第134話 たった一つの冴えたやり方

 東の魔族領こと砂漠で、聖女クリーンや巴術士ジージが神殿の騎士ストーカーたちとちょうど合流した頃――


「それでは今から、第五魔王国への侵攻作戦について話し合いたいと思います」


 セロがそう宣言すると、ぱち、ぱち、とまばらな拍手が上がった。


 どこかで見た光景だなとセロは首を傾げたが、まあいいかと思い直した。国防会議のときと同様に、皆には魔王城二階の食堂もとい大広間でロングテーブルを囲んで座ってもらっている。


 もちろん、ヤモリ、コウモリやイモリたちも少数ながら参加して、テーブル上や天井に張り付いているし、今回は高潔の元勇者ノーブル、ドルイドのヌフ、夢魔サキュバスのリリン、若女将ことモタ、料理長のフィーアといった初参加組だけでなく、ゲストとしてドワーフ代表のオッタ、また王国からもシュペル・ヴァンディス侯爵、ヒトウスキー伯爵、聖騎士団長モーレツ、英雄ヘーロスやモンクのパーンチまでもが加わっている。


 歴史上初めて、人族、亜人族、そして魔族が協力して行う作戦ということもあって、王国と火の国側の参加者はずいぶんと緊張した面持ちだ。


 その一方で、これまた国防会議のときと同様に魔族側は侵攻作戦という概念があまりよく分かっていないようだ――敵がそこにいるならとにかく行って叩き潰す。それこそが強い魔族のあり方だそうで、作戦などを考えるのは二の次とのこと。


 もちろん、セロが前回驚いたみたいに、シュペルたちもそんな魔族の単純な思考に口をあんぐりと開けて呆れていた。


「しかしながら、敵がどこにいるのか、どれだけいるのか、どのような武装と練度なのか――それらを斥候などで確認しないことには軍隊は動かせないのではないですか?」


 シュペルが当然の疑問を口にすると、ルーシーはきれいに首を九十度傾けた。その意向を受けて、人狼の執事ことアジーンが代弁する。


「そもそも軍隊など必要ありません。戦いとは個人で行うものです。それに作戦云々は戦いながら柔軟に考えればいいのではないでしょうか? どのみち負けたら死ぬだけです。むしろ誉れでしょう」


 セロは、「あちゃー」と額に片手をやった。


 そんなセロよりも百年ほど魔族として先輩のノーブルとて、やや渋い顔つきになっている。


 ドワーフも一応は好戦的な種族のはずだが、やはり集団で戦う意義はきちんと見出しているようで、これまた魔族のあり方にややドン引きしていた。


 こればかりは埋められない溝かなと、セロはいったいどうやって摺合せしようか模索していると、意外なところから声が上がった――


「かつて東の魔族領に秘湯こと砂風呂を求めて行ったことがあるのじゃが、すぐに諦めてしまったでおじゃる。とにかく虫系の魔物モンスターや魔族が多く出てきて、第六魔王国にいるヤモリらの比ではおじゃらん。幾ら個人で強くとも、虫がうじゃうじゃと大量に湧いてくるのはさすがに嫌でおじゃろ?」


 ヒトウスキー伯爵がそう言うと、さすがにアジーンやルーシーも虫の大量湧きという言葉には顔をしかめた。そのタイミングで高潔の元勇者ノーブルが付け加える。


「百年前に第五魔王こと奈落王アバドンと戦って封印したわけだが、その場所自体はいまだに変わっていないはずだ。となると、そこを中心として虫たちは配置されていると考えられる」


 さらにドルイドのヌフがアイテムボックスから古地図を取り出して、テーブルの上に広げて指摘する。


「もともと砂漠の北東部に帝都がありました。当方がノーブル様と赴いたときには、かつての戦禍によって大きな崖が出来ていて、その崖上にあった祭壇の地下でアバドンは奈落を守護していました。おおよそ、このあたりになります」


 今ではその旧帝都周辺に認識阻害や封印などが幾重にもかかっていて、簡単には侵入出来ないようになっているのだが……そもそもその第一人者のヌフからすると、児戯に等しい術式しか施されていないらしく、旧帝都そのものが動かせない以上、何ら弊害にはならないそうだ。


 ここらへんはヌフと巴術士ジージの得意分野の違いからくる、敵の本丸に対する接敵の仕方アプローチの相違といったところだろうか。


 それでも、ヌフが指差した場所に行くには、第六魔王国からの最短ルートだと山脈が邪魔だった。山越えは天気にも左右されるが、どれだけの急行軍でも十日以上はかかってしまう。


 そうなると、王国か火の国のどちらかを経由して行軍した方が早い可能性が出てくる……


 王国の北東部にある峡谷を抜けていくか、もしくは火の国の王都に入ってそこからふもとを南進していくか――そのどちらかだ。


 どちらにしても山越えよりは労力がかからないはずだが、それでも優に二週間ほどは必要になるだろう。さらに、砂漠に入ったとたん、虫系の魔物や魔族が大量に待ち構えていて阻まれるはずだ。


 そう考えると、最低でも一か月弱の行軍となる。


 行軍に時間がかかるということは、それだけの準備が必要だ。特に、ダークエルフやドワーフたちは魔族ではないので糧食が必要だし、行軍する為の軽装備なども用意しないといけない。


 つまり、何にしてもお金が必要なわけで、これにはセロも、「うーん」と難しい顔をした。


 すると、ダークエルフの双子ことディンが「はい!」と元気よく手を上げた。


「直進ルートの山脈にトンネル工事を行ってはいかがでしょうか?」


 いきなり凄いことを言い出すなとセロは驚いたが、意外にも数々の改修工事を手掛けてきたエークが「ふむん」と顎に片手をやって考え出した。


「そうですね……迷いの森のダークエルフ全員、吸血鬼全員、それにヤモリ、イモリ、コウモリたちにも手伝ってもらって……不眠不休で行えば、十日もかからずにいけます。いや、いかせます!」


 いやいや、いかせちゃダメでしょ。


 ていうか、急行軍よりもトンネル工事の方が早いってどういうこと? ――と、セロは白々とした顔つきになったが、むしろこれにはオッタやシュペルたちの方がいかにも信じられないと固まっていた。


 ルーシーが無駄に鍛え上げてしまった吸血鬼たちだけならまだしも、ご近所さんのダークエルフたち全員にわざわざ重労働してもらうのはさすがに悪いので、セロはディンの案を却下した。


「とりあえず、なるべく負担は減らす方向でお願いします」


 セロがそう強調すると、今度はドワーフの代表オッタが手を上げた。


「それならば、やはり火の国にまずお越しください。宴……じゃなかった、すぐに我が国から南の山のふもとを越えて、酒でも飲みながら……じゃなかった、本国の精鋭と共に向かいましょうぞ!」


 今、ちらちらっと本音を言ったよね?


 実は火の国でも宴会したいだけなんでしょ? この会議の前に、「お酒が足りなくなってきたなあ」って嘆いていたのを耳にしていたんだからね。


 と、セロがそんなふうに目を細めて疑ってかかっていると、オッタはすぐに顔を逸らしたが、ヒトウスキー伯爵が「ほっほっほ」と相槌を打って、その考えに追従した。


「それはなかなかに良いアイデアでおじゃるな。あのふもとには良い秘湯があるのでおじゃるよ」


 いやいや、だから目的地は秘湯じゃないからね……東の魔族領の神殿郡に行くんだからね……


 と、セロがため息混じりにシュペルへとちらりと視線をやった。火の国経由だとどうにも宴会や秘湯に付き合わされそうな予感がしたせいだ。


「セロ様。大変申し訳ないのですが……弊国の北東にある峡谷を抜ける場合は少しだけお時間をいただくことになります。というのも、現状ですと、弊国内で貴国の行軍を認可するには根回しが必要なのです。私の一存だけでは難しいので、その調整にどうしても時間がかかってしまいます」


 セロは、「ああ、そっかー」と天を仰いだ。シュペルの言うことも道理だ。


 幾ら同盟を結んだとしても、人族と魔族がすぐに仲良くなるのは難しい。特に魔族による王国内への行軍を認めるのは心情的にまだ無理かもしれない……


「じゃあ結局、残った選択肢は山脈越えになるのかな。天気さえ良ければ意外と何とかなるかもしれないしさ」


 セロがそう言って会議を締めようとすると、「いいですか?」と消え入りそうな声が上がった。その声の主を見ると、ダークエルフの双子ことドゥが珍しくもおずおずと片手を挙げていた。


「どうしたんだい、ドゥ?」

「ええと、まっすぐ、進めるのです」

「うん。結果としてはそうなりそうなんだけどね。ただ、山脈越えが大変なんだよねえ」

「いえ、大変じゃありません」

「え?」


 セロが眉をひそめると、ドゥはわざとらしく人造人間フランケンシュタインエメスと視線を合わせた。そのエメスがこくりと肯いてみせる。


 その瞬間、セロは「もしかして――」と呟くと、エメスがその先を淡々と告げた。


「はい。先程から何を議論しているのか小生には全く理解出来ませんでしたが、当然のことながら直進は可能です。目的地に着くのに、二日ほどもかからないでしょう」


 その言葉に全員が「はっ」と息を飲んだ。たった一つの冴えた攻め方に気づいたからだ。


「この魔王城で浮遊して直接赴けばよろしいのです、終了オーバー



―――――


次話はまた戦場に戻ります。

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