第114話 酒樽の価値

 王国の聖騎士団、もといシュペル・ヴァンディス侯爵を中心とした外交使節団がひいひい言いながらも、何とかトマト畑から這って出た――その数時間前のことだ。


『火の国』代表のオッタと、第六魔王国の外交官に正式に就任した夢魔サキュバスのリリンは、温泉宿泊施設の応接室にて、互いの顔と顔を突き合わせて予備交渉をまとめていた。


 とはいっても、その内容は他愛ないもので交渉自体も順調に進んでいた。


「再度の確認となるが、ドワーフの方々があれだけ酔っ払っている以上、セロ様との謁見は明日の午前中でよろしいか?」

「構わない。いや、むしろ助かる」

「では昼前に謁見してもらって、そのまま会食という流れでいきたい。何か食べられないもの、苦手なものはあるか?」

「特にはない。この宿でいただいた料理は全て絶品だった。おかげで酒がつい進んでしまったよ」

「嬉しい言葉だ。後で料理長に伝えておこう。それと隕石調査の件だが、これも問題はないのだが……」

「なぜ言葉を濁そうとするのだ?」

「いや。実は、すでに私たちの仲間である魔物モンスターたちによって、クレーターなどが修復中なのだ」

「ふむん。そういうことか。なるべく早く見てはみたいが……赤湯と酒宴を優先したのは拙者らの都合だ。致し方あるまい」


 なお、同席者は他にもドワーフからは二名――とはいってもしたたかに酔っている者たちで、それに対して第六魔王国からはダークエルフの双子ディン、人狼の大将アジーンに加えて、吸血鬼の女給たちも幾人か壁際に控えていた。


 ちなみにモタはというと、アジーンたちの助勢もあって宴会場が落ち着いてきたので、「ふへー」と事務室でだらしなく休憩中だ。


 しかも、屍喰鬼グールのフィーアから賄いをもらって、さらにはドワーフたちが持ってきた酒樽からこっそりと中身を拝借して、「ぐふふ、これでわたしも大人デビューだぜ」などと悦に入っている。


 冒険者時代、バーバルは下戸で、セロも神官なのでお酒を控えていて、さらにはモンクのパーンチまでもが「アルコールは筋肉の敵だ」などと言い張って全く飲まなかったので、モタにはついぞお酒に触れる機会がなかった……


 だが、リリンも、アジーンも、「よくぞ一人で支えてくれた!」と、モタを目一杯持ち上げてくれたものだから、


「そんなわたしに乾杯!」


 と、ついにお酒を解禁――


 何か食べてはお酒で流し込み、「ぶはあ」と、おっさんみたいな息を吐く。


 かくしてモタ酒豪伝説の幕開けとなったわけだが……折悪しくちょうどそのときだった。


「もしや貴殿は拙者らドワーフを軽んじるつもりか!」


 突然、応接室から怒号が轟いた。


 モタは「何ぞ?」と、お酒の入った木杯を片手にすぐそばの応接室を覗いた。


 すると、ドワーフ代表のオッタがテーブルをドンっと叩く。


「なるほど、第六魔王国には一騎当千の猛者ばかりいるのだろうな。それはリリン殿やアジーン殿ばかりでなく、後ろの女給たちを見てもよーく分かる」


 もちろん、セロによる『救い手オーリオール』によって身体強化バフがかかっていることについてはオッタもまだ知らない。


 おそらく素の身体能力ステータスで近接格闘最強と謳われるドワーフと直接殴り合えば、リリンは負けるだろうし、アジーンでもかなり手こずるといったところか――それほどにドワーフは近接戦においては精強な亜人族である。


 そもそも、四竜こと火竜サラマンドラの加護だけでなく、種族特性として『凶化』を持つ。これは状態・精神異常にかかった際に、さらに身体能力が上昇するもので、『ほろ酔い』、『酩酊』や『泥酔』などと、とても相性がいい。


「だからと言って、我々を舐めてもらっては困る。拙者らとて貴国に徹底抗戦も辞さぬ覚悟ですぞ!」


 オッタも同席者同様にかなり酔っているせいもあってか、その鼻息がやけに荒い。


「ありゃりゃ」


 モタはため息をついて、同じく廊下から眺めていた屍喰鬼のフィーアに「いったいどったのさ?」と尋ねた。


 そのフィーアによると、要はドワーフ側がごね始めたらしい。特に赤湯の調査も謁見時の要望として追加したいと、リリンにしつこく要求してきたようだ。


「そんぐらい、いいんじゃない?」


 モタが気安く返すと、フィーアは頭を横に振った。


「おそらく調査というのは名目に過ぎません。調査をしているということにして、この宿に長く、安く、居座るつもりなんでしょう」

「そかー。なるほどなー」


 他にも田畑の調査なども持ちかけているみたいで、要するに酒樽を宿泊費として出してしまった分、何とかそのを取り戻したいと色々吹っ掛けてきているようだ。


 これにはモタも少しだけ反省した。この美味しい黄金色の液体――今のモタならその価値が十分に理解出来たからだ。


 とはいえ、これ以上モタの失態で親友たるリリンに迷惑をかけるのは望まない。


「お客様がた」


 モタは廊下から応接室へと躍り出た。


「でしたら、あたいと一つ、勝負しないかい?」


 モタもそこそこ酔っ払っているのでべらんめえ調だ。


 これにはリリンも、むしろ「あちゃー」と額に片手をやった。そもそも、酔っ払い同士が話し合ってろくなことになるはずがない……


 とはいえ、モタも目が据わっていて、いかにもヤる気だ。


「あたいの特製闇魔術お尻破壊光線に耐えられたなら、あんたらドワーフも十分に強いと認めてやってもやぶさかじゃあないぜい」


 そんなモタが歌舞伎みたいに見栄を切ると、ドワーフのオッタたちも「おおよ! だったら掛けてみな!」と喧嘩腰で応じた。


 が。


「それは私が許さないよ」


 と、リリンが両者の機先を制した。


 アイテムボックスから長柄の魔鎌を取り出して、鎌先をモタの首もとに、また柄頭をドワーフのオッタに向けて突きつけたのだ。


 そもそも、明日の昼前にセロに謁見するというのに、ずっとお腹の雷が鳴っているような状況になっては話にならない……


 これにはモタも、オッタたちも不満顔だったが、そのオッタが「ふん。いいだろうよ」と告げると、応接室から急に出て、宴会場にいたドワーフたちに声をかけた。


「貴様ら。狩りに出るぞ。拙者らドワーフの力をこの第六魔王国に知らしめるのだ」

「「「応よっ!」」」


 いったい何を狩るつもりなのか……


 ヤモリたちだけは手を出しちゃ駄目だよと、リリンも、モタも、アドバイスを送りたくなったが……


 こうしてリリンや女給たちに見送られる格好で、ぞろぞろと温泉宿泊施設から出た酔っ払いドワーフたちは魔物モンスターよりもちょうど良い獲物をすぐに見つけることが出来たわけだった――


 そう。他国の外交使節団こと、王国の聖騎士団一行である。

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