第133話 パーティーは全滅する(聖女サイド:19)
「横陣に展開! 左右は気にするな! 我々は前方の敵のみ叩け!」
神殿の騎士団は迫りくる虫の
砂丘の上に陣取ったぐらいで地形上の有利はほとんどなかったが、窪地にいるよりはまだマシだ。
そんな騎士たちのすぐ後方には第二聖女クリーンが立っていた。
「皆様に
クリーンがそう声を上げると、騎士たちの体は温かい光に包まれた。
当然、「おおっ!」と全員が感嘆した。これはただの法術による強化ではない。憧れのクリーンによる真心のこもった
次の瞬間、騎士たちは皆、「この戦いが終わったらクリーン様に告白するんだ」と死亡フラグを立て、かえって死も恐れない王国最強の
そんな騎士たちの左側には女聖騎士キャトルがついた。「どうぞ」と、胸もとからヤモリを下ろして、優しく声をかける。
「ドゥーズミーユ、どうか私たちを助けてください」
「キュイ!」
キャトルによってドゥーズミーユと名付けられたヤモリはにっこりと笑みを浮かべてみせた。
直後だ。ドゥーズミーユは本来の姿に戻った。巨大な蜥蜴というよりも最早、その姿は竜に近かった。ドワーフたちがこの場にいたら、火竜サラマンドラの顕現だと跪いたことだろう。
しかも、ドゥーズミーユは魔物特有の禍々しさよりも不思議と神聖さの方が勝った。そんな強くて巨大なドゥーズミーユではあったが、キャトルはやはりかわいいと感じて体を撫でなでした。それに呼応するかのように、「キュキュイ」とドゥーズミーユが鳴くと、広範囲に砂上から土の槍が盛り上がった。
そこを通過しようとする虫の魔物や魔族に対して、槍がさながら誘導弾のように迫って攻撃する。まさに難攻不落の要害が出来上がったと言っていい。
「この場は頼みましたよ、ドゥーズミーユ」
「キュイ!」
女聖騎士キャトルはそう言って、第二聖女クリーンのもとへと走った。
一方で、神殿の騎士たちの右側には巴術士ジージがついた。粛々と呪詞を謡ってから杖を宙に掲げてみせる。
「虫どもを焼き尽くせ! 『
そのとたん、これまた広範囲に溶岩地帯が出来上がった。
虫系は基本的に火に弱いので、よほどの者でない限り越えてくることは出来ない。さらにジージは本職の召喚術でもって幾匹もの聖鳥を呼んだ。飛来して越してくる羽虫対策だ。
これにて向かってくる虫の群れに対して、正面左右と盤石な陣を敷くことが出来た。
あとは地中から攻めてくるワーム系に対応する為に中央にはクリーンを中心として、キャトルに狙撃手トゥレスも揃っている。何ならジージも駆けつけるし、巨大化したヤモリことドゥーズミーユだっている――
「ふん。面倒なことだ」
そんな堅牢な陣形を急
一般的に虫の群れの強襲は人族におぞましさと恐怖を叩き込む。ところが、眼前にいる王国の騎士たちはどこか狂ったかのように一致団結して異様に士気が高い。
しかも、サールアームから見て右にはとんでもない蜥蜴系の魔物がいた。なぜそんな魔物が人族に
さらに左には泥竜ピュトンが執心している巴術士の
「仕方ない」
となると、やはり数の暴力で押し切るしかない。
この決戦の主役はサールアームが司る、虫たちだ。いや、より正確には言えば、虫たちこと、もと帝国兵というべきだろうか――
そう。この砂漠に潜んでいる虫系の魔族は全員、もともとは人族だった。彼らは皆、かつて天使アバドンに仕えていた帝国の屈強な兵士たちなのだ。
数百年前、天使かつ帝王アバドンが瘴気によって魔王と化した際に、魔王には与しない帝国兵と、魔王となった
そういう意味では、今、この戦場に立つ者は全て、同朋、親族や愛する者をその手で殺めてまで、魔王アバドンを崇めて滅びの運命を共にしてきた修羅たちだ――
「その無念を晴らせ」
サールアームは前方にいる人族の騎士たちに戦力を集中させた。
「じゃあ、僕は紛れて行くよ」
気がつくと、そんな虫たちの群れの中に緑色の飛蝗こと虫系魔人アルベもいた。
今度はサールアームが双子の兄の背中を見送る番となった。さらに泥竜ピュトンがアルベに続いて声をかけてきた。
「ねえ、サールアーム。あの爺に私が敵わないって考えていなかった?」
「…………」
「貴方は無口だけど、長い付き合いだから小さな表情の変化だけで、考えていることが手に取るように分かるのよ。まあ、魔族になったからには魔族なりの戦い方ってのがあるわ。だから、そこでせいぜい私の勝つ姿を見ていらっしゃい」
そう言って、ピュトンは左側へと飛行していった。聖鳥たちを難なく喰い破っていく――
一方で、巴術士ジージはというと、「ほう」と小さく息をついた。
どんな薄汚い手を使って攻めてくるかと思っていたら、意外にも宿敵ピュトンが正々堂々と宙からやって来た。
さすがにピュトン相手に聖鳥だけでは分が悪いと見て、ジージ自身がピュトンの方へと進み出る。ここで因縁を断とうと考えたのだ。
「お久しぶりね」
「はて、つい数日前に王城で宰相ゴーガンに化けておらんかったか?」
「そのとき、きちんと挨拶はしていなかったでしょう?」
「まあ、そうじゃな。とはいえ、
巴術士ジージは『卑怯な』という部分を強調した。
最近、第六魔王国にて戦場で死ぬことこそ誉れだと言い出す清々しい魔族たちに出会ったばかりだ。
それに豊富な
もっとも、眼前の泥竜ピュトンが犯した罪は絶対に許すことなど出来ないわけだが……
「さて、ここで会ったが百年目じゃ。もう逃すまい」
「それはこっちの台詞よ。ここでいい加減にくたばってちょうだい」
そんなふうに険悪な挨拶を交わしている間に――ついに神殿の騎士たちの防御陣形を突破する者が現れた。虫人のアルベだ。そのアルベはというと、難敵ジージはピュトンに譲って、騎士たちに
だが、クリーンの前に女聖騎士キャトルが聖盾を構えて立ち塞がる。
「行かせはしません!」
「はは。未熟だね」
次の瞬間、虫人アルベの姿はかき消えて、別の方向から現れた。
暗殺者の持つスキルである『分身』だ。「間に合わない!」とキャトルが己の経験の浅さを恥じて、その一方で当のクリーンが「しまった!」と、聖杖を両手で持ち替えたときだった――
「やれやれ、世話を焼かせる」
アルベの爪を狙撃手トゥレスがナイフで弾いたのだ。
「へえ。君ってば、エルフのくせにただの狙撃手ってわけじゃなさそうだね?」
「さてね。手癖が悪いだけかもしれんぞ」
「まあ、いいや。面倒臭いからいきなり奥の手を使わせてもらうよ」
虫人アルベはそう言うと、口もとに指をやって音を鳴らした。
そのとたん、大量のワーム系の虫の魔族が地中から出て、クリーン、キャトルとトゥレスを一斉に囲んだ。
さらに、敵影すらなかったはずの陣の後方に無数の影が一気に立ち上がってきた。これにはクリーンも顔をしかめるしかなかった。聖女パーティーや神殿の騎士たちの背後を突かれた格好だ。
もちろん、その蝗害にも似た圧倒的な虫の群れは隠れていたわけでも、召喚術で現れたものでもなかった。
その存在はさながらサールアームが率いている虫たちを全てコピーしたかのような存在で、数の暴力を文字通りに具現化した凶悪な軍隊だった――言うまでもないだろう。
「…………」
これにはさすがにクリーンたちも、またジージも、ヤモリのドゥーズミーユさえも無言のまま目をしばたたいた。
クリーンは神殿の騎士たちを二つに割るかどうか判断に迷った。だが、何にしても――もう遅い。
影のような黒い虫の群れは巨大な波のように押し寄せてきて、クリーンたちを背後から完全に飲み込もうと迫ってきている。
女聖騎士キャトルはクリーンのそばに寄って聖盾を構えるも、それが圧倒的な数の暴力の前にどれほど無力なのか、すでに気づいていた。狙撃手トゥレスは逃げる算段を考えたかったが、虫人アルベが爪を繰り出してくるのでその隙を見つけられなかった。
そして、ジージはというと、珍しく呆然としていた。泥竜ピュトンに気を取られ過ぎて、戦場全体をしっかりと把握出来ていなかった。完全に失態だ。このピュトンを追いかけてからというもの、どうにも冷静でいられない自分に苛立つしかなかった。
「これは最早、年貢の納め時かもしれんのう……」
そんなジージに対して、泥竜ピュトンは嘲笑った。
「長いようで短い付き合いだったわね。貴方のことは忘れないで上げる。さあ、人族にしてはもう十分に生きたでしょう。そろそろここで、くたばってちょうだい」
「ふん。まさに
巴術士ジージはただ後悔のみを口にした。
同時に、第二聖女クリーンもまた肩を落とした。女聖騎士キャトルはぽかんと口を開けたままだ。
狙撃手トゥレスは「くそがっ」と防戦一方で悪態をついていた。ヤモリのドゥーズミーユはキャトルのもとに懸命に駆けていた。また、神殿の騎士たちも背後を突かれて絶望しかけたが、いっそクリーンと共にここで天に召されることを望んだ。
すると、茶色の飛蝗の虫系魔人こと指揮官サールアームは短く告げた。
「
それに呼応するかのように双子のアルベも、泥竜ピュトンも勝ち誇った。
「ああ、僕たちの勝ちだね」
「ふふ。本当に他愛もないことよね」
こうして砂上では虫たちの
が。
直後だ。
上空がやや歪んだのだ。
そして、急に虫の群れに大きな影を落とした。
刹那。幾つもの雷がさながら
当然、虫系の魔物も、魔族たちも、消し墨のようにあっという間に散っていった。圧倒的な数の暴力などものともしない。それは純粋に驚異的な力そのものだった。
「まさに神の
巴術士ジージは唖然として呟いた。
一方で、第二聖女クリーンはその雷の正体を知っていた。かつて頬を掠めたことがあったからだ。あれらは間違いない――かかしたちによる『
すると、宙での認識阻害が解けて、
さらに雷鳴の
「ええと、第六魔王こと愚者のセロです。当魔王国は第五魔王国に対して宣戦布告します……というけどさ、宣戦布告って攻撃してから言うものなのかな?」
「大丈夫だ、セロよ。問題ない。強い魔族はまず殴ってから宣言するものなのだ」
「その通りです。殲滅されるほど弱っちい方が悪いのです、
「ふうん。そうなんだあ。まあ、いいか。とりあえず、そんなわけでよろしくお願いします」
砂上では沈黙が流れた。
「…………」
さっきまで死闘を繰り広げていた者たちは全員、「んな……阿呆な」と絶句するしかなかった。
とまれ、何にしても哀しきかな。帝国の
―――――
次話はちょっとだけ時間を遡って、セロたちサイドの話になります。
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