第126話 最終ダンジョンにリフォーム(前編)
シュペル・ヴァンディス侯爵が誇りと共に自慢の金髪まで全て失い、さらにはドワーフたちが
セロは「うーん」と首を傾げていた。
さながらルーシーの如く、首を見事に九十度とまではいかないものの、最近は毎朝、ダークエルフの双子ことドゥと一緒に『新しい朝が来た体操』をしているおかげでずいぶんと体も柔らかくなってきている。
そんなセロだからこそ、思考も柔軟にしておきたいなと思っていたわけだが……はてさて魔族が特殊なのか、それとも魔王の周りにはたまたま可笑しな連中が集まってくるのか。何にしても、セロは「どこで間違ってしまったのか」と嘆いていた。
「たしか、最初は――」
セロはすぐに
見た目からして、頭に釘が刺さっていたり、肌が継ぎ接ぎだらけだったりと、ちょっとばかし見た目があれではあったが、元第六魔王で人族を殲滅しかけた過去もあるせいか、その思考も行動もやっぱり
まあ、あれというなら、ダークエルフの近衛長エークと人狼の執事アジーンもよっぽど性癖的にあれなので、そんな二人のあれに対する
もっとも、そんなあれな状況は――ドルイドのヌフが仲間に加わったあたりでやや方向性がおかしくなっていった。
「何だか……覗かれている?」
セロはどこからか監視されているような怖気をたまに感じるようになったのだ。
ヌフは迷いの森の封印を司っているだけあって、認識阻害や封印といった闇魔術に長けていた。そもそも、出会ってすぐにエークとの会話をこっそり間諜したほどだ。セロが気づけないレベルで仕掛けてくることも十分に可能だった。
だから、やはり認識阻害などに詳しいルーシーにものはためしと相談してみたら、
「な、な、な、何を言っているのだ、セロにょ」
ルーシーにしては珍しく動揺した。
これはいかにもおかしいとセロは考えて、そのとき色々とツッコミを入れてみたわけだが、セロの奮闘も虚しく、ルーシーに難なくいなされてしまった。こういう口論ではセロは
最近はそんなルーシーやヌフがよりにもよってエメスとよく井戸端会議をしている。距離を置いていても、かなり怪しげな雰囲気が伝わってくるのだが……まあ、ダークエルフの双子ことディンが加わっているのがせめてもの救いだろうか。
はてさて、いったいどんな話をしていることやらと、セロも気にはなっていたのだが、ガールズトークに突っ込んでいく度胸はさすがに持ち合わせていない。ただ、廊下を歩いていたときに、たまたまその会話の一端が耳に入ってきたときがあった――
「――をもう少し増やしてみてはどうだ?
「当方はふくらはぎがいいです」
「私は腰回りが……」
「おや、肩甲骨が翼の名残であると知らないとは、無知な者どもですね。
何だか、それぞれの
もっとも、セロにも思い当たるふしがあった。
第六魔王国の魔王城は王国の王城よりもよほど年季を感じさせる古風な山城で、そんな厳かな雰囲気が元神官のセロのお気に入りでもあったわけだが、ここ数日ほど、そんな古き良き内観に似つかわしくない設備を所々で見かけるようになったのだ。
「これは……いったい何なの?」
それらをちょうど廊下の角ごとに設置していたエメスに尋ねたら、
「
そういう答えだったので、セロも渋々と肯かざるを得なかった。
「ところで、僕の部屋にその装置が数十もあるのはなぜなのかな?」
「セロ様のもとに敵を侵入させるわけにはいきません。必要な措置なのです、
セロは不満げに唇をつんと突き出した。
もっとも、そばにいたディンが「それぐらいは当然ですよ」と、ふんすと鼻息荒く言ってきたので、セロもそういうものかと諦めるしかなかった……
後日、極秘の井戸端会議でセロの寝る前の姿絵が方々にバラ撒かれたのだが、セロはもちろん知る由もなかった。
そんなこんなで最近はセロの首も九十度以上に傾くことが多かったわけだが、おかしなことは魔王城内だけで起こっているわけではなかった。温泉宿泊施設が完成する前後あたりから、城外でもちらほらと見かけることが増えてきたのだ――
まず、ダークエルフたちの数がやけに多くなった。
当初は魔王城の改修とトマト畑の世話ぐらいで、セロの近衛をやってくれている精鋭たちを除いてもせいぜい二、三十人ほどが手伝いに来ていたのだが、最近は迷いの森に住んでいるほとんどが出稼ぎに来ているんじゃないかと見紛うほどになっていた。
ダークエルフは長寿の種族で、その数百年の生がよほど退屈だったのか、いわゆる長老格とされる者たちがセロに会うたびに感謝してくるものだから、むしろセロも良い傾向なのかもしれないなと洗脳されかけたわけだが、改修の現場でも、トマト畑でも、見かけなかったので、あるときセロはふいに、
「ところで、皆さんは何をやっているのですか?」
そう何気なく質問してみると、長老格の者たちはなぜか慌てて天気の話などをし始めた……
いかにも怪しかったので、セロはついに謁見の前日にドゥにも内緒でこっそりとダークエルフたちが何をやっているのかと探ってみたら、魔王城山中の地下通路をトンネル工事していることが分かった。
もっとも、これについてはセロも許可を出していたので何ら問題はなかった。実際に、聖女パーティーと宴会した翌日に、セロはこの通路から魔王城に戻っているぐらいだ。
その地下通路に改めて入ってみると、トマト畑同様に塹壕やトーチカが新設されていた。セロは「ふむん」と肯いた。まあ、これだって別に構わない。もし通路の隠し扉の認識阻害が解かれてしまったら、
「キュイ!」
「キイキイ!」
すると、ヤモリやコウモリたちがセロのもとに集まってきた。
どうやら裏山の洞窟やトマト畑に加えて、新しい
そんなヤモリやコウモリたちに案内されて、この通路がエメスの地下研究室だけでなく、トマト畑方面、土竜ゴライアス様のいる地底湖、さらには迷いの森の地下洞窟にまで繋がっていることを知らされると、セロもさすがに「ん?」と訝しんだ。
「まあ、利便性が高くなるからいいのかな」
と、セロは仕方なく、やれやれとため息をついた。
そもそも、この魔王城にしてみても、遠くの古井戸に通じる下水道がたくさんあるぐらいだ。セロとてそれらを全て把握はしていない。こうした地下通路の拡張ぐらいは大目に見るべきかなとセロもすぐに考え直した。
それにやはり浮遊する鉄板は何度乗っても感銘を受けた。
こうしてヤモリやコウモリたちに導かれて、やっとエメスとヌフの地下研究室にたどり着くと、そこは最早、かつての地下牢獄の姿など微塵も残されていなかった。
「…………」
その光景にセロはつい絶句した。
というのも、きわめて
どうやら以前にエメスが囚われていた広場は、現在ではエメスとヌフの共同執務室もとい司令室になったらしい。何を司令するのかはよく分からなかったが、ダークエルフの長老格の者たちだけでなく、吸血鬼の爵位持ちまでがちゃっかりと座ってきびきびと働いている。
そんな彼らの動揺というか、荒々しく飛び交う声がセロのもとに届いた――
「その後の
「地下通路を経由して進行中です!」
「どうやらヤモリやコウモリたちによって封印が解かれたようです。こちらの
「いえ! ジャミングから復旧! 映像回復しました! 目標……我々の眼前にいます!」
この人たちは何を遊んでいるのかなと、セロは遠い目をした……
「おや、セロ様。如何されましたか?
そんなセロに対して、エメスがしれっと尋ねてきた。司令室のてっぺんで机上に両手を組んで座っている。ちなみにヌフはすぐ隣に突っ立っている。
そんな司令室では百以上もの映像が巨大モニタに先ほどまで映っていた気がしたが、セロが来たとたん、ヌフの指示によってぷつんと切られた。
セロはさらに白々とした顔つきになったが、エメスがわざわざ急いで下りてきて、一通りの説明という名の釈明をしながら広い共同執務室を案内してくれたので、まあこれもこれでいいかなと思い直すことにした。セロは男の子なので、こういう司令室っぽいのにはやはり憧れるのだ。
とはいえ、それほどに現代的で軍事的な施設にもかかわらず、一か所だけ古き良きと言うべきか……いかにも古めかしい拷問室らしきものが残っていた。
「こんなの……前もあったっけ?」
「いえ、エークやアジーンに希望されたので作りました。何かしら罪を犯した者をここで拘留いたします。どちらかと言うと雰囲気重視ではあります、
そう説明されても、どう見ても重苦しそうな雰囲気しかない部屋だった……
X字型の磔台やアイアンメイデンまであってやけに生々しかったが、その磔台にこれまたしれっとエークが縛られていたことについて、セロは無視すべきかどうか迷った。
「ええと、エーク。いったい……何をしているのかな?」
「ご褒美……ではなかった。いわゆる、そうですね……食後の瞑想のようなものです」
「そ、そうか。瞑想だったのか」
「はい。宗教上の理由なのであまりお気になさらずに」
「…………」
そんな返答を受けて、セロはエメスやヌフの
―――――
地下牢獄もとい司令室ですが、エヴァとかロボットものでお馴染みのあんな感じをイメージしていただけると助かります。エメスとヌフのポージングもまんま碇ゲンド――(略)
それと警察小説やサスペンスが好きな方はすぐに気づいたかと思いますが、対象自動読取装置ことSシステムはもちろん道路上に設置されている自動車ナンバー自動読取装置ことNシステムを参考にしています。
ナンバーを撮影するからエヌ。逆に作中ではとある
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