第132話 パーティーは抗戦する(聖女サイド:18)

 広大な砂漠こと東の魔族領に攻め入っていた巴術士ジージは珍しく弱気になっていた。


「いい加減、わしも年じゃな。そろそろ音を上げそうじゃわい」


 泥竜ピュトンを追って、王国最東のハックド辺境伯領から第五魔王国に入ってみたはいいものの、予想以上にこの砂漠は虫系の魔物モンスターや魔族の巣窟だった。


 地中から音もなく攻めてくるワーム系、逆にかさかさと音を立てて群れで迫ってくる昆虫系、また廃墟となった家々に罠のような巣を張る蜘蛛や百足ムカデ系、さらには唐突に飛来する羽虫系といったふうに、さすがに虫だけに生態のバリエーションが豊富だ。


「よくもまあ……こんなにいるものじゃのう」


 最初のうちこそ、知的好奇心の高いジージはそう感心していられたが、昼夜問わず休みなく襲って来られると辟易するしかなかった。


 そもそも、今回の侵攻は百年前とは違って、最初からけちがついた。王国最東に領地を持つハックド辺境伯が不在で、その騎士たちを借りることが出来なかったのだ――


「なに? 元勇者のバーバルを捕えたので、王都に護送している最中じゃと?」

「はい。数日前に出発なさったばかりです」


 涼しげな独特の衣装トーブを纏った若い家宰が申し訳なさそうに言うと、巴術士ジージも「ちい」と舌打ちを隠さなかった。


 この大陸で王国領土はやや縦に長い格好となっているので、ほぼ一本道の北の街道とは異なり、ここから王都に向かうとしたら幾つかのルートに分かれる。ジージたちがハックド辺境伯とすれ違わなかったということは、伯は最短のルートを使わなかったということだ。


 もっとも、本物の伯はとうに自己像幻視ドッペルゲンガーのアシエルに殺されて、その影の中に取り込まれてしまったので、バーバルの護送は単なる欺瞞工作に過ぎないのだが、そんなことなど露知らない若い家宰はというと、伯の許可がないことには自前の兵力を提供することが出来ないとの一点張りだった。


 王都ではほとんどの騎士団が北にまだ駐留している状況だったので、辺境伯の戦力を当てにしていたジージたちからすれば、まさに梯子を外された格好だ。


「ジージ様。『追跡』の法術は時間経過で消えてしまいます。ここに留まってハックド様のお帰りを待つにしても、そう長くはいられません。もってせいぜい数日です」


 第二聖女クリーンが無念そうにジージの耳もとで囁くと、


「ふむん。無謀じゃが、この機会は逃せん。二人で侵入して、せめて拠点だけでも突き止めるしかあるまいて」

「それでは、家宰殿。ハックド様が戻られ次第、言伝をお願い出来ますでしょうか?」

「畏まりました。お二方とも、どうかお気をつけくださいませ」


 こうしてクリーンとジージは二人きりで攻め入ったわけだが、大量の虫たちに加えて、砂漠では昼にひどく暑く、夜は急激に寒くなる。それでも、気温については生活魔術である程度の対策が出来たものの、ずっと吹き付けてくる砂塵だけはどうしようもなかった。


 開けた砂漠でもろに砂嵐に出くわすと、視界が悪い上に方向感覚まで狂うので、土魔術でシェルターを作って避難するしかなく、さらにそういうタイミングに限って虫系の魔族は大挙して地中から襲いかかってくる。


「ちょいと詠唱しただけで口の中が砂だらけじゃ。本当に嫌になってくるわい」


 第二聖女クリーンの『聖防御陣』と、巴術士ジージの高火力魔術で何とか持ち堪えて進んできたわけだが、さすがに二人ともそろそろ疲労の限界にきていた……


 ジージにしても、二度目の砂漠攻略、かつ前回よりも相当に力を付けていたこともあって、相手をやや見くびっていたふしがあった。


「耄碌したもんじゃ。もっとも、こうなったら第五魔王国ここをわしの死地にしてやるわい」


 そんな悲壮な覚悟をジージが漂わせていたので、クリーンも何も言えなくなった。


 が。


「クリーン様ああああ!」


 そんなタイミングでクリーンの追っかけこと神殿の騎士団が中隊規模で加わってくれた。


 どうやら王国最北の城塞で女聖騎士キャトル宛てに飛ばした伝書鳩のメッセージを代わりに受け取ったらしい――


「よくもまあ、私たちのいる場所が分かりましたね」


 クリーンからすれば、当然の疑問だ。


 こんな広大な砂漠でクリーンたち二人を見つけるなど、まさに砂の中から針を探すようなものだ。


 だが、騎士たちの中から中隊長が進み出てくると、


「クリーン様を探すことなど我々にとっては容易なことであります。こうやって、くんくんと匂いを嗅げば――」

「え? 匂い?」

「や。失礼いたしました。ええと……クリーン様がおられる場所には光の柱が立っているように見えるのです。希望の光です。我々の目指すべき場所です。そこに向けて、ただ驀進ばくしんしてきたに過ぎません」


 何だか怪しげなことを言い掛けたようだったが……ともあれクリーンはちらりとジージに視線をやった。


 もちろん、ジージにはそんな匂いを嗅いだことも、光の柱も見たことはなかったので首を傾げるしかなかったが、何にしても貴重な戦力だ。おかげで少しは態勢を整えることが出来たわけだが……


 残念ながら、今度は別の問題が発生した――砂漠だと水もなければ食料もない。二百人近くも人数が増えればそれだけ食べる物も多く必要になってくるので、行軍してさらに数日が経って、手持ちの糧食がしだいに少なくなってくると、全員にじりじりと焦燥が募ってきた。


 しかも、飢餓とは恐ろしいもので、虫なら食べられる派と絶対に嫌だ派で分かれて喧嘩する始末だ。


 何なら、第六魔王国の赤湯同様に、虫の魔族の血とて飲めると言い出す者まで現れた。困窮したら背に腹は代えられないとはいえ、クリーンも虫食やその血はさすがに敬遠したかった。


 とまれ、クリーンはそんな士気の低下を考慮して、ついにジージへと撤退の相談をした。


「ジージ様、どういたしましょうか。やはり、ここでいったん引き返しますか?」

「はあ。やれやれ……それも妥当じゃろうが、はてさて今度は素直に帰してくれるかどうかじゃのう」

「このままではジリ貧です」

「うむ。そうじゃな。ならば、ここで方角を変えて、王国北東にある峡谷を目指すべきじゃろうか。たしかあの辺りには小さな村があったはずじゃ。悔しいが、そちらに退避すべきやもしれん」

「何でしたら、最北の城塞にいるはずの聖騎士団にも応援を求めましょうか?」

「うむ。英雄へーロスらとも合流すべきじゃな。正直なところ、今回ばかりは功を焦って敵を侮っていたよ。わしの判断ミスじゃ。すまんことをした」


 そんなふうに巴術士ジージが頭を下げてきたので、クリーンも「私も進言が遅れました」と謝って、結局、進路を北東から北西に切り変えた。


 だが、そこから一日ほど進んだあたりで、意外なことに女聖騎士キャトルと狙撃手トゥレスにばったりと出くわした。ジージが虫系の魔族たちを焼き払っているところをトゥレスが斥候系スキルで感知したのだ。


「ジージ様ではありませんか!」


 女聖騎士キャトルが驚きつつも、砂丘を走って近づこうとすると、


「待て。そこで止まるのじゃ」


 ジージは杖先をキャトルたちに向けて警戒した。


 泥竜ピュトンなどが認識阻害で化けている可能性を疑ったのだ。


 だが、トゥレスが秘宝の欠片のペンダントを首から下げていて、さらにキャトルが意外なものと共にいたことですぐに本物だと分かった――それは一匹のヤモリである。


 どうやらキャトルが「かわいい」とつんつんしていたヤモリが鎧の中に紛れて、一緒について来たようなのだ。今ではキャトルの胸もとが定位置でぬくぬくしているらしい。


 しかも、二人から詳しく話を聞くと、ここまで無事に来られたのもそのヤモリのおかげとのこと――どうやら、魔族はともかく、魔物モンスターの方はヤモリの存在を察知すると、すぐさま逃げ出していったそうなのだ。


「ただ、クリーン様たちが戦ってきたほどの敵の量には、私たちはまだ遭遇しておりません」


 女聖騎士キャトルがそう補足すると、狙撃手トゥレスも説明を加えた。


「峡谷の寒村で欺瞞工作を仕掛けられたので、敵もそちらのルートからは警戒して入ってこないものと想定したのかもしれません。そういう意味では、聖女とご老公のルートが本命だったのでしょう」

「となると、わしらと合流した以上、おぬしらもこれからは苦労することになるぞ」


 巴術士ジージが長い顎髭に手をやりながら、やれやれと肩をすくめてみせると、早速大量の虫系の魔族がまた襲ってきた。


 その瞬間、女聖騎士キャトルは聖盾を取り出し、狙撃手トゥレスはその背後に回って弓を構えた。


 第二聖女クリーンは法術で全員に身体強化バフをかけて、神殿の騎士たちがキャトル同様に堅牢な守備陣形を敷いている間に、ジージが高火力魔術の呪詞を謡い始める。


 聖女パーティーの二人が加わっただけで、ずいぶんと戦いも様になってきて、これならいけるかもしれないと四人が思った――


 直後だ。


「キュイ!」


 ヤモリがそう短く鳴くと、大量の石礫と土槍があっという間に敵たちを壊滅していった。


 これにはジージもさすがに目を丸くして驚いたが、どうやら土魔法が得意なヤモリにとって砂漠はとても相性の良い地形フィールドのようだった。


 皆も心強い援軍に「ほっ」と胸を撫でおろしたわけだが、それでもまだ水と食料の問題が残っていた。狙撃手トゥレスもアイテム袋にはそれほど入れてきてはおらず、このままではやはり行軍は難しいとクリーンも判断して、神殿の騎士たちだけでも峡谷の寒村へと一時撤退するように指示を出した。


「そんな殺生です!」

「クリーン様の汗一粒が塩となり、水となります!」

「な、何でしたら……聖水・・をご褒美として一滴だけでもいただけましたら喜んで特攻いたしましょう!」

「我々の持っている水と食料は全てクリーン様に差し上げます。当然、この命も、想いも、何もかも捧げますぞおおお!」


 そんな騎士たちの暑苦しい想いに、クリーンの片頬が引きつったのは言うまでもない。


 もっとも、敵はどうやら撤退すらも簡単には許してくれなさそうだ。虫系の魔族に加えて、さらに蝗害を思わせるレベルで大量の魔物モンスターが遠目にも分かるほどに迫って来た。


 ヤモリの鋭い眼光でも怯まないところを見ると、どうやら敵も本気のようで、今度の群れの中にはよほどの大物が混じっているらしい――


「さて、ここからが正念場じゃな」


 巴術士ジージは杖を構えて、女聖騎士キャトルと神殿の騎士たちが守備陣形を敷く中で、その大物とやらを見定めようとした。


 こうして東の魔族領にて一大決戦が始まろうとしていたのだ。

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