第130話 バーバルは溺死する(勇者サイド:18)
ご、ぼぼ、ぼぼぼぼ――
と、バーバルは海中で気泡を吐きながら
思えばろくでもない人生だったなと、バーバルは振り返った。セロやモタと組んで、試行錯誤で
というか、大神殿で聖剣を抜いてからは最早、後悔しかなかった。実際に、地に足が付いていないような
熱血の勇者という二つ名と共に、バーバルの人生で最も絶頂の瞬間を迎えたはずだったが、得てしてそういうときこそ、自分を見失いがちになるものだ。
しかも、バーバルが失ったのは己だけではなかった。大切な親友も、仲間も、全て手放してしまった。
おかげでこの
はてさて、セロやモタは今頃、何をしているだろうか――
そんなふうにして海と記憶の底へと沈みながら走馬灯を見ていたわけだが、バーバルはふいに「ん?」と首を傾げた。
バーバルは泳げない。だから、海中にいる今、呼吸がろくに出来ずに溺れていくだけなのだが……なぜか苦しくもなんともなかった。
まあ、それもそうだろう。今ではバーバルも不死性を持つ魔族になったのだ。
魔族は魔核を物理的に潰されなければ消滅しない。逆に言うと、呼吸困難で血中酸素濃度が低下して、その肉体が機能障害を起こしたとしても、
もっとも、『亡者が生きている』とするのは哲学的かつ物理学的な実在として果たしてどうなのかという記述的問題があるにはあるのだが……
何にせよ、バーバルは
もっとも、そうはいってもバーバルは今、何も出来ずにただ、ただ、海底へと沈みつつある状況だ。
大陸内部の街で育って、ろくに川遊びをせずに
こうなったらいっそ海底を歩いて、陸地まで戻ってやるか。
それとも、沈んでいるうちに何とか我流で泳ぎをマスターしてしまうか。
バーバルは「うーむ」と呻りながら、いまだに「ご、ぼぼ、ぼぼぼぼ」と無力に沈んでいったのだった。
話は数時間前に遡る――
黒服少女の神官ことセラは、「ふんす」と鼻息荒く、「完成しました」と言い切って胸を張ってみせた。
そもそも、これまでバーバルに改造手術を施してきた黒服の神官たちがごっそりと研究棟からいなくなっていた。
バーバルのことを「いっそどこで壊れるか試したいぐらいだ」とまで言い切った
そのおかげで、バーバルの施術をセラが一人で代行することになった。
ただ、セラは本来、術後のバーバルをケアするセラピストみたいな存在だったはずだ。
それなのに実験室に入ってきて、いかにも怪しげな円錐形に尖った
その結果――
「さあ、これでどうですか? 中々、かっこいいじゃないですか」
と言って、巣から取ってきた翼を九枚も付けたときには、バーバルもさすがに項垂れるしかなかった。
「おい、セラ……奇数枚の翼でどうやって空中で安定しろというんだ?」
「貴方は左手が長いので、こうして重心を調整しなくてはいけないのです。奇数枚を付けたのは決してケアレスミスでも、格好良さを求めたからでも、何となく付けたかったからでもありません」
「ほう。では、俺の後頭部にも翼が付いているのはなぜだ?」
「何だか新種の魔族っぽくてよろしいのではないですか?」
「それじゃあ、俺の背中だけでなく、胸にも一枚余計に付いているのはなぜなんだ?」
「あ、しまった……ではなく、ええと、そのですね、それこそが重心を安定させる為のものなのです。とても重要なのです」
「しれっと嘘をつくな。そもそも、俺の意識で動かすことが出来んぞ」
「あれれ?
「そもそも、九枚のうち一枚も羽ばたかせることが出来ん」
「科学の進歩、発展に犠牲はつきものです。もう一回、施術してみましょうか」
「…………」
バーバルは天を仰いだ。
セラが狂信者たちの施術に加われずに、バーバルの目付け役を任された理由が分かった気がした。
さりとて、バーバルも『飛行』する為の改造手術を受けることに同意したのだ。その為にわざわざ大陸南東の果てまで行って、鳥葬にされた有翼族からまだ使えそうな翼を漁ってきた。
今さらその努力を無に帰すわけにもいかなかったので、バーバルは仕方なくセラが施術を行うことに合意した。
こうなると最早、一種のギャンブラーみたいなものである。当たるまでベットをし続けるわけだが、かといってそう簡単に成功するはずもない。
結局、何日間か試行錯誤を繰り返して、とりあえず見目はずいぶんと良くなって、羽ばたくこともやっと出来て、「これなら大丈夫デース」とセラも太鼓判を押したので……高度から陸地に叩きつけられるよりは海の方がまだマシだろうということで大陸南西で島嶼国が見える沿岸まで来たわけだが――
「こんなことになるなら、泳ぎの一つでも覚えておけばよかった」
と、バーバルはまた海中で気泡を立てた。
バーバルは耳に水が入るのが嫌だったので、小さな頃から川遊びには積極的に加わらなかった。しかも、幼馴染のセロなど、「魚人の生まれ代わりか」と無駄に称えられたのでますます意固地になってしまった。
何にしても、後悔先に立たずだ――
勇者のときの振舞いも、こうして泳げないことも、全ては後になって枷として帰ってくるものなのだなと、バーバルはつくづく実感していた。
もうセラに会うこともないだろうが、海底を歩いて大陸まで戻れたなら、あまり怒らずにいてやろうと、バーバルはそんな殊勝なことを考え始めた。
そのときだ。
急にバーバルの体が浮き上がった。
そして、あっという間に海面まで出ると、ぽーんと宙に放たれたのだ。
もっとも、バーバルはやはり泳げないので、結局、海中に戻ってじたばたするしかなかった。すると、そんなバーバルの体をまた支えるかのようにして、
「おい、暴れんな」
「き、貴様は……誰だ?」
「ああん? 俺様のことを知らねえって、このへんの
「もしや……魚人か?」
やっと落ち着いたバーバルはその魚人をまじまじと見た。
体全体が魚鱗に覆われて、かなりの大きさを誇っている――実際にバーバルの十倍ほどもある巨躯だ。頭部は鮫なので、一見すると
ただ、格子に点を組み合わせた独特な魔紋が体全体に広がっているので、バーバルもすぐに魚人系の魔族だと分かった。しかも、放出している魔力量からすると相当な強さだ。金槌であることを差し引いても、今のバーバルでは勝ち目が薄い。
そんな鮫の魚系魔人がバーバルを片手で掴んで言ってきた。
「俺様はジンベイ。
こうして
―――――
空に海にと、セロよりもよほどバーバルの方が冒険している気がします。次話でバーバルの海編は終了です。第三部に出てくる島嶼国の触りと、クラーケンとジンベイの顔見せ回みたいなものですね。
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