第112話 外交官
第六魔王国の玉座の間では、
「ドワーフって……まさか、あのドワーフ?」
セロが当惑の声を上げていた。
これはまあ、王国住まいの元人族としては当然の反応だろう。
たとえるならばツチノコとかモスマンとかチュパカブラと遭遇するようなもので、セロからすれば、むしろリリンに担がれているんじゃないかと疑心に駆られたほどだ。
とはいえ魔王になってからというもの、迷いの森から出てこないとされるドルイドのヌフが仲間になったり、百年前に亡くなったとされていた高潔の元勇者ノーブルに出会ったりと、それこそネッシー級の邂逅を二度もしてきたわけで――ドワーフぐらいじゃもう驚いちゃいけないのかなと、セロもすぐに魔王としての顔つきに戻った。
「さて、それではドワーフとの外交について皆の意見を聞きたい」
セロがそう話を振ると、ルーシーが助言した。
「当然のことだが、セロが温泉宿泊施設に出向くのは自らを軽んじる行為となるから論外だ。こういう場合は外交官が赴いて、日程や内容の調整を行う。いわゆる予備交渉だ。その上で先方をここに来させる」
そうはいっても、セロは首を傾げざるを得なかった。この第六魔王国の外交官はいったい誰なのか、という大きな問題があったからだ。
セロは玉座の間に集まっている皆を見渡してみた――
まず、ルーシーは適任だが、第六魔王国の実質的なナンバーツーだ。前魔王の真相カミラの長女として対外的にもよく知られていて、立場的にはセロとさして変わらない。
次に、そんなルーシーと同格の力を持つ
ここらへんは元魔王だったから仕方のないところかもしれないが……たまに「実験体はどこじゃー」、「拷問させろー」と、なまはげよろしく相手を見て舌舐りする癖があるので要注意だ。
それに、ドルイドのヌフはセロからすれば封印の為に来てくれたお客さんだし、そもそも性格が内向的なのであまり外交には向きそうにない。どちらかと言うと、得意の間諜を活かして、こっそりとスパイ活動をしてくれた方がよほど適当だろう。
同じダークエルフでもエークは――実のところ、最も適任なのだが、こちらはすでに近衛長という役職持ちな上に、魔王城周辺の改修工事などであまりに多忙だ。さらに仕事を与えるのはさすがに酷だろう。同様に、人狼の執事アジーンも温泉宿泊施設の大将まで務めてもらっている。
また、ダークエルフの双子のドゥやディンではまだ子供なので、相手が見くびられたと捉えてしまうかもしれない。人狼のメイドたちチェトリエ、ドバーやトリーもメイドなのが玉に瑕か。メイドが外交官までやっているとはどういう了見だと、相手を怒らせる可能性がある。
「仕方がない。じゃあ……モタにでも頼もうかな」
セロはそう言いかけて、「いや、やっぱりダメだな」とすぐに撤回した。
人当たりが良いから向いているようにも見えるが、モタは何せ細かいことが苦手だ。
外交は微調整の連続だろうから、ある意味で最も向いていないとも言える。それにこのときセロは、モタが若女将としてすでに十全に務めていたことをまだ知らなかった。
何にせよ、セロは「ふう」と小さく息をついた。
ドワーフたちの目的がどうあれ、もしかしたら第六魔王国にとって初めての友好国が出来るかもしれない。
ルーシーは魔王自ら行くべきではないと言っていたが、やはりここはセロが出向くのが一番なのではないか……
そのときだ。
セロが何か告げようとしたタイミングで、ルーシーがちょうど声を上げたのだ。
「リリンよ。結局、貴女はどうしたいのだ?」
その問い掛けに、夢魔のリリンはギュっと下唇を噛みしめた。
魔王城から家出して、もうずいぶんと経った。母たる真祖カミラから長女ルーシーほどには期待されていないと感じたからこそ、リリンは若気の至りで城を出奔して、ルーシーとは別の道を選んだ。
しかも、その際に行き掛けの駄賃で宝物庫のものまでこっそりと持ち出してしまっている。第六魔王が代替わりした今、そのことでセロからきつく罰されても仕方がない立場ではある。
だが、セロは小言すらいわなかった。しかも、姉のルーシーと同様に――今、リリンに期待の眼差しを向けてくれている。
もしかしたら、この魔王セロという人はノーブルに勝る実力を持つだけでなく、意外と人
そもそも、この第六魔王国にいれば、
リリンはそう考えて、即座にセロの前で跪いた。
「新たな第六魔王こと愚者セロ様、どうか私めに役割をお与えくださいませ。真祖カミラが次女、夢魔のリリン――その任を全うしたく存じます」
直後、リリンの体を光が包んだ。
セロの『
男装のユニセックスな妖しさに磨きがかかって、その場にいた女性陣から思わず、「きゃあ」と嬌声が漏れたほどだ。これは外交官として最大の武器になるかもしれない。
すると、ルーシーはそばにいたダークエルフの双子ディンに声をかけた。
「ディンよ。しばらくは
「畏まりました」
リリンが新しくなった第六魔王国に来てまだ日も浅いことから補佐を付けたわけだが、ディンの知識の広さが外交にも役立つだろうというルーシーの配慮でもあった。
こうして、リリン、ディンと幾人かのダークエルフの精鋭が温泉宿泊施設に向かった。
もちろん、モタ一人では大変だからと、アジーンがすでに先行しているし、また迷いの森に棺を取りに行った吸血鬼の女給たちにも早く戻るようにと、メッセージを抱えてダークエルフの双子ドゥがてくてくと駆け出していた。
そして、リリン一行が宿に到着すると、
「リリンん゛ん゛ん゛ん゛!」
モタがまたもや玄関先で涙と鼻水塗れで飛びついてきた。
もっとも、リリンも今度は学習したのか、あるいはさっきの風魔術のお返しとばかり、モタのダイブをひょいと軽やかに避けたので、モタは門柱にしたたかに頭をぶつけることになった。
「モタよ。遅れてすまなかったな」
「いたたた……あれ? 本当にリリン? 何だか、急に立派になっていやしないかい?」
「ふふ。モタにそう見えているのなら本望だ。ところで、ドワーフの代表と話し合いを持ちたい。今はどこにいる?」
「んーと、宴会場にまだいるけど……」
モタが言葉を濁したので、どうしたことかと先んじて着いていたアジーンに視線をやると、
「連中、まだ夕方にもなっていないのに、べろんべろんに酔っぱらっていますよ」
「なるほど。さすがはドワーフ。噂に違わぬ酔いどれ種族ということか」
リリンはやれやれとこぼすしかなかった。
アイテムで『酩酊』などの状態異常なら簡単に解けはするものの、むしろ酔って判断が鈍くなっているうちに、リリンは謁見の段取りを手早くまとめ上げた。
ドワーフ相手に散々苦労させられたモタからすると「ひょえー」と、すぐそばで目を見張ったわけだが、こうして明日の午前中に玉座の間で謁見して、それから昼に会食するという流れに落ち着いた。
細々とした点に関する予備交渉はまだこれからだったが、何にせよ両国にとっては歴史的な一歩だ。
この日、モタとリリンは第六魔王国で初めての役割を立派に務め上げたわけだが――
そんなふうに謁見を一日遅れにしたことによって、さらなる客人が加わって、謁見中に下半身を晒し合うようなハプニングが起こることになるなど、このときセロも、リリンも、モタも、当然のことながら知る由もなかった。
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