第113話 サーチアンドデストロイは突然に(秘湯サイド:02)

 王国最北の城塞から馬で半日ほど――


 北の街道に新しく出来た、広々としたトマト畑のやや手前で、英雄へーロスは片手剣を収めると、「ふう」と一息ついた。


「もう問題はないようだな」


 どうやら残りのジョーズグリズリーもすでにヤモリたちに全滅させられていたようだ。


 もっとも、その事実に聖騎士団長モーレツやシュペル・ヴァンディス侯爵は唖然とするしかなかった……


 南の魔族領の竜ほどではないが、蜥蜴系最強のバジリスクや迷いの森の食人植物と同じくらいには、ジョーズグリズリーも危険度の高い魔獣とされている。


 それをあんな小さなヤモリやコウモリが撃退したというのが、いまだに信じられなかった。


 もちろん、事前に英雄へーロスやモンクのパーンチから、超越種直系の魔物モンスターの話は聞いていたが、今でもやはり半信半疑といったところだ。


「では……進むぞ」


 聖騎士団長モーレツはごくりと唾を飲み込んでから皆に告げた。


 そして、トマト畑の入り組んだ畦道に到着したところで、モーレツたち先触れはいったん足を止めた。というのも、ジョーズグリズリーの死体の前で、ヤモリ一匹とコウモリたちが何事か意志疎通していたのだ――


「キイ?」

「キュイ」

「キキイ?」

「キュー」


 さすがに何を言っているのかは分からないが、一見するといかにも可愛らしい光景だ。


「キイキイ」


 すると、コウモリは最後にそう鳴いて肯いてみせた。


 モーレツたちもちょっとだけほっこりして、そんな長閑のどかな光景に、「ほっ」と短く息ついて――


 直後、聖騎士たち全員がギョっとした。


 なぜなら、コウモリが自分の体の数百倍はあるはずの死体を足の爪に引っかけて軽々と持ち上げ、全くよろめくことなく飛んで行ったからだ。


「…………」


 可愛らしさとは一転、まるで不可解な手品でも見せつけられたかのように、聖騎士たちは無言になってしまった。


 おそらく巣にでも持ち帰ったのだろう。ヤモリもコウモリも肉食ではないはずだが、ジョーズグリズリーの肉は独特な臭みはあるものの、部位によっては高級肉とされ、しかも頭部の魚部分は珍味として知られている。そういう意味ではちょっとした戦利品だ。


 だが、そんな観察もすぐに終わることになった――


「ば、馬鹿な……」


 団長モーレツを含めて聖騎士たちは全員、強烈なプレッシャーを感じていた。


 残されたヤモリ一匹がモーレツたちをつぶらな瞳でじっと見つめて、畑に害ある存在かどうか品定めしていたのだ――


 当初はモーレツやシュペルとて、第六魔王国が魔物を手なずけていると聞いたときには、ただの法螺話か、もしくは欺瞞工作ではないかと首を傾げたものだ。


 人族と動物のように、魔族と魔物の間にも大きな隔たりがあるし、そういう意味では邪竜ファフニールとその配下の竜はあくまでも例外に過ぎない。


 だが、眼前にいるヤモリは明らかにトマト畑を守護しているし、超越種直系の魔物が最終進化した姿で間違ってもいなかった。


 というか、先ほどのジョーズグリズリーの群れよりも、この小さなヤモリ一匹の方がよほど危険な存在に感じられるほどだ。


 しかも、そんな神獣にも程近いヤモリがトマト畑の中に無数に潜んでいるように見えてくるから何とも不思議だ。もしかしたら危険を察知する感覚がおかしくなってしまったのだろうか……


「ここは……まさか地獄か」


 モーレツは息をするのも苦しくなってきた。


 一見すると、トマト畑が広がる、穏やかな田舎道なのに、その実態はというと、あまりにも苛烈な第六魔王国の最前線たる防衛拠点なのだ。


 おかげでモーレツは想像せざるを得なかった――もしかの国と戦争することになったら、これら神話級の魔物たちが最北の城壁へと一斉に解き放たれるのだ、と。


「そのときは、王国は北部を即座に放棄せねばいかんな」


 モーレツは王国最強の盾たる聖騎士団の長として暗澹たる思いに駆られた。


 それはまたシュペル・ヴァンディス侯爵も同じ思いだったようだ。ヤモリだけではない。空を跳ぶコウモリも、赤いため池に隠れているイモリも、報告よりもずっと危険な生物だ……


 百聞は一見に如かずというが、第二聖女クリーンや英雄へーロスが第六魔王国には先制攻撃を仕掛けてはいけないと、口を酸っぱくして言っていたのがやっと実感を伴って理解出来た。


 それと同時にこのとき、シュペルのふさふさの髪の毛が哀しいかな、またはらりと風に乗って飛んでいった。


 とはいえ、そんな強烈な緊張感が支配する中で、モンクのパーンチが何食わぬ顔して一人で進み出ると、ヤモリに対してどこか親しげに、


「すまん。また団体なんだがいいか?」


 そう手を合わせて拝み始めたのだ。


 死ぬ気か――と、モーレツも、シュペルも、唖然としていたら、ヤモリは「キュイ」とだけ鳴いた。


「ありがとうな。セロにはよろしく伝えておくよ」

「キュキュイ!」


 どうやら通行の許可を得たようだ。モーレツもシュペルも、「ほっ」と胸を撫で下ろす一方で、パーンチに感心せざるを得なかった。


「よくもまあ、あんな化け物に話しかけられるものだな……」


 モーレツがパーンチにそう言うと、


「はは、嬲り殺しにされた上に埋められたことがあるんでね。オレの仲間などゲル状に溶かされたし……まあ、そんなふうに凹々ぼこぼこにされて一回死にかけてみると、胆も据わるってもんですよ」

「…………」


 モーレツもシュペルもその返答に今度はドン引きせざるを得なかった……


 もっとも、これから地獄に等しいモンスターハウスを突っ切って進まなければいけないのだ。


 英雄へーロスによると、「封印は一時的に切られているから問題ありません」とのことらしいが、そんなものがあろうがなかろうが、結局は苛烈な台風の中へと無謀にも前進していくことに変わりはなかった。ほとんど自殺行為みたいなものだ。


 娘のキャトルはよくぞこんな激流に身を委ねることが出来たものだと、シュペルは父親としてその成長に胸がすく思いでもあった。まあ、そのキャトルはというと、ヤモリたちを「あら、可愛い」と、無邪気に指先でつんつんしていたわけだが……


「そ、それでは皆……くぞ」


 団長モーレツは死地に飛び込むかのような悲壮さでもって全員に告げた。


 そんな畦道を平然と進んだのは、ヒトウスキー伯爵と、前回の往復含めて三度目の通過となる英雄へーロスとモンクのパーンチだけだった……


 王国最強の盾として危機察知に秀でた聖騎士ほど、目眩や嘔吐を堪えながら、それでも何とか皆で支え合って気力だけで進んだ。


 途中でその気力が尽きて、目をつぶろうとする同僚の頬を聖盾でぶん殴っては、「寝るな! ここで寝たら死ぬぞ!」と言って目を覚まさせて、あるいは足もとを過る蟻一匹、頬を掠る羽虫一匹にびくびくしながらも、最後には二本の足で立つことすらろくに出来ずに、それでも何とか聖盾を杖代わりにして歩んだ。


 そうしてやっと、プレッシャーの暴風が吹き荒れるトマト畑をひいひい言いながら這い出ると――


 ……

 …………

 ……………………


「おおっ!」


 そこには絶世の美少年とでも言うべき男装令嬢リリンと、世にも美しき女給たちが立ち並び、その一方で絶世の酔っ払いと世にも男臭いドワーフたちが――いきなりモーレツたちに喧嘩腰でがんを飛ばしてきた。


「あれは人族じゃねえか?」

「ちょうど良いところに来やがったぜ」

「これで拙者どもの力を証明出来るというものだ」

「おうよ! 戦争じゃあ! 見敵必殺サーチアンドデストロイ!」


 こうして王国の聖騎士たちは建国以来数百年ぶりに接触したはずの『火の国』のドワーフたちからなぜか・・・、突然に宣戦布告されたのだった。




―――――



ちなみに今話序盤のコウモリとヤモリの会話ですが――


「キイ?」

(コウモリ:この死体どうする?)

「キュイ」

(ヤモリ:セロ様たちは食べるかもよ)

「キキイ?」

(コウモリ:マジ? じゃあ持っていく?)

「キュー」

(ヤモリ:お願いねー)

「キイキイ」

(コウモリ:じゃ行くねー)


といった感じの至って平和な会話です。

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