは今日も、まず起きてからすぐに祈った――


「セロ様によく仕えられますように」


 と。


 ドゥは魔王城の窓を開けて外を眺めた。


 暗かった世界は暁の明かりを受けると――あまりにも広くて、風が心地良くて、何よりも多彩に美しく変じていった。


 ドゥは「よし」と呟くと、部屋からてくてくと飛び出して行ったのだ。

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