第121話 パーティーは捕捉する(聖女サイド:17)

 時間は少しだけ遡る。第二聖女クリーンが王城に向かう前のことだ――


 クリーンはいったん大神殿に立ち寄って、第一聖女アネストから不穏な話を聞いて、神殿の騎士を二人だけ借りた。


 そして、王城に赴こうと大神殿の正門から出ようとしたところで首を傾げた。


「あら、あそこにいるのは……アネストお姉様……?」


 さっきまで神殿騎士団の詰め所にいたはずのアネストがなぜか反対方向からクリーンのもとへとやって来たのだ。


 クリーンたちを追い越してはいないはずなので、さすがにクリーンも訝しんだ。


 同時に、巴術士ジージから「くれぐれも注意するのじゃ」と言われていたことを思い出した。まさか王城内ではなく、こんなふうに大神殿の門前で白昼堂々と仕掛けてくるとは……


 クリーンがアイテムボックスから聖杖を取り出して、背後の騎士たち二人に警戒するように注意すると――


 その機先を削ぐかのように、横合いから飄々とした声が上がった。


「ほっほ。同門の者から見て、あそこにいるのが第一聖女だと騙されるということは、わしの巴術もまだまだ落ちぶれてはおらんということじゃのう」


 そう声をかけてきたのは、巴術士ジージだった。


 しかも、次の瞬間、アネストだった者は黒いもやに変じていた。偽物ダミーだったのだ。


 当然、クリーンは目を丸くして、聖杖をいったんしまい込むと、両頬を膨らませて、ぷんすかと巴術士ジージに迫った。


「ジージ様。こんなときにからかわないでください!」

「すまんな。じゃが、これにてわしのやりたいことは、だいたい察してくれたのではないか?」


 巴術士ジージが眼光鋭く、クリーンの身につけていたミサンガに視線をやると、クリーンは思わず、「まさか」と口もとに手を当てた。


「しかし、現王にバレたら不敬罪に当たりますよ。ただでは済みません」

「なあに、そのときはわしが代わりに怒られてやるわい。どのみち第六魔王国に行こうと思っていたのじゃ。身分剥奪でも、追放でも、かえって幾らでも受けやるぞ」

「ジージ様はそこまで王国は腐っていると思われているのですか?」

「逆に、王女プリムの件があっても、そこまで王国を信じていられるとは、さすがは聖職者と言うべきかのう」

「たしかに……そうかもしれませんね。返す言葉もございません」


 クリーンは渋々と同意せざるを得なかった。


 こうして本物と偽物はミサンガにて区別して、クリーンは巴術士ジージの認識阻害によって、付き添いの神殿の騎士の一人になりすまして王城に入った。


 大神殿からは二人しか借り受けていないのに、三人も付き従っていたのはこういう仕組みだったわけだ。


 結果、見事に現王も泥の竜ピュトンも騙してみせた。その二人からしてみても、クリーンを欺いているという優越感からか、逆に欺かれていることに気づくことが出来なかった。巴術士ジージはそんな敵の心理を見事に突いてみせたのである――


 今や、本物のクリーンは現王の前に躍り出て啖呵を切っていた。


「お返事いたします。現王よ。自浄の時間です。王国民の安寧の為にも退位ください」


 本来なら現王を守るべき近衛騎士たちも、御前に進み出て盾にはなろうとせずに、どこか遠巻きにして青ざめていた。


 まさか現王が魔族と通じているとは信じられなかったし、さらには王国の忠臣や子供たちまで手をかけてきたと自白したことについては、寝耳に水以外の何物でもなかった……


 そんなふうに皆が呆然とする中で、巴術士ジージは冷静に前へと進み出た。


「久しぶりじゃのう、現王よ。お主がまだ小便臭かったちびすけだった頃以来じゃろうか」

「黙れ! 権謀術数に長けた化け物爺が!」

「ほっほ。ひどい言われようじゃな。たしかにわしは七十年ほど、そこの化け物ピュトンを捕まえる為に幾人かの王のそばに控えてどんな手でも使ってきた。わしのせいで不幸になった貴族も多いじゃろうな。その謗りは甘んじて受けようぞ」

「ふん! 今さらそんな骨董品が何をしに出てきたというのだ」

「過去を清算する為じゃよ。そして、未来に繋ぐ為じゃ」


 直後だ。


 巴術士ジージは杖を取り出すと、一瞬で泥竜ピュトンとの距離を詰めた。


 棒術で突きの連撃を繰り出すと、ピュトンは防戦一方になった。だが、爛れて泥のようになっているピュトンの肉体にはどうやら物理攻撃は効きづらいようだ。


 もっとも、ジージとて百年前にピュトンとはやり合っていたのでそのぐらいよく知っていた。突きを繰り出したのはあくまでも時間稼ぎに過ぎない。


 その激しい動きの最中に祝詞と呪詞を並列に謡いながら、ジージは『聖なる雨セイクリッドレイン』を放った。


 この合成術は、法術の『光の雨ホーリーレイン』に風魔術を掛け合わせたもので、ただ降り注ぐだけではなく、対象を指定して光と風によるダメージを与え続ける特級の術式だ。セロの『隕石メテオフレイム』同様、神話級のもので、激しい動きをしながら唱えられる代物ではない。


 だが、ジージは涼しい顔をして難なくやってのけた。御年百二十歳にして、王国最強と謳われるのは伊達ではない。


 これにはさすがに分が悪いと、泥竜ピュトンもすぐさま判断したのか、


「はん! 昔よりもさらに強くなっているとは厄介なものだね」


 不死性を持たないがゆえに、その生の間に大きく成長する人族を少しだけ羨みつつも――泥竜ピュトンは即座にこの場から離れて、玉座に無防備で突っ立っていた現王に巻き付くと、そのまま体を引きずって宙に上がった。そして、玉座の間の天窓を無理やり壊してみせる。


「まあ、いいわ。人族には寿命がある。貴方が死ぬまで、せいぜいどこかでくつろがせてもらうとするわ」


 そう言い放って、泥竜ピュトンは現王をぽいとジージたちのもとに投げつけると、空を飛んで逃げて行った。


 本来なら王都の宙には魔族に対して幾重もの術式による防衛機能が施されているはずなのだが、それらは全く作動することがなかった。それほどに泥竜ピュトンは長い時間をかけて王都を無力化してきたわけだ。


 何にせよ、近衛騎士団長は現王の体を何とかその身で受け止めた。


 とはいえ、現王にどう対応すべきか少々困惑しているようだった。王国の近衛は王族を守る為だけに存在している。だが、果たしてこの現王は守るに値するのかどうかと、実直なだけに自問自答しているふうに見えた。


 だから、巴術士ジージが『睡眠』によって現王の意識をあっけなく奪うと、


「しばらくは部屋で寝かせておけ。体調不良とでも発表するといい。宰相ゴーガンの件も含めて、全ての責任はわしが取る」


 そう詰め寄られて、近衛騎士団長はごくりと唾を飲み込んでからやっと首肯した。


 さすがに長らく王城に仕えていただけあって、巴術士ジージは百戦錬磨と言ってよかった。団長からすれば、まだ青臭い騎士だった頃に、当時の王のそばに控えていた殿上人こそジージだった。その静かな気迫と威圧感は今も忘れていない。


「それよりも、聖女殿よ?」

「はい、何でしょうか。ジージ様?」

「上手くやってくれたか?」

「もちろんです。今も『追跡』しています」


 そう。クリーンはかつてセロに付けた『追跡』の法術をこっそりと泥竜ピュトンにも放っていた。


 第五魔王国の本丸である神殿の遺跡群はかつてのように堂々と晒されてはいない。今は泥竜ピュトンによる認識阻害と封印によって多重にも隠されている。


 一度だけ行ったことのある巴術士ジージでさえも、ただでさえ飛砂がひどくて、方向感覚がズレがちな砂漠とあって、そこにさらに認識阻害などをかけられるとさすがにお手上げだった。


「やはり東の魔族領に入りそうですね。それもやや北東寄りに移動しています」

「ほんに長かった……百年じゃよ」

「はい」

「虫など何匹叩いてもすぐに湧いてくる。巣ごと駆除せねばならん」


 巴術士ジージはそう言って、第六魔王国に赴任する前に最後の大仕事を仕上げようと、クリーンと共に東の魔族領に旅立つ準備を始めた。


 もちろん、聖女パーティーに招集をかけようと、王国北の拠点と第六魔王国にそれぞれ伝書鳩を放ったのだが、北の拠点ではすでに女聖騎士キャトルと狙撃手トゥレスが王女プリム探索の為に折悪しく出かけたばかりですれ違いになってしまった……


 また、第六魔王国に入った伝書鳩も、北の街道のコウモリたちに、「キュイ?」と何気ない視線を向けられたとたん、「ピイイー!」と涙ながらに逃げ帰ってきた……


 こうして聖女パーティーとは言いながら、王都方面から東の魔族領に踏み入ったのはクリーンとジージの二人きりになってしまったわけだが――偶然というのは恐ろしいもので、聖女パーティーはそれぞれの思惑を超えて、なぜかの地にて全員が集結することになるのだった。




―――――


女聖騎士キャトル「やっと出番のようですよ」

狙撃手トゥレス「出番などなくてもいいのだが……」


というわけで、次話で久しぶりに二人の登場です。ちょっとしたミステリ仕立てになっています。よろしくお願いいたします。

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