第124話 外交上の敗北(秘湯サイド:05)

 女聖騎士キャトルと狙撃手トゥレスが王女プリムたちの聞き込み調査を始め、また第二聖女クリーンと巴術士ジージが東の魔族領に侵入する準備をしていた頃――


 第六魔王国を訪問していた面々は、温泉宿泊施設の宴会場で目覚めて、二日酔いを法術などで何とか打ち消し、出された朝食を取ってから、第六魔王こと愚者セロとの謁見の時間が来るまで、それぞれ思い思いに時間を潰していた。


 その謁見には、ドワーフからは代表のオッタ含めて三人、また王国からはシュペル・ヴァンディス侯爵を筆頭に、ヒトウスキー伯爵、聖騎士団長モーレツに加えて、英雄ヘーロスやモンクのパーンチも随伴する予定となっていた。


 実のところ、当初はヘーロスも、パーンチも、謁見するつもりは全くなかったのだが、シュペルから「もし誰か暴走する者がいたら羽交い絞めにしてでも止めてほしい」と、暗にヒトウスキー対策を頼まれたので、渋々と参加することになった次第だ。


 何にしても、第六魔王セロとの謁見は昼の会食よりほんの少し前に設定されていたので、朝飯を食べた時点ではまだかなり時間が空いていた。


 ドワーフたちは酒盛りでもして時間を潰したかったのだが、さすがに今回ばかりは酔うわけにもいかないので、昨日の続きとばかりに聖騎士たちを誘って、野外で訓練を始めた。


 団長モーレツだけでなく、英雄ヘーロスやモンクのパーンチもその特訓に加わって、外交という畑違いのプレッシャーに対して、己の肉体を鍛え上げることで鼓舞しようとしたわけだ。


 その一方で、最も外交に慣れているはずのシュペルはというと、昨晩赤湯に入って回復しかけた円形脱毛症にいまだ悩まされていた。


 今回はどういう訳か、『火の国』の外交使節団と一緒に第六魔王セロと謁見する事態になってしまった。ヒトウスキー伯爵だけでも不確定要素があるというのに、常時酔っ払いの筋肉馬鹿ドワーフたちまでその場にいるのだ。どう考えてもろくな展開になりそうになかった……


「本当に……嫌な予感しかしないな」


 シュペルは気づいたら頭を掻きむしっていた。


 さっきから髪の毛がぽろぽろと落ちてくる。ヴァンディス家は家系的に全員、ふっさふさの金髪を誇ってきたこともあって、さすがに平静でいられなかった。


 だから、シュペルは仕方なく、たまたまそばを通りかかったモタに頼んで、呼び出しがかかるまで、魔術による『睡眠』をかけてもらうことにした。


 そもそも、空き時間なぞがあるから悩むのだ。寝ていれば髪の毛も落ちずに済むだろう――とシュペルはモタにその身を任せた。


「あ、やべ。『眠』をかけちった」


 モタはついドジをして慌てたが、まあ寝かせつければどっちでも変わらないかと考えて、


「あなたは赤ちゃん。ばぶーと言いなさい」

「ばぶー」

「よろしい。では、おねんねの時間でちゅよー」

「ばぶぶぶ……」


 シュペルはこうして深い催眠にかかって、無駄に亡き母の温もりを感じながらも、安心して眠りにつくことが出来た。


 ちなみに、今回の訪問団の中ではヒトウスキー伯爵だけがいつもと変わらないペースで朝湯を堪能して、朝食もしっかりと食べて、また屍喰鬼グールになった家人たちと昔話も楽しんで、さらにそこにモタも加わって、若かりし頃の様々な依頼クエストなんかも語り合って、しまいには宿外に出て英雄ヘーロスやモンクのパーンチに稽古までつけてあげた。ここらへんはさすがに大物の貫禄である。


 そうこうしているうちに、夢魔サキュバスの外交官ことリリンが宿の前にやって来て、「そろそろ謁見の時間になります。皆様、出発の準備をお願いします」と伝えてきた。


 温泉宿泊施設から魔王城に案内するのは、そのリリンと大将もとい人狼の執事アジーンの二人だけのようだ。


 もともと屋外で訓練していたこともあって、ドワーフたち三人、さらにヒトウスキー伯爵、団長モーレツ、英雄ヘーロスやモンクのパーンチとすぐに揃ったわけだが……なぜか肝心のシュペルが宿からなかなか出て来ない。


「珍しい。まだ眠っているのでおじゃるか?」


 ヒトウスキーがそう声を上げると、よりにもよってシュペルは四つん這いになって宿から進み出てきた。


「ばぶー」

「…………」


 リリンはすぐにモタを睨んだ。


 短い付き合いだが、こういう厄介ごとは大抵モタのせいだと相場が決まっている。


 そのモタはというと、下手糞な口笛を吹いてごまかそうとしていた。そんなわけで、催眠にかかる前のシュペルの遺言・・通りに、モタはパーンチに羽交い絞めにされて、セロの前に連行されることになった。


 シュペルに関しては、モタが暴発してかけてしまった状態異常ということで、聖騎士たちの法術では解けなかったので、魔王城にいるドルイドのヌフに頼むしかなく、仕方がないのでヘーロスが背中におぶっている有様だ。


 こうした些細なトラブルはあったものの、訪問団はとりあえず溶岩マグマの坂下にすぐ到着した。


 まさかこの溶岩の中を駆け上がっていくなんてことはないよなと、各人が互いに顔を見合わせていたら、リリンは岩山の一部にかかっていた認識阻害を解いてみせた。そこには地下通路に繋がる魔紋付きの鉄扉があった。


 その扉から中に入ると、意外と広い坑道が続いていた。もっとも、団長モーレツはというと、気が気でなかった……


 ドワーフたちの『火の国』は第六魔王国との同盟を望んでいるだろうからまだいいのかもしれないが、少なくとも王国は中立、いや下手をしたら敵国に当たる。こんな秘密の抜け道みたいなものを教えてもいいのかと、モーレツが驚いていると、


「キイ」

「キュイ」


 と、鳴き声が聞こえた。


 コウモリとヤモリだ。トマト畑と同様に通路の端が塹壕になっていたり、各所に小さなトーチカが設置されたりしている。


 おかげでモーレツはすぐに悟った。こんな通路で土魔術が得意なヤモリと、音波による範囲攻撃が可能なコウモリに襲われたらひとたまりもない。


 おそらくこれは第六魔王国による示威行為デモンストレーションでもあるのだ。もしこの坑道から攻め入ったとしても、超越種直系の魔物モンスターたちが相手をするのだぞ、と。


 モーレツは思わず唾を飲み込んで、何事か相談したいとシュペルの方にちらりと視線をやった。


「おぎゃあおぎゃあ」

「…………」


 シュペルは魔物たちを見て泣いていた。


 王国はもうダメかもしれないと、モーレツは悟るしかなかった。


 そうこうするうちに、訪問団は不思議な鉄板に乗せられた。直後、鉄板が斜めに上昇した。コウモリたちが持ちあげているわけではない。どうやら魔力マナを動力にして浮遊しているようだ。


 これは人造人間フランケンシュタインエメスが作って、『エレベーター』と名付けられたもので、人族にとってはとうに失われてしまった古の技術による物だったわけだが――モーレツは当然、これにも呆然自失するしかなかった。


 まるで吟遊詩人の歌などに出てくる空飛ぶ絨毯のようだ。こんなものが戦場に出てきたら、それこそ絨毯爆撃で地上にいる騎士や兵士たちはなすすべもなく、あっけなく崩壊させられてしまうだろう。


「何ということだ……戦争のやり方が根本的に変わるかもしれない」


 モーレツは眩暈を覚えながらも、何とかその思いを共有したいとシュペルを見つめた。


「あ、ちくしょう。おしっこ漏らしやがった」

「…………」


 英雄ヘーロスが「こりゃあ、おしめしなくちゃだな」と嘆いた。


 モーレツはそんな光景を目の当たりにして、尿道の決壊もとい、王国の崩壊をまじまじと見たような気がした。


 こうして、訪問団が山頂にあっという間に着くと――


「おや?」


 意外なことに、そこには何もなかった。


 いや、それは正確ではない。溶岩の坂上には露天風呂の簡易施設だけがあった。


 もっとも、団長モーレツは忸怩たる思いに駆られた。たとえ大量の兵が攻め込んできたとしても、第六魔王セロはこの露天風呂に入って、ぬくぬくと戦況を眺めているだけといった光景がありありと浮かんできたからだ。


 魔王城前の坂道に設置されていることから、他国からの攻撃など、ものともしないと見下しているも同然の傲慢に過ぎる施設だった。


 ちなみに、この露天風呂があくまで女性専用で、セロが坂下で戦っている姿を「女性陣はここからリラックスして見ていればいいだけ」とエメスが言い切ったことをモーレツは当然のことながら知らない……


 それはさておき、モーレツが「魔王城はいったいどこにあるのだ?」と呟いて周囲を見渡していると、ふいに上空から轟々と音がした。


 何と、巨大なゴーレムが火を噴出するリュックのようなものを背負って宙から下りてきたのだ。その体躯はジョーズグリズリーほどあるだろうか。鉄と岩と凶悪な魔獣モンスターとの合成獣キメラのようなゴーレムで、モーレツですらその強さは計れなかった。


 もっとも、その右肩のあたりには『かかし MarkⅡ』と刻まれていたわけだが、果たしてかかし要素がどこにあるのかと、目撃した者は首を傾げるしかなかった。


 だが、その巨大ゴーレムこと『かかし MarkⅡ』が皆の前に着地すると、お腹のあたりのハッチが開いて、そこからダークエルフの双子ことディンとドゥが慌てて飛び出してきた。


「すいません! 面白くて遊びすぎちゃいました!」

「……ました」


 そんなふうにして外交官のリリンと執事のアジーンに謝った二人は、第六魔王城にかかっていた高度な封印を触媒であるセロの補助武器たるメイスを使ってすぐに解いてみせた。


 直後だ。


 古風な城が浮遊城となって宙に毅然としてあって、それが巨大ゴーレム同様に山頂へとゆっくりと下りてきたのだ。


 ……

 …………

 ……………………


 訪問団は全員が呆然となった。


 ヒトウスキー伯爵ですらもぽかんと口を大きく開けていた。


 唯一、シュペルだけが「きゃっきゃ」と、英雄ヘーロスの頭を叩いて喜んでいた。団長のモーレツはそんな情けない姿にもう泣きたくなった……


 また、モンクのパーンチも驚きのあまり、モタの羽交い絞めをやや緩めてしまったが、そのモタとて逃げることはせずに、「嘘でしょ……」と顎が外れかけていた。


 それほどに第六魔王城が浮遊するさまは、その場にいた全員に衝撃を与えたわけだ。


 何にしても、山頂に着地した魔王城の大きな両開きの鉄門がゆっくりと開いて、堀に跳ね橋がかかったところで、リリンは訪問団全員を見渡した。


「それでは大変お待たせしました。第六魔王こと愚者セロ様との謁見の時間になります」


 これだけのものを見せつけられて、果たして本当に謁見する必要などあるのかどうか、モーレツは猛烈に思い悩んでいた。


 最早、王国は第六魔王セロの足もとに口づけしてでも恭順の意を示す以外にないのではないか……


 そもそも肝心のシュペルがばぶーだし……


 モーレツは両手でつい頭を抱えそうになりながらも、第六魔王城の城内へと歩むしかなかったのだった。




―――――


いつの間に魔王城がこんな仕様になったのかについては、後ほどのエピソードとして語られますのでお待ちください。

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