第145話 セロの何気ない一日(終盤)

 セロはダークエルフの双子ことドゥを連れて、魔王城の正門から外に出ると、裏山の坂道から下ってふもとに出た。


 そこではちょうどドワーフたちが幾人か、測量や調査を行っている最中だった。


 セロが高潔の元勇者ノーブルとの戦いで『隕石メテオフレイム』を落とした場所だ。ドワーフたち曰く、隕石の中から珍しい土や鉄などが取れることもあって、そういう発見が鍛冶技術の進歩を促してきたとのこと――


「でも、『隕石』ぐらいなら魔力マナが尽きなければ、毎日でも撃てるんだけどな……」


 セロがそう呟くと、ドワーフたちは何とも名状し難い表情を浮かべた。驚愕しなかった分、どうやら第六魔王国の可笑しさに少しは慣れてきたのかもしれない……


 もっとも、当時の隕石によって出来たクレーターはとっくにヤモリやイモリたちによって改修されて、広いふもとには温泉ならぬプールが作られている。


 実は、迷いの森のダークエルフたちから要望があって、仕事の休憩中などに軽く水浴び出来る場所が求められたのだ。だから、お世話になっているダークエルフに応える形で、セロはゴーサインを出した。


 そんなわけでプールサイドはすでに石畳で舗装され、脱衣所など簡易施設も出来つつある状況だ。


 午前中にトマト畑での収穫を終えて、水浴びをしたい女性のダークエルフたちが「きゃあ、冷たい!」と薄着で飛び込む中で、男臭いドワーフたちは「うらうらうらあ!」と、プールからやや離れた場所で熱心に土魔術にてボーリング孔を掘って地質調査をしている。何と言うか、これこそ名状し難い光景ではなかろうか……


 セロはそんなダークエルフやドワーフたちに片手を振りながら、次に第六魔王国の象徴とも言えるトマト畑の畝道を通って、ヤモリ、イモリやコウモリたちに挨拶をした。


「最近は収穫を手伝えなくてごめんね」

「キイ」

「キュイ」

「キュキュイ」


 皆、気にするなと言っているようだ。


 その代わり、セロはドゥと一緒に魔物モンスターたちを撫でて上げる。無数にいるのでさすがに切りがないのだが、それでも種族ごとに分かれて、数を決めて順番を作ってくれるから本当に利口だ。


「じゃあ、僕たちは行くね」

「行くです」

「「「キュイ!」」」


 そんなふうにしばらく戯れてからトマト畑を抜けて、温泉宿泊施設までやって来ると、その隣にはいつの間にか酒場が完成していた。


 火の国の麦酒エールがあって、美しい吸血鬼の夢魔サキュバスたちが給仕してくれるなら、幾らでも人族からお金をむしり取れるはず――と言い切ったのは、むしろ聖騎士団に所属する騎士たちの方だった。


 実際に、騎士たちは東の魔族領から帰って来るや否や、出来上がったばかりの酒場のお客様第一号になって、その給金のほとんどをこの地で散らした。団長のモーレツが頭を抱えたほどである。一方で、夢魔嬢たちはお金と精気を吸い上げてさらに艶々になっていた。まさに魔性の酒場ガールズバーだ。


 セロからすれば、そんな酒場よりも、図書館、教会や広場といったものを作りたかったのだが、


「図書館と言っても、読める本などないぞ」


 相談したルーシーによって、図書館の件はすぐに却下された。


 真祖カミラが古文書や魔術書をかなり遺していたそうだが、それらとてルーシーやヌフが研究して解読しなくてはいけないものばかりで、気軽に読める書物は全くないそうだ。


「いやはや、教会は真に良いアイデアですじゃ。早速、聖魔現人統一神セロ様像を建立せねばなりますまい」


 それに教会と言ったとたん、巴術士ジージの目の色が変わった。


 何なら聖騎士たちから巻き上げたお金をセロ様像の建立の為に使い切りましょうなどと言い出したので、高潔の元勇者ノーブルに後頭部からぶん殴ってもらって気絶させ、モタによって一時的に記憶喪失パーになる闇魔術をついついかけてしまったほどだ。モタがやけに生き生きとしていたのは気のせいじゃないと思いたい……


 ちなみに広場については、もともとこの第六魔王国こと北の魔族領はだだっ広い平原の多い、緑豊かな土地なので、木のテーブルや椅子を適当に配置しておけばそれなりに映えるということもあって、結局は街道の舗装を優先ということで先延ばしになった。


 そんな城下もいつの間にか街並みがしっかり出来つつある――


 ヤモリたちの土魔術で田畑以外の道は石畳になっていたし、いつまでも迷いの森に間借りするわけにもいかないので吸血鬼たちは自力で家を建てて棺を持ち込んでいたし、王国と火の国の立派な大使館も完成間近といった状況だ。


 セロはそんな工事をしている者たち一人一人に声をかけてから、昼もとうに過ぎていたので温泉宿泊施設に入った。


「いらっしゃ……あ、セロじゃん」


 すると、若女将のモタが対応してくれた。


 意外にも宿屋での仕事が長続きしている。モタのことだからてっきりすぐに辞めると思っていたから本当に驚きだ。


「だって、大将アジーンを特製闇魔術で脅し……じゃなかった健気に相談してみたらさあ、週二、三勤務でもいいって言ってくれたし、しっかりした女給さんたちもたくさんいるから仕事抜けても大丈夫だし、そもそもお客は来ないし、ジジイはうるさく言ってこないしで、わりと天国だよ、ここ」


 なるほど。それで暇潰しでセロの棺に悪戯してきたわけか……


「悪戯じゃないよー。セロに気持ちよく眠ってもらおうと思って頑張ったんだからね。むふー」


 モタは両頬を膨らませてみせた。


「それでモタの数?」

「えへへ、どうだった?」

「…………」


 セロはやや遠い目をした。


 どうやら本当に悪気はなかったらしい。もっとも、モタの数をかぞえたって寝付けはしないとしっかり釘は刺しておいたが……


「ちぇ。そかー。分かったよ。ごめんねー」


 そんなモタを後にして、セロは昼食でも取ろうと宴会場に入った。


 そこにはドワーフ代表のオッタがいて、高潔の元勇者ノーブルやモンクのパーンチ相手になぜか筋肉の美学について滔々と語っている。


「筋トレすると火の国では当然モテるぞ」

「マジかよ。オレなんて王国でモテたことなんて一度もないぞ」

「ふふ。それは君が筋肉で語ることがまだ出来ていないからだよ、パーンチ君」


 そう言ってノーブルは胸筋のあたりをひくひくと器用に動かしてみせる。


「おお、そうだぜ。貴様程度の若造の筋肉なぞまだまだだな」

「何だと! 言ってくれるじゃねえか。いいぜ、だったらオレとテメエの広背筋、どちらが上か勝負しようじゃねえか」

「待て。私もまぜろ。むしろ三角筋も含めて三人で勝負だ!」

「「おおよ!」」


 こうしてセロは昼食中、ずっと三人の裸を見せつけられながら食べる羽目になった。しかも、こういうときに限って美味しい肉料理だから困る……


 モタよりもさらに悪気がないようなので、「どうだ、この僧帽筋からの美しいラインは?」などと、以前と同じようなことを尋ねられても、セロはもぐもぐと苦笑するしかなかった。


 ちなみに巴術士ジージは色々と理由をこねくり回して聖女パーティーから脱退してきたわけだが、パーンチはというと正確にはまだ抜けてはいない。


 シュペル・ヴァンディス侯爵が王国の大使として、新任が来るまで一時的に第六魔王国に滞在することになったので、幾人かの聖騎士と共に護衛も兼ねて残っているだけだ。


 そのパーンチ曰く、「パーティーの前衛だったら、ヘーロスの旦那がいりゃあ十分だからなあ」だそうだ。


 パーティーで危険な魔物などを狩るよりも、ここで聖騎士、ドワーフや吸血鬼たちに混じって訓練した方がよほど良いらしく、あの戦闘凶が変わるものだなあと、セロもしみじみしたくらいだ。


 とはいえ、セロはそんな三人の筋肉に、「おえっぷ」と胃もたれしてきたので、咀嚼もそこそこに足早に赤湯へと逃げ込んだ。


 お風呂に入るにはまださすがに早い時間だったが、意外にも先客がいた――ヒトウスキー伯爵だ。「東の魔族領が落ち着いたので秘湯を探しに行ってくるでおじゃる」と旅立っていたはずだからセロはつい驚いた。


「それなら息子たち、親戚たち、派閥の旧門貴族たちを総動員して、手分けしてオアシスを中心に探させているでおじゃるよ。麻呂はその手配をしてから火の国付近で岩盤浴をして戻ってきたのでおじゃる」

「へえ、岩盤浴なんてものがあるんですか」

「ふむ。そういえば、セロ殿はサウナをご存じでおじゃるか?」

「聞いたことはありますが、入ったことはありませんね」

「それならちょうどいいでおじゃる。この施設でもサウナや岩盤浴を作ってみては如何か?」


 そんな鶴の一声で、温泉宿泊施設も拡張することになった。


 お風呂から出たセロは早速、付き人のドゥに近衛長のエークを呼んできてもらって、ヒトウスキー監修のもとで新たな施設を建て始めた。


 最早、温泉宿泊施設というよりも、こうなったら一大温泉パークと言った方が適当なぐらいの規模になりそうだ。流れる温水プールまで作ろうというのだから、セロも童心に戻ってわりと楽しみになってきた……


 そうこうしているうちにあたりも暗くなってきたので、セロは地下通路から魔王城に戻ることにした。


 魔王城二階の食堂こと大広間にはすでに皆が揃っていた。この時間ばかりは人造人間フランケンシュタインエメスもドルイドのヌフもやって来て、魔王国の主要人物全員が集まって食事を取ることにしている。場合によってはシュペルやオッタを呼ぶときだってある。


 たまに宿の宴会場の方に集まることもあるが、第六魔王国に残っている聖騎士たちやドワーフたちがそこで食べていることもあってなるべく遠慮している。夜の食事中に出てくる話題でも、どうしても他国にはまだ伏せなくてはいけないものもあるからだ。


 もっとも、今晩はそういった物騒だったり突飛だったりする話題もなく、セロは食事を終えて、二階のバルコニーから城下をしげしげと眺めた。


 セロがこの地に飛ばされてきたときと比べるとずいぶんと様変わりして、魔王城はとっくに修復され、しっかりとした街並みも出来つつあって、その中心には広大な温泉パークの構想もあって、北の街道まで着々と整備されている。遠目に眺めていると、本当に感慨深くなってくる。


 セロはゆっくりと背伸びをしてから一階の自室に戻った。ドゥに「おやすみなさい。今日はここまででいいよ」と伝える。


「はい、おやすみなさいです。セロ様」


 ドゥはそう応じて、てくてくと寝室から出て行った。


 セロは棺の蓋を開けて横になる。


 すると、自動召喚設定にしていたせいか、羊の悪魔のバフォメットが羊をかぞえようといつものように添い寝してくれた。


 が。


「ジジイが一匹、ジジイが二匹、ジジイが三匹――」


 セロはつい蓋を開けて飛び上がった。


「モタ――っ!」


 セロの何気ない一日はどうやらまだ終わらなそうだ。




―――――


三千字ほどを目指した気軽な外伝エピソードがなぜ一万字オーバーで三編にまで分かれているんでしょうか。

初の外伝だからあれもこれもと入れたのがいけなかったですね。はい、反省です。


※その反省は結局、生かされることはなかったです……

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