第144話 セロの何気ない一日(中盤)

 玉座でのセロはいかにも鷹揚に肯くだけだ。


 これはこれでとても退屈で、つい欠伸を噛み殺しそうになるので、そろそろ普通に話ぐらいさせてほしいのだが、相手に対する儀礼上、かえってそういうわけにもいかないらしい……


 というか、そもそも目の前で跪いている人物にしても、二人とも、昨晩だって赤湯に一緒に入ってどうでもいい世間話した間柄である――そう。王国と火の国から第六魔王国にやって来て、今も滞在しているシュペル・ヴァンディス侯爵とドワーフ代表のオッタだ。


「それでは、まず王国から報告をするといい」


 そんな旧知の二人に対して、外交官のリリンがいかにも横柄な感じで大上段から言うと、シュペルが頭を下げたままで答えた。


「はい! まず王国の現状ですが、神殿勢力が王政に口出しするようになってきました。さらに貴族たちが大神殿に寄進を始めて、機嫌を取っている有様です」


 セロは「うーん」と小さくため息をついた。


 シュペルが王国の内情をこうもぺらぺらと話していることはさておき、かつてはセロも所属していた大神殿が政治に関わっていると聞いて、暗澹たる思いに駆られたのだ。


 そもそも、現王が第五魔王国の傀儡になり果てていたと聞かされたときには、さすがにセロもあんぐりと開いた口が塞がらなかった。


 しかも、泥竜ピュトンを締め上げたところ、王女プリムには天使が受肉していて、神殿勢力を背景にして蠢いているとまで言われたときには、さすがに担がれているのではと疑ったぐらいだ。


 だが、今の王国の政情は第五魔王国の食指がかかった者を神殿勢力が排除する格好になっているようで、まさに王女プリムによるマッチポンプと言っていい状況だ。


「残念ながら、その首魁である王女プリムはいまだ表に出てきていません」


 とはいえ、一緒に逃避行していたバーバルは捕まったようだ。


 果たしてどうなることやらと、セロも色々と関係のこじれてしまった幼馴染だけに少し心配した。


「次に、火の国から報告を」

「はっ! 第五魔王こと奈落王アバドンの討伐を本国に報告したところ、いわゆる鎖国政策を取っている保守派の代表者たちが第六魔王こと愚者セロ様に表敬訪問したいと伝えてきました。つきましては、その際にわずかながらお時間をいただければと存じます」


 それを聞いて、セロはリリンに視線をやった。スケジュールの調整は一任するよ、と暗に伝えたつもりだったのだが――


「はあ? 表敬訪問だと? 貴様……それは本気で言っているのか?」

「はっ! いえ、申し訳ありません! すぐに来て、土下座して、靴先でも舐めろと伝えておきます!」

「それでも足らん。酒だ! せめて詫びとして、保守派が貯め込んでいるありったけの酒を持って来いと伝えよ。さもなければ、保守派の連中とやらも第五魔王と同じ運命を辿るだろうと――そのように今、セロ様はお考えになっておられる」


 そのようにも何も、もちろんセロはそんふうに一ミリとて考えはいない。だが、オッタはというと、いかにも恐縮した感じで玉座の大理石の床に額を擦り付けてみせる。


「はっ! 拙者の命に代えましても、すぐさま申し伝えます! どうかお許しくださいませ!」


 セロはつい白々とした目になった……


 もちろん、これは一種のプロレスである。玉座にて報告する以上、事前にリリンとオッタとの間で当然ながら協議がなされている。


 つまり、リリンからすれば、「保守派もさっさと挨拶に来い」ということであり、開明派のオッタからすれば「ついでに保守派の力も削いじゃっていいよね、てへ」ということでもあり、どちらにしてもセロを出汁だしに使って保守派をやり込めたいだけなのだ。


 そんなこんなでシュペルとオッタが退場した後に、セロはダークエルフの双子ことドゥとディンをそばに呼んでちょっとした世間話をする。この時間だけがセロにとって唯一の癒しである。


「さてと、じゃあ……視察にでも行こうか」


 セロはそう言って、ドゥを伴って魔王城の地下階層に降りた。


 朝食時には姿を現さなかった人造人間フランケンシュタインエメスとドルイドのヌフだが、基本的に二人は夜型の生活を送っているので朝はとても遅い。


 もっとも、エメスは魔族らしく食事をほとんどしないし、ヌフはというとパンなど簡単なものを口に咥えながら忙しそうに仕事をこなしている。さらに最近、ここに一人の人族が加わった――巴術士のジージだ。


「おや、セロ様。お早いですな」


 ジージはそう言ってぺこりと頭を下げた。


 そんなジージの態度にセロはまだ慣れない。何しろ相手はモタの師匠だ。


 しかも、御年百二十歳で魔術師協会の重鎮だった大人物でもある。光の司祭と謳われたセロからしても、王国では雲の上のような存在だった。


 それが今では曇りなきまなこでもってセロのことを真っ直ぐに見つめてきて、あるじ様と仰ぐわけだ。


 もっとも、先日、そんなセロの背中に隠れてモタが威張り散らしたら、さすがに棒術による一撃必殺、さらに加えてノーブル並みの連撃まで喰らっていたのだが……


 ちなみに、この地下階層は共同研究施設へと様変わりしたが、エメスはエークと組んで軍事や建設関係、またヌフはルーシーと組んで魔術や古文書等の研究、そしてジージはというとリリンと組んで内政や外交の工作を中心にやってもらっている。長らく王族の魔術指南役として何人もの王に仕えたジージにとっては権謀術数などお手の物だ。


 そんなわけでジージの目下の目標は王国に対してとある・・・工作を仕掛けることにあるわけだが、


「現王の勢力は縮小し、神殿勢力が拡大していく中でも、わしらの同志は王国の実力者の間で確実に増えつつあります」

「……そうですか」

「そもそも、聖騎士団は団長モーレツを含めてすでに崇拝者と言ってもよろしく、神殿の騎士団も聖女クリーンの尽力もあってこちら側にくみしたようですじゃ」

「……はあ」

「旧門貴族もヒトウスキー卿による声掛けでなびいております。いずれ温泉宿泊施設に観光に来るとのことなので、篭絡は最早、時間の問題でしょうな」

「……ほう」


 セロがいかにも気のない返事をしているように見えるが、ジージが推し進めているとある工作とは、現王でも、大神殿でもなく、第六魔王国を支持させようとする内政干渉であって、いわば魔王セロを崇め奉る信者こと第三勢力を増やすことにある。


 そんな馬鹿なと、元人族のセロも聞いたときには遠い目をするしかなかったが、現王の失脚や大神殿の胡散臭さを背景にして、シュペル卿、ヒトウスキー卿、団長モーレツ、魔術師協会の重鎮ジージも付いて、さらに聖女クリーンや神殿の騎士たちまでもが推していることもあって、今や王国内では一大勢力になりつつあるそうだ。


 そもそも第六魔王とはいえセロが中心にいるのだ。その人となりを多少とも知っている者からすれば、意外に壁は低いのかもしれない……


「ところで、王国に工作するに際して第六魔王という呼称はやはり障害になりましょう」

「仕方のないことですよ。僕はもう魔族の王になったわけですから」

「それでも、人族の間では聖魔神セロ、現人神セロ、絶対神セロ、超越神セロ、もしくは最低でも統一王セロなどといった呼び名が相応しいと思われますのじゃ。セロ様はいずれがよろしいですかな?」


 ジージがさながら少年のような煌々きらきらした目でセロを見つめてくる。


 こんな人だったっけと思うと同時に、宗教って本当に怖いんだなとセロは強く実感するしかなかった。


 何にせよ、答えに窮してそそくさと逃げるかのようにセロは地下施設から退散した。その際にちらりと拷問室を見たら、泥竜ピュトンの隣でエークがX字型の磔台に拘束されていた……


「ええと、瞑想の時間かな?」

「はい。煩悩の数をかぞえております」

「そ、そうなんだ……」

「もし、お時間があるのでしたら百八回ほど叩いていただきたいのですが」

「ごめん。僕……そういう趣味ないんだ」

「そうでしたか。残念です」


 ピュトンがこの国って実はすごくおかしいんじゃね、といった常識的な眼差しでセロをまじまじと見つめていたのがとても痛かった。というか、敵の方がよほどまともってどういうことだろうか?

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