第138話 閉幕

薄々気づかれている方もいらっしゃるかもしれませんが、「ぶるあああっ」などの台詞から分かる通り、アバドンの声は声優の若本規夫さんのボイスで脳変換してお楽しみください。



―――――



 第五魔王こと奈落王アバドンは自らの爪を伸び縮みさせて戦うスタイルのようだ。


 モンクのパーンチに近い格闘士系とも言えるが、四本も腕がある上に、背中に羽も生えているので種族特性として『飛行』も可能だろう。


 さらに聖所内の明かりがアバドンを四方から照らして、うっすらと四つの影が足もとに出来る――そのうちの三つが不気味に蠢くと、アバドンそのものとなって立ち上がってきた。


 どうやら自己像幻視ドッペルゲンガーのアシエルも共に戦うらしい。そんな複数の敵に対してセロが顔をしかめて、「手伝おうか?」と高潔の元勇者ノーブルに問いかけるも、


「問題ない。百年前と同じだよ。あれらはどうやらアバドンの一部のようなものらしい。何にしても想定済みだ」


 そう力強く言い切って、ノーブルはセロの助力を断った。


 そうはいっても、実質的には四対一ということで、セロがやや不安げにドルイドのヌフに視線をやると、


「たしかにかつてはノーブルも相手の手数の多さに圧倒されました。実のところ、当方が封印を完全に出来なかったのもそれが理由です」

「じゃあ、やっぱり助太刀した方がいいんじゃ?」

「セロ様。ノーブル自身が必要ないと言い切ったのです。あれから百年もの時間が経ちました。さすがに同じてつを踏むとは思えません」


 そう言って、小さく笑みまで浮かべてみせた。ヌフはどうやら相当にノーブルを信頼しているようだ。


 逆にその言葉を聞いてセロはかえって恥じ入った。仲間をわずかにでも疑ってしまったからだ。


 何にせよ、セロはノーブルの戦いを見守ることに決めた。


 一方でノーブルはというと、かつて魔王城の裏山のふもとでセロと戦ったときと同様、聖剣を中段に構えたシンプルなスタイルだ。もしかしたら、得意の『連撃』も手数の多いアバドン対策として生み出されたものなのかもしれない……


「では、行くぞ。アバドン!」


 ノーブルがそう呼びかけると、


「来いやあああ、ノーブル!」


 アバドンはそう応じて、下二本の腕を腰にやって、また上二本の腕は組んで、仁王立ちしてみせた。


 その直後だ。


 激しい剣戟の音が聖所に響いた。


 ノーブルは最初から全力で連撃を叩き込んだ。傍から見ていると、まるで横殴りの強い雨のようだ。セロさえも目で追うのがやっとだった。よくもまあ、あんな連撃をセロは初見で防げたものだなと感心したほどだ。


 そんな聖剣による無数の突きに対して、アバドンは四本の腕に加えて三つの影アシエルたちによってさながら雨粒でも払うかのように全て流し続けた。


「ほぼ互角か……」


 セロは互いの初手でそう判断した。


 もちろん、ノーブルにはセロの『救い手オーリオール』によって身体強化バフがかかっている。


 その一方で、アバドンも百年もの間ずっと地下世界の瘴気に晒されて、内包する魔力マナが膿んで外に排出されるほど強化されてきた。いわば、地下に棲む凶悪な魔王たちにも劣らない力を手に入れたわけだ。


 そういう意味では、これこそが本物の・・・勇者と魔王の戦いと言ってよかった。古文書や吟遊詩人たちによって歌われてきた戦いが今、まさにセロたちの前で繰り広げられていたのだ。


「アバドンよ、喰らえ!」


 もっとも、ノーブルはあくまで聖剣による突きに徹した。


 もし斬るか、薙ぐかして、爪に剣先を捕らえられてしまったら、そのまま他の爪でがら空きになった体に攻撃を受けてしまう。だから、ノーブルはなるべく爪に受け止められないように突いて、かつすぐに引くことに集中していた。


「ふん! 洒落くさいわあああ!」


 そんな連撃に対してアバドンはというと――むしろ戸惑っているようだった。それもそうだろう。ノーブルが想定以上に強くなっていたのだ。


 百年前のノーブルは光系の魔術による『聖槍ホーリーランス』などを多用して、何とかアバドンの手数に対抗するといった派手な立ち回りをしていたはずなのに、今は地味な突きのみで互していた。


 そもそもアバドンからしたら、手数の多さだけで十分に押し切れるものだと考えていた。百年前にも散々撃ち合って、その手の内を知り尽くしている相手だ。それだけにノーブルの連撃に押されて、なかなか仕掛けることが出来ないことにいっそ焦っていたわけだが……


「小癪な。ノーブルめが!」

「ふふ。そちらこそ、さすがにやるな。アバドン!」


 何にしても第三者のセロからすると、まさにがっぷり四つといった状況だった。


 互いにまだ見せていない手もあるはずだが、先に動いた方が不利になる可能性が高いとセロは読んだ。


 もっとも、今は観戦している場合でもなかった。ドルイドのヌフと魔女のモタたちによる奈落の封印を手伝わなくてはいけない。ノーブルの連撃によってアバドンが足止めされて、奈落から離れている今こそが最大の好機であって、実際にヌフはモタを伴って祭壇前の小階段を上がっていた。


 そのモタはというと、「火の中、水の中、奈落の中でもお供いたしやす」と言っていたわりには、その扉の中をこっそりと窺おうとして、


「ひょえええ」


 と、尻込みしてしまった。


 何せ、瘴気がまだ色濃く漏れてくるのだ。モタは魔女なのでそれなりに耐性はあるはずだが、さすがに呪われたくないのだろう。ヌフの背中にこそこそ隠れてしまった。


 ドルイドのヌフはやれやれと苦笑を浮かべるも、右手をかざして、まずは魔力マナで出来た鎖で門を縛り付けた。


 もちろん、モタとて隠れて何もしなかったわけではない。瘴気が黒いもやとなって詠唱中のヌフに取りつかないようにと、その背後から呪詞を謡って、苦手な光系の魔術で淀んだ空気を浄化している。


 そんな様子をちらりと見て、セロは「ほっ」と一息ついた。どうやら奈落の一時的な封印については問題なさそうだ。


 セロはダークエルフの近衛長エークに視線をやって、「頼むぞ」と二人を任せ、再度、ノーブルたちの戦いに身を向けた。


 だが、そのとき、事態は急転した。


 アバドンがついに痺れを切らして先んじて動いたのだ。


 その影である三体のアシエルに命じて、蝗害に変じさせてノーブルを攻撃した。


「さあ、ノーブルを喰らえ! やってしまうのだあああ!」

「ちい! いちいち、わずらわしい!」


 ノーブルが眉をひそめたように、たしかに手数ということなら無数の黒い羽虫が襲ってくるわけだから、これは片手剣だけでは防ぎようもない攻撃だった。


 だが、ノーブルはいかにもしてやったりといったふうな表情を浮かべてみせた。


「かかったな、アバドン! 今こそ、愛しき人よ。貴女の力をお借りします――『聖防御陣』!」


 そんなふうに祝詞を謳って、百年前の聖女から継いで改良を施した法術による光の壁でアシエルたちを取り囲むと、蝗害が聖所中に散らばる前にじりじりと狭めていき、ついには蝗害を消滅させたのだ。


「…………」


 これにはさすがのアバドンも絶句した。


 連撃といい、聖防御陣といい、どうやらノーブルはアバドンの手数の多さを攻略する為に全ての対策を講じて、さらに研鑽まで積んできたようだ。言ってしまえば、セロと対峙したときとは全く逆の状況だった――


 つまり、ノーブルはアバドンの手の内をよく知っていたが、アバドンはそうでもなかった。戦う前からすでにノーブルは優位に立っていたわけだ。


「おらおらおらおらあああ!」


 今となってはノーブルの連撃もさらに冴え渡って、逆にアバドンは余裕がなくなっていた。


 影であるアシエルが立ち消えてしまったせいもあるし、そもそもアバドンは先ほどまで胸に聖剣が突き刺さっていたので、そのダメージも幾らか蓄積されていたはずだ。おかげでずいぶんと動きが鈍くなっている。


「これで勝ったな」


 そんな二人の戦いを祭壇そばの小階段から見て、セロはノーブルの勝利を確信した。


 が。


 その直後だ。


 急にノーブルの影が揺らめくと、


「油断したな、ノーブル!」


 それが立ち上がって、ノーブルを背後から突き刺したのだ。


「ぐふっ……」


 同時に、セロたちの影もおかしな動きを始めた。セロたちに襲い掛かってきたのだ。


 どうやら自己像幻視のアシエルは三体だけではなかったらしい。四つの影のうちの残りの一体が分散していたのか――聖所のあらゆる影に潜んでいたようだ。


 もちろん、セロとエークにとってみれば、気づいてしまえば何てことはない相手だったわけだが、封印に集中していたドルイドのヌフが深手を負ってしまった。


 そばにいたモタが「危ない!」と気づいて、影を攻撃して何とか庇ったようだが、それでもヌフは呼吸をするのもやっとといった状態に陥っていた。


 セロはすぐにアイテムボックスから回復薬を取り出すも、そのタイミングでまた無数のアシエルが浮かび上がってきた。どうやらこの聖所内にいる限り、湿地帯の亡者と同じく無限湧きするらしい。


 しかも、アバドンはノーブルに止めを刺そうと、四つの腕を全て振りかざした。ノーブルは致命傷には至らなかったようだが、魔核が傷ついたのか、その場にうずくまったままだ。


「ふん。ノーブルよ。よくぞ戦ったと褒めてやろう。まあ、対策を考えていたのは貴様だけではなかったということだよ」

「その対策が……よりにもよって、不意打ちか?」

「何とでも言え。戦いに負けることよりも、勝つことの方がよほど誉れだ」

「変わってしまったな、アバドン。百年前は……もっと愚直だったはずだ」

「逆だよ、ノーブル。貴様が変わらずにいただけだ。高潔と謳われた勇者だけあって、愚かしいほどに固陋ころうなままだな」

「信念を持っていると言ってくれ」

「ふん。そうか。信念か。では、今、貴様の想いをこの手で砕いてやろう!」


 アバドンはそう宣言すると、眼下のノーブルに対して満面の笑みを浮かべてみせた。


「我の勝利だ! 何なら貴様も百年ほど封じてやってもいいんだぞ? ふ、はは、はははは!」


 アバドンは嘲ると、今生の別れとばかりにノーブルをじっと見下した。


 ノーブルは貫かれた胸を抑えながら無言で睨み返した。


「さらばだ。宿敵ノーブルよ。我をかつて封じたことをせいぜい誇って死んでいけ」


 が。


 次瞬。意外な声がノーブルの背後から上がった。


「そんなに封印がお好きなのでしたら、当方がまた百年ほど封じて差し上げましょうか?」

「な、何だとっ!」


 すると、セロたちの背後で倒れていたドルイドのヌフの姿がかき消えた。


 同時に、ノーブルのすぐ真横から全く傷ついていないヌフが現れ出てきた――認識阻害だ。


 実のところ、聖所に入ってからずっと、ヌフは偽物ダミーを作って、本人は隠れていたわけだ。


 おそらく百年前の戦いの経験から、アバドンの影による不意討ちを想定していたのだろう。つまり、ノーブル同様にヌフも対策をしてきたというわけだ。


 もちろん、セロも、ノーブルも、それに加えて認識阻害には詳しいはずのモタでさえも欺かれていた。さすがは第一人者だ。


「ふ、ふふ。まさか……私自身も騙されていたとはな」


 ノーブルがそう言って苦笑すると、ヌフは臆面もなく答えた。


「敵を欺くにはまず味方からと言いますからね」

「そうか。ならば、私も――そろそろ欺くことを止めようか」


 ノーブルがそう呟いたとたん、聖所に無数に立ち上がっていた影ことアシエルが一気に消滅していった。これにはアバドンも顔を引きつらせたが、ノーブルはさも当然のように答えを示した。


「初手で『聖なる雨ホーリーレイン』を降らせておいただろう? 光の地形効果を強めれば、薄まったアシエルなど敵ではない」

「貴様……たばかっていたな!」

「お互い様だろう。それにいいのか? 胸もとが、がら空きだぞ?」


 ちょうど四本の腕を振りかざしていたアバドンに対して、ノーブルは何とか立ち上がって火事場の糞力でもって聖剣を一気に突き立てた。


「貴様あああ……」

「手数だけはやたらと多い敵の隙を片手剣のみでいかに突くか……百年間ずっと考え続けてきたが、結局のところ、私には冴えない答えしか出せなかったよ――いわゆる肉を切らせて骨を断つというやつだ」

「愚かな勇者めが……」

「愚者と褒めてくれるならば、それこそ誉れだな」


 ノーブルはそう言って、アバドンの魔核もろとも袈裟斬りにした。こうして百年にも及ぶ因縁の戦いに幕が下りたのだった。




―――――


セロ「第二部は主人公らしいことしてないなー」

ルーシー「わらわとて第二部はヒロインらしいことしてないぞ」

エメス「最早、浮遊城こそ我が本体……終了オーバー

土竜ゴライアス様「おいおい。あんだけ血反吐はいといて、第二部で出番が一度もなかったぞ……」


というわけで、もう少しで長かった第二部も終了になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る