第135話 従うものたち
第五魔王国の指揮官こと、茶色の飛蝗の魔族サールアームはまさに怒髪天を衝いていた。
幾世紀も苦楽を共にしてきた戦友たちが浮遊城からの『
もっとも、最前線で神殿の騎士団と戦っている兵たちなど、残っている者もいるにはいたが、それでも数えられるほどしかいない。
そんな残り少ない虫系の
ちなみに、その巨大ゴーレムこと『かかし MarkⅡ』だが、浮遊城と同様に土竜ゴライアス様の血反吐を
とまれ、そんな
「馬鹿な……」
サールアームは震える声で呟くと、頭を横に振って何とか冷静になるように努めてから即座に撤退の指示を出そうとした。
だが、次の瞬間、上空から急襲してくる者がいた。
サールアームはふいにその殺気を感じ取って、咄嗟に後退した。少しでも遅れていたら胴体が真っ二つにされていただろう。
何にせよ、眼前には
「ほう。かわすとはやるな」
浮遊城のバルコニーからモタの風魔術によって飛ばされて来たのだ。さすがに二度目となると、リリンも慣れたもので、華麗に着地して何ら問題ないようだった。
が。
「ぎょえええええ!」
今度はサールアームの頭上に絶叫がこだました。
言うまでもないだろう――モタだ。リリンが出来るなら自分もという安直な考えで、ためしに自らに風魔術を放ってみたようだが、さすがにハーフリングの敏捷さをもってしても高度からの飛び降りは難しいらしい……
「はあ。モタってやっぱり変わり者だよね」
リリンはやれやれと肩をすくめてから、落ちてきたモタを仕方なくお姫様抱っこしてあげた。
「リリンんんん! 大好きいいい!」
「へへ。私に惚れるなよ。火傷しちゃうぜ」
「何なら今度、わたし特製の性転換闇魔術に挑戦してみる?」
「え? い、いや、そういうのは別にいいから……ていうか、モタの場合、洒落にならないものに転換してくれそうだし」
そんなふうに戦場で場違いな会話を続ける二人に対して、サールアームはというと、警戒することしか出来なかった。
魔族としてはリリンの方が圧倒的に格上だ。そもそも、サールアームは群れを指揮して戦うタイプなので、こうして個人戦を挑まれた時点で不味い状況なのだ。
だからこそ、虫たちの残党を早くまとめ上げ、二人にけしかけなくてはいけないわけだが……その一方でもう一人のハーフリングを観察するに、勇者パーティーに所属していた魔女のモタだとすぐに分かった。
若くして天才の名を欲しいままにする危険な魔術師だ。もしここに虫たちを集めてしまったら、それこそ高火力の範囲魔術の餌食になってしまう可能性が高い……
「さて、どうすべきか」
すると、そんなサールアームの焦燥に対して、モタが意外なことを言いだした。
「んじゃ、わたしは帰るねー」
「おいおい。モタはいったい、何しにここに来たんだよ?」
リリンが唇を尖らせながら当然の疑問を口にすると、モタはあっけらかんと答えた。
「んー。『飛行』魔術の実験かな。風魔術は苦手だからねー。地道な反復練習なのですよ。でもでも、わたしってばー、もうだいたい分かっちゃった」
モタはそう言って、「じゃねー」と片手を振ると、無詠唱で自身にまた風魔術をかけた。
そのとたん、モタは天高く飛び上がって、今度は叫ぶこともなく浮遊城にきちんと戻ったようだ。
「マジかよ……すごいな。天才と変人は紙一重って本当なんだなあ」
リリンがそう言って呆れると、サールアームはむしろ、「ふ、ふふ……」と小刻みに体を震わせながら笑い出した。
「これほど
「すまないな。別に侮ったわけではないのだが……
モタがこの場に残っていたら、「えへへ」と照れていたはずだが、何にしてもサールアームはそんな言葉を当然無視して、リリンを真っ直ぐに睨み付けた。
「元帝国軍主席参謀、現第五魔王国指揮官、サールアームだ」
「ふむ。真祖カミラが次女、そして第六魔王国外交官のリリンだ。一応聞いておいてやるが、貴国は外交的努力によって当国との和平を結ぶことを望むか?」
「厚かましいものだ。左頬を殴っておいて、今さら右頬まで差し出せと言いたいのか?」
「少し違うな。とっくに両頬を殴って棺桶に入れて、今は釘でも打とうとしているところだ。指揮官なのだから、それぐらい厳しい状況に置かれていることぐらい理解出来るはずだろう?」
「ほざけ」
「なるほど。それが答えか。了解した」
刹那。
サールアームの頭部は飛んでいた。
リリンはそのままサールアームの体を切り刻んで魔核だけきれいに取り出すと、それを左手に握った。サールアーム自身が感じ取っていた通り、魔族としての力量に差があり過ぎたのだ。
その魔核をみしみしと握り潰しかけて、リリンはふと思案顔になった――
「指揮官と言っていたか。やはり拷問してでも、残存勢力を吐かせなくてはいけないよな」
こうして長年に渡った、
幾つかの
実は、リリンを風魔術でぶっ飛ばした直後のモタに、「じゃあ一人ずつ飛ばそっかー?」とさりげなく聞かれたものの、さすがに高度から飛び降り自殺を志願する者は誰一人としていなかった……
しかも、モタが自身に風魔術をかけて、絶叫しながら落ちていく姿をまざまざと見せつけられたものだから、魔族と付き合うとああも頭がおかしくなるものかと、聖騎士たちは全員、互いに顔を見合わせながら呆れかえったほどだ。
それでも、王国の味方の危機に駆けつけたい一心で、モーレツがセロに助勢を懇願すると、
「ありがとうございます!」
「この御恩は決して忘れません!」
「人族と魔族とが手を取り合う未来の為にも戦って参ります!」
「リリンさんに少しでも格好良いところを見せつけて、ファン俱楽部の会員百十五号からさらなる立身出世を果たしてきます!」
聖騎士たちは口々にセロやエメスに感謝の言葉を述べた。
ちなみに、この浮遊する鉄板なのだが、まだ重量制限についての試験が終わっていなかった。エメスがちょうど良い機会になると、こっそり狡猾な笑みを浮かべていたことなど、このとき誰一人として気づくはずもなかった……
それはさておき、本当にとてもすごく意外なことに、全員が何事もなく五体満足で無事に砂漠へと到着すると、モーレツは戦場全体に轟くかのような雄叫びを上げた。
「神殿の騎士たちを援護せよ! 王国最強の盾として――前進!」
聖騎士たちは得意の
また、英雄ヘーロスとモンクのパーンチは第二聖女クリーンたちのもとに急いで駆けつけた。巴術士ジージに助力しなかったのは、それだけ実力を買っていたからに他ならない。
「聖女殿、待たせたな」
「へえ、暗殺者タイプの虫系魔人か。面白そうじゃねえかよ」
ヘーロスとパーンチが緑色の飛蝗の虫人アルベに対して前衛に躍り出て、それぞれの武器を構えると、女聖騎士キャトルも呼応するかのように中衛に回って、クリーンと狙撃手トゥレスを守護した。
これまでこのパーティーでさほど戦ってきたわけではなかったが、目を見張るような練度だった。
「ちぇ。これまでか」
アルベはそんなパーティーの強度を肌でまじまじと感じて、つまらなそうに舌打ちした。
これがもし闇討ちや虫の群れに紛れての奇襲だったなら、たとえ聖女パーティー全員が相手でも、アルベも上手く立ち回ることが出来ただろう。
だが、こうして白昼堂々、開けた砂上での場所での戦いとなると、最早アルベでも勝機は見出だせなかった。いっそ逃げるが勝ちといった状況だ。
「でも逃げるのは……もうないよな。そうだろ、兄弟?」
アルベはそう囁いた。共感覚とでも言うべきか、双子の弟サールアームの敗北を悟ったからだ。
あまり互いに口をきかない二人だったし、幻視アシエルに対して「双子の共感覚なんてない」と言い切ったこともあったが、それでもアルベはサールアームをいつも身近に感じてきた。
そんな大切な弟が負けた。その屈辱を晴らす為にも、ここで全力で逃げたとして、果たして空に浮かぶ魔王城を統べるほどの強者に手が届くのかどうか――幾匹もの
アルベは「ふう」と小さく息をついて、潔く降参といったふうに両手を高々と上げてみせると、
「元帝国軍
すると、アルベの覚悟を感じ取ったのか、英雄ヘーロスが一人だけ進み出てきた。
「聖女パーティーに所属しているヘーロスだ」
「やはり名高い英雄殿だったか。ふふ、最期にしては望むべくもない相手だよ」
「分かった。一介の武人として貴殿の命を賜ろう」
「感謝する」
直後。
アルベの魔核はきれいに片手剣で突き抜かれていた。
リリンとは異なって無駄な攻撃など一切なく、さながら介錯の作法にでも則ったかのような芸術的な一撃だ。
これにはモンクのパーンチも「ひゅう」と口笛を吹き、また女聖騎士キャトルも、狙撃手トゥレスも、「お見事」といったふうに首肯した。
ただし、その魔核は割れてはいなかった。剣先できれいに掬い取ったような格好だ。
「たしか情報官と言っていたな。介錯を頼まれたわけだが……このまま捕えて、尋問した方がよほど有益だろうか」
こうしてアルベの忠心もまた潰えた。
ヘーロスに倒される直前に、「アバドン様、先に逝かせて頂きます」と囁いたわけだが、この後しばらくしてサールアームと共に第六魔王国のトマト畑で虫退治をやらされる羽目になるとは――当然のことながら、両人とも知る由もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます