第119話 パーティーは騙される(聖女サイド:15)

 第六魔王国で英雄ヘーロスやモンクのパーンチ、あるいはシュペル・ヴァンディス侯爵や聖騎士団長モーレツたちが『火の国』のドワーフたちと無駄に対峙していた頃合いだ――


 第二聖女クリーンは王国北部の各拠点の転送陣を利用して、巴術士ジージと共に半日も経たずに、王都に戻ってきていた。


 よく慣れ親しんだ光景を目の当たりにしたせいか、クリーンは、「ほっ」と一息つくも、王都の様子が出発前とずいぶんと違うことにすぐ気づいた。


 もっとも、第七魔王こと不死王リッチを倒す際に一時的に戻って来てはいたのだが、あのときは大神殿内の研究棟の地下から出なかったので、地上をうかがうことは出来なかった。


 今の王都は各騎士団が出払って、北方の拠点に駐屯しているせいか、警備がずいぶんと手薄になっている上に、戦時下ということもあってピリピリしている。


 冒険者たちが自警団を買ってでて、王国民もそれぞれ短剣ナイフなどを携帯して歩いている。第六魔王国との戦争以外にも、王女プリムが逃亡したとみなす向きもあって、不安の影を落としているのかもしれない……


 そんな変化を肌で感じながらも、クリーンは巴術士ジージに尋ねた。


「ジージ様はこれからどうなさるのですか?」

「先日も話した通り、身辺整理後に第六魔王国に戻ろうかと思っておる」

「あの国にあえて滞在することで、モタと共に王国の尖兵となるおつもりなのでしょうか?」

「うむ。老い先短いわしにしはちょうどいい役目じゃ。それに第六魔王がセロ殿である間はモタにも早々悪いことはせんじゃろうて」


 もちろん、そんな尖兵になるつもりなどなかったし、第六魔王国に戻って人造人間フランケンシュタインエメスやドルイドのヌフが持っている知識を吸収したい一心でしかなかったわけだが……


 当然のことながら、クリーンはそんな大人げない御年百二十歳の心中など見抜けるはずもなかった。


 クリーンは王都の正門にて巴術士ジージと向き合った。


「では、私は現王に報告してまいります」

「王宮ではくれぐれも注意することじゃ。どこに何が潜んでおるか分からんからのう」

「はい、畏まりました」

「ああ、そうじゃ……危うく忘れるところじゃった。いかんのう。こうも年を取ると物忘れがひどくなる一方じゃよ」

「どうかなさったのですか?」

「不肖の弟子モタに頼まれておったのじゃ。こんな組み紐らしいのじゃが――」


 巴術士ジージはそう言って、外套のポケットからミサンガを取り出した。クリーンはそれを受け取って、「いったい、こんな物がどうかしたのでしょうか?」と尋ねると、


「モタがこれに似た物を王城のどこかで失くしてしまったそうじゃ。もし見つけたら拾ってやってほしい」

「もう捨てられてしまっているのではないでしょうか?」

「可能性は高い。じゃが、あやつにとって、ずいぶんと大切な物らしい」

「分かりました。一応、王城の家宰などに確認を取ってみましょう」

「手間をかけるの」


 こうして二人は別れて、クリーンは確認を忘れないようにと、もらったミサンガを左腕にきちんと巻いてからいったん大神殿に向かった。予備役として残っている神殿の騎士たちを幾人か護衛として借り受ける為だ。


 その詰め所に着くと、クリーンは意外な人物に出会った――第一聖女アネストだ。


「アネストお姉様。こんなところでお会いするなんて……」

「あらあら、うふふ。クリーンも無事で何よりですわ。もう第六魔王国から戻ったのですね?」

「はい。聖剣を無事奪還することが出来ました。その報告に一時帰国した次第です」

「おめでとうございます。さすがはクリーンです。わたくしスールとして誇り高いです」

「お言葉、ありがとうございます。それよりお姉様こそ、騎士団の詰め所にいらっしゃるなんて如何いたしましたか?」


 クリーンの懸念も、もっともなことだ。


 アネストは第一聖女なので、あくまで祭祀祭礼用のお飾りであって、クリーンのように魔王討伐の最前線に立つ身ではない。


 騎士団からは一定数の騎士が護衛として常に張り付いているはずなので、こうしてわざわざ詰め所にやって来ること自体が不可解なことだ。


 だが、クリーンは「ふむん」と顎に片手をやった。聖母の生き写しと称えられるアネストのことだから、もしかしたら騎士たちを労おうと慰問にでも訪れたのかもしれない……


 すると、アネストは意外にも不安そうな表情を浮かべてみせる。


「最近、どうも物騒なのです」

「物騒……ですか?」

「はい。誰かにいつも付きまとわれているような……いえ、考えすぎかもしれませんが」


 もしや王国で暗躍している者がアネストにまで手を伸ばし始めたのか……


 何にしても、アネストは護衛の増強を交渉する為に詰め所にやって来たものの、現状は騎士の多くが王国北部の拠点に出張ったままということもあって、その調整が難航しているようだった。


 クリーンはそんな騎士団から何とか二人・・だけ借り受け、アネストとも別れて、王城へと向かうことにした。


 セロを追放したときには小隊規模が付いてきたことを考えるといかにも心許ない状況だ。もっとも、王に謁見を求めるわけだから、そんなにぞろぞろと連れて歩くわけにもいかないし、城内ならば近衛もいるからと、クリーンも「はあ」とため息をつきつつ納得せざるを得なかった。


 巴術士ジージからもらったミサンガについつい、「どうかお守りください」と願掛けしてから王城へと赴く。


 その城内を進み、近衛に急な訪問の旨を伝えてから待合室にて小一時間――


 やっと呼び出しを受けて、神殿の騎士たちを連れて四人で玉座の間に入場すると、ぐったりと疲れが見える現王と、同じく幾分か頬がこけた宰相ゴーガンが待っていた。


 クリーンは簡単に会釈だけして、まずは聖剣奪還の報告を済ませた。


「よくぞやってくれた、第二聖女クリーンよ」

「ありがたきお言葉です」


 クリーンはそう応じてから、「こほん」とわざとらしく咳払いをして、現王に人払いを願い出た。


 現王と宰相ゴーガンは不審そうに顔を見合わせるも、第二聖女のたっての願いということで、近衛騎士団長さえ一時的に下がらせたくれた。クリーンを相当に信頼してくれている証拠だ。聖剣奪取がよほど効いたのだろう。


 これでこの場には現王と宰相ゴーガン、あとはクリーンのみとなった。当然、クリーンも護衛の騎士三人をいったん退けている。


 クリーンはまず厚く礼を述べてから、奪還した聖剣が偽物であることを含めて、第六魔王国で高潔の元勇者ノーブルから聞かされたこと、また巴術士ジージの長年の懸念に加えて、第六魔王国や魔王セロには王国に対して敵意がない上に、まともにやり合っても勝ち目が全くないことを上奏した。


 それを聞いた現王は目に見えるほど落胆した。玉座からずり落ちそうになったほどだ。


「そうか。そんな事態になっていたか……」

「はい。現王よ。今こそわたくしたちは国内を自浄するべき時だと愚考いたします。どうか北方の各拠点に駐屯している騎士たちをすぐにでもお戻しください」

「ふむ。たしかにそのようだな。ところで、クリーンよ」

「はい。何でございますか?」

「よくぞ注進してくれた。礼を言うぞ」

「ありがとうございます」

「それでは宰相よ。早速、自浄せねば……なあ?」


 そう言った現王の視線はどこか濁っていて胡乱だった……


 クリーンは首を傾げた。宰相ゴーガンがいつもの傲岸さを消して、なぜか無表情のままでクリーンへとゆっくり近づいてきたからだ。


「聖防御陣!」


 クリーンは咄嗟に祝詞を謡った。嫌な予感しかしなかった。


 直後、聖防御陣にピシピシと亀裂が入った。クリーンには見えなかったが、宰相ゴーガンが何かしらの攻撃を加えたようだった。


「こ、これは……いったい、どういうことです!」


 クリーンが問い詰めると、宰相ゴーガンは「ふふん」と笑って、本来の姿を現した――


 それは皮膚が醜くただれて、まるで泥が渦巻いているかのような中型の竜ピュトンだった。クリーンは呻るしかなかった。敵は王女プリムだけではなかったのだ。


 これにはさすがにクリーンも眉間に険しく皺を寄せた。


 そもそも、宰相ゴーガンは王国の貴族政治を見事に調整して、経済も立て直した功労者だ。


 クリーン同様に若くして野心家だったからこそ、逆に王国の忠臣だとみなしていた。王国を立て直して、そこでさらに権勢を振るっていくものだと信じていた。


 だから、まさかその宰相ゴーガンが魔族の扮した者だったなど、クリーンにとっては青天の霹靂でしかなかった。


 もっとも、クリーンはすぐさまアイテム袋から聖杖を取り出すと、それを両手に持って身構えた。


 同時に、「近衛騎士! 神殿騎士! 敵襲です!」と声を張り上げるも……


 なぜか誰も駆けつけては来なかった。これは如何にもおかしな状況だ。


「あら、第二聖女様ともあろうものが、気づかなかったの? 嫌ねえ。戦術の初歩の初歩よ」

「どういうことですか?」

「封印よ。玉座の間に施しているわ」

「くっ」

「こういう搦め手には聖女様は滅法弱いようね」


 泥竜ピュトンはそう言って目を細めた。


 たしかに認識阻害や封印に関してはクリーンよりもモタの方がよほど詳しい。というよりも、クリーンは聖女なので正統な法術を体系立てて学んできただけに過ぎない。


 こんなことならもっと戦闘経験を積んでおくべきだったと、クリーンは下唇をギュっと噛みしめてから、玉座に向かって吠えた。


「現王よ。お目覚め下さい! そこから早く逃げるのです!」


 が。


「その必要はない」


 現王は頭を横に振って、はっきりとそう告げた。


 クリーンはさすがに耳を疑った。現王がゆっくりと立ち上がって、さらにこう付け加えたのだ。


「惜しい人物を失くすものだ。第二聖女クリーンよ。王国の為によくぞ尽くしてくれた。礼だけは言っておきたい。それではせいぜい、この国の安寧を祈って、人柱となってくれ」


 ここにきて、クリーンはやっと気づいた――


 王国の内部に何か異物まぞくが紛れ込んでいたわけではない。王国の中心おうぞくそのものがとうに腐ってしまっていたのだ。


「なぜ、このようなことに……」


 クリーンはそう嘆いて、虎の子の聖防御陣を張り直してから泥竜ピュトンと改めて対峙したのだった。




―――――


あれれー、何だか人数がおかしいぞお(某子供探偵ふうに)。


もちろん、この作者はよくミスをするわけですが、今回はそういう訳ではありません。その理由は次の二話で判明します。


なぜ人数が異なるのか。明日で一応の答えは出ますので、暇潰しにでもお考えください。

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