第116話(追補) 百年前の勇者パーティー

 百年前に意気揚々と、東の魔族領こと『死の大地』に侵攻した王国軍ではあったが――


 高潔の勇者ノーブルのパーティーは消耗戦を強いられていた。


 王国の各騎士団と連携を取って、王国東の各ルートから砂漠に入ったはいいものの、そこは文字通りに蟻地獄のような場所だった。


 侵攻当初は奮戦していた各騎士団も、じりじりと後退させられて、結局、奈落王アバドンがいるとされる神殿の遺跡群にたどり着いたのは――勇者パーティーと共にいた聖騎士団だけという有様だ。


 もっとも、当時は第五魔王国も認識阻害などで拠点を隠しておらず、いかにも魔族的な考え方でもって、数による圧倒的な暴力で侵入者を叩き潰す方針を取っていた。


 だから、虫たちの猛攻を聖騎士団が防ぎ、巴術士ジージが聖鳥を幾体も召喚し、その目を借りて宙から進むべき方角を定めて、何とか最短日数で神殿の遺跡郡までやって来ることは出来た。


 ただ、各騎士団を撤退させた虫系魔人たちが反転――


 当然のように、勇者パーティーと聖騎士団を挟み撃ちにした。


「…………」


 その虫たちを従えつつも、鼓舞するでもなく、叱咤激励するわけでもなく、ただ無言でノーブルたちの背後に迫ったのは、第五魔王国指揮官で茶色の飛蝗系虫人ことサールアームだった。


 相対するは、最前線の橋頭堡に残った聖騎士たちと――勇者パーティーに所属している、暗黒騎士キャスタだった。


 キャスタは砂漠でも漆黒のフルプレートのヘルムを脱がない寡黙な人物で、付き合いの長いノーブルたちでも、性別すらよく分からない騎士ではあったが、これまで自己犠牲を厭わずにパーティーに献身してきた。


 実は、後世になって、当時の王がむしろ死ぬことを願ってパーティーに押し付けた落胤だったと、巴術士ジージの調査によって判明したわけだが、この戦いのときには死地を求めて、聖騎士たちと共に大量の虫系魔人たちを押し留めることを申し出てくれた。


「ここは任せよ。先に行け、ノーブル」


 その凛とした声音で、初めてノーブルはキャスタが若い女性だと知ったのだが……


 何にしても、敵もそう簡単には神殿の遺跡群に向かわせてはくれなかった。多数の虫の中から一匹がノーブルたちの前に躍り出てくると、


「ここまで来たことは褒めてあげるよ。でも、君たちはここまでだ」


 第五魔王国情報官こと、緑色の飛蝗系虫人のアルベがにやりと笑ったのだ。


 ノーブル、巴術士ジージ、ドルイドのヌフと当代の第一聖女は、遺跡群のある崖の手前で足止めされた。


 アルベは軽快な身のこなしで、パーティーをかく乱することだけを目的として、砂漠に足を取られがちなノーブルたちをよく翻弄し続けた。


 このままでは暗黒騎士キャスタや聖騎士たちの奮戦も虚しく、全員が押し寄せる虫たちの波状攻撃によって滅んでしまう――というところで、一人の巨漢がアルベの爪をわざとその身で受け止めると、


「ノーブル、行け! オレの好敵手ライバルとしてアバドンを見事討ってみせよ!」


 戦士のアタックが進み出て、そう吠えた。


 もっとも、ノーブルはアタックを好敵手とみなしたことは一度としてなかった……


 もちろん、アタックは勇者パーティーに選出されるだけあって強かったし、その鷹揚な人柄も好ましかったが……どうにもノーブルと張り合うことが多々あった。


 今回もどちらがアバドンを倒すのか、競うようにして砂まみれになってきたので、ここでアルベを引き受ける役割を素直に担ったことについて、ノーブルも、巴術士ジージも、驚きを隠せなかった。


 とはいえ、実は後世になって、砂漠での連戦で満身創痍になったことで、この時点ですでにろくに戦える体ではなかったことが巴術士ジージの聞き取りによって判明したのだが、当時、そんなことはおくびにも出さずに、アタックはさらに吠えてみせた。


「聖女様! 見守っていてください! このオレは貴女の為に戦いますぞ!」


 適わぬ恋と知りながらも、火事場の馬鹿力で対抗するアタックに対して、アルベは手を焼いた。


 だが、手を焼いたというなら、巴術士ジージも相当に苦労させられた――


ただれた竜とは、見るもおぞましいものだな」

「言ってくれるじゃない。その報いをここで受けなさい」


 崖の頂きにあった神殿の遺跡群にやっと着くと、泥竜ピュトンの襲撃を受けたのだ。


 当時はまだ巴術士ジージも二十歳そこそこと若く、法術を扱える召喚士に過ぎず、棒術も、槍術も、魔術も未熟だったので、泥竜ピュトンの繰り出す認識阻害を織り交ぜた多様な攻撃には苦戦した。


 何とかノーブルたちを祭壇下の敵陣本丸に送り込んだはいいものの、このとき、巴術士ジージも、あるいは戦士アタックも、暗黒騎士キャスタも、皆が同じ思いで愚痴をこぼしていた――


「いったい、遊び人・・・のアプラン・ア・ト・レジュイール十三世はどこをほっつき歩いているのやら」


 と。


 また、同時にこうも考えていた――


 アプランさえここにいれば、この程度の敵など物の数ではなかったのに、とも。


 その遊び人ことアプランは、実のところ、ほっつき歩いてなどいなかった。事実、アプランは真剣そのものだった。


 なぜなら、アプランは第五魔王国にあるとされる秘湯・・こと砂風呂を探していたからだ。


「ほう。したり! こんなところに砂風呂があったでおじゃる・・・・!」


 ……

 …………

 ……………………


 何だかひじょーに聞き覚えのある語尾のような気もするが……残念ながら気のせいではない。


 そもそも、アプラン・ア・ト・レジュイール十三世などとえらく大仰な名前だが、これは遊び人としての芸名・・に過ぎない。


 生まれはとても高貴な出だ。何しろ、王国の旧門七大貴族なのだ。ただし、長男ではないので家督を継ぐ必要もなく、放蕩貴族の例に漏れずに自由気ままに暮らしていた。


 勇者パーティーに参加したのも、魔族領にある秘湯を探すことが出来ると踏んだからに過ぎない。


 ただし、この男――どういう訓練を積んだのか、はたまたもとから突出した才能を有していたのか、いずれにしても剣の腕だけはノーブル、アタックやキャスタよりも秀でていた。


 実際にノーブルをもってしても、「当人は遊びのつもりのくせに、十回やって、九回も負ける。一回の勝ちはお情けだ」と言わしめるほどの実力を秘めていた。


 もちろん、魔術、法術やスキルも含めた総合力では各人に分があるものの、それでも本気を出したときのアプランは皆が最も頼りにする仲間だった。


 が。


 このとき、アプランは真剣で・・・遊んでいた。


 そう。せっかく見つけた秘湯こと砂風呂を前にして、無数に迫りくる不可解で珍妙な虫たちを滅多切りにしていたのだ。


「いやはや、虫の魔物モンスターかと思っていたが……何だか可笑しいでおじゃるな」


 というのも、アプランが斬りまくっていたのは蝗害だったのだ。


 しかも、ただの蝗害ではない。それはしだいにこの地で果てた虫系魔人たちになって、また砂に飲まれて死んでいったはずの騎士たちも混じって、終いには両国の軍隊そのものに変じていった。


 常人ならばとうに敗れていたはずだ。


 だが、アプランは常人でなかったし、何よりノーブルたちにも隠していたが、人族最強にして、天上天下の強さを誇っていた――


 視界を覆うほどの敵に対して、さながら優雅に剣舞を踊りつつも、眼前にある全てを切り捨ててみせたのだ。


 その結果、蝗害ブロックノイズはしばらくすると、何者かの影ほどにまで小さくなっていった。


「まさか……人族がここまでの域に達するとはな」


 もちろん、一般的には人族よりも魔族の方がよほど強い。


 それは不死性を持つ魔族が長い時間をかけて才能限界まで強くなるからだが、その一方で人族は人生に限りがあるからこそ凄まじい速さで成長する。


「肝要なのは――けじめ。そして、遊ぶ心でおじゃる」

「ふん。遊び人か……そんな、どうでもいいやからに……やられるとはな」

「遊びをどうでもいいと捉えているうちは、何者にもなり得んよ。そもそも、其方そちは第五魔王アバドンとやらが吐き出したとかいう蝗害なのであろう?」

「いかにもその通りだが」

「蝗害とは、虫系のモンスターハウスだと思っていたが……どうやらその本質はずいぶんと異なるようでおじゃるな」


 アプランが淡々と告げると、その者は影さながらに大きく揺らいでみせた。


「ほう。貴様には何と見えた?」

「この地で死んだ者たちの嘆き――あるいは怨念か、いっそ呪いそのものであろうか」

「貴様、名は何と言う?」

「アプラン・ア・ト・レジュイール十三世。其方は?」

「アシエル」

「で、名を聞いて何とする?」

「ふ、はは。いつか、別の私・・・が貴様のもとに向かうだろう。いや、貴様でなくとも、その家族か、子孫を私の中へと取り込んで――」


 刹那、その者ことアシエルは塵一つ残さずに斬られて消失した。


 こうして地上では、キャスタも、アタックも、聖騎士たちも、最悪の挟撃を免れることが出来た。


 結果的にノーブルは祭壇地下にて奈落王アバドンを封印したことで、第五魔王国は瓦解して、勇者パーティーや聖騎士団も帰国した。


 逆に、戦線から離脱した第五魔王国の幹部たちはアバドンの復活に向けた情報戦――いわゆる王国工作に切り替えて、反撃の狼煙を上げることになる。


 何にしても、巴術士ジージの調べによると、アプラン・ア・ト・レジュイール十三世はその天寿を全うする際に、親族全員にこう言い放ったという――


「わしの秘湯か? 欲しければくれてやる……探してみるがいい。この世の全てをそこに置いてきたでおじゃる」


 こうして、とある伯爵家は秘湯繋ぎひとつなぎの財宝を探し求めるようになったのだとか……


 まあ、そんなどうでもいいことはともかくとして、百年前の因縁がよりにもよって、現代の第六魔王国にある温泉宿泊施設で結実することになるとは、当然のことながら、このとき誰も知る由もなかった。

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