第111話 本物の優美(秘湯サイド:01)

秘湯サイドって何ぞ!? ――という方へ。

本話を読んでいただければ、冒頭で分かるようになっています。



―――――



 王国最北の城塞にて、聖女パーティーはいったん三手に別れることになった――


 まず、第二聖女クリーンはパーティーのリーダーとして、聖剣奪還と第六魔王国の現状を報告する為に王都に戻ることに決めた。また、身辺整理の為に巴術師ジージもその帰途に付き添った。


 次に、女聖騎士キャトルは王女プリム捜索の為に北の拠点に残った。バーバルやプリムの足跡が途絶えたところから改めて見直すことにしたわけだが、キャトルだけではさすがに力不足なので、探索などが得意な狙撃手トゥレスが同行することになった。


 最後に、第六魔王国に向けて、聖騎士団長モーレツを始めとした精鋭数名が先触れとなって、その後方には馬車が二台――シュペル・ヴァンディス侯爵とヒトウスキー伯爵のものが聖騎士団の小隊に守られながら縦走していた。


 先触れの中には魔王セロと付き合いだけは長いモンクのパーンチがいて、道案内を務めている。三度目の訪問となると、さすがにもう手慣れたものだ。


 また、後方に目をやると、シュペルの馬車のそばには英雄へーロスがいて、騎乗にて並走しているといった状況だ。


 そのへーロスが開いた窓越しにシュペルに尋ねる。


「正直にお聞きしたいのですが、ヒトウスキー卿の暴走など捨て置けば良かったのではないですか? 所詮、放蕩貴族でしょう?」

「では逆に聞くが、へーロス殿はの御仁のことをどの程度知っているのだ?」

「ええと……駆け出し冒険者の頃、幾度か秘湯調査とゲテモノ食材の調達の依頼クエストを出された程度ですが……」

「ふむん。その程度で済んで本当に良かったな」

「はあ」

「まあ、何と言うか……とても嫌な予感がするのだよ」

「失礼ながら、それはどういう意味なのでしょうか?」

「あの秘湯馬鹿のせいで、王国が転覆するような支離滅裂な事態が起こりかねん――そんな気がして、さっきから悪寒が止まらないのだ」


 シュペルはそう言って十円ハゲの部分を掻いた。


 今日は何だかやけに抜け毛が多い。頭痛までして片手を額にやると、何だか生え際が後退しているような気さえする。


「まさかこの年になって、こんな悩みに苛まされるとは思ってもいなかったよ」

「は?」

「遺伝的に大丈夫な家系だと高を括っていたのだがな」


 まさかシュペルが毛髪の話をしているとは英雄へーロスも露知らず、仕方なく「ふう」と息をつきつつも、身分の高い人間の考えることはよく分からないものだと首を傾げざるを得なかった……


 その直後だ。


「シュペル卿!」


 急にへーロスは声を張り上げて前に進み出ると、馬車の御者に注意を促して、速度を緩めさせた。


 というのも、前方で聖騎士団長モーレツやモンクのパーンチたちが足を止めていたせいだ。王国最北の城塞から魔王城までは馬なら休憩を挟むほどの距離もないはずなので、これはいかにもおかしかった。


 実際に、へーロスが馬を走らせて先触れたちと合流してすぐに、「いったいどうしたというのだ?」と問いかけると、


「遠くに視認出来るだろう?」


 聖騎士団長モーレツはくいっと親指で差した。


「ヤバいぜ、へーロスの旦那よ。ジョーズグリズリーの群れだ」


 同時にモンクのパーンチが付け加える。


 たしかに畑が広がる畦道の前に巨大な魔獣が何かを物色するかのように突っ立っていた――


 ちなみにジョーズグリズリーとは、人の三倍ほどの背丈がある熊の体躯に、牙剥き出しの鮫の頭部、固い鱗、さらに両手足にはエラまで有した水陸両用の凶悪な魔物モンスターだ。


 一体だけでも王国領に入ってきたなら騎士団が小隊規模で出動して仕留めにかかるほどで、いわゆる南の魔族領にいる竜と同等の危険な魔獣なのだが……それがよりにもよって群れで七、八体はいる。小さな個体もいるので、おそらく家族で移動してきたのだろう。


 普段は平穏とされる北の魔族領ではあまりに珍しい光景だ。


 そんな魔獣たちを見て、シュペルは馬車から降りてから、「はああ」とこれ見よがしにため息をついた。だから不幸を呼び込む秘湯馬鹿とは一緒にいたくはないのだ――と、言わんばかりの態度だ。


 もっとも、英雄へーロス、モンクのパーンチも含めて聖騎士団の精鋭ならば、群れの殲滅は難しいかもしれないが、追い払うことは十分に可能だろう。実際に、彼我の戦力差に気づいているのか否か、ヒトウスキー伯爵が馬車の物見窓からぴょこんと顔を出すと、


「何をしているのじゃ。あんな熊もどき。早く片付けるでおじゃるよ」


 そんなふうに緊張感もなくせっついてきた。


 だが、騎士団長モーレツは団員たちをあえて制していた。第六魔王国は魔物を飼い慣らしているという報告を事前に受けていたからだ。


「さて、それでは諸君。かのジョーズグリズリーは第六魔王国配下の魔物ではないという認識でよろしいか?」


 モーレツの疑問に対して、英雄へーロスも、モンクのパーンチも、さすがに顔を見合わせた。


 一番詳しいのはパーンチなのだが、知っているのはトマト畑でやられた――


「ヤモリ、イモリ、コウモリと、あとはせいぜいかかしぐらいしか、オレは知らねえよ」


 そこまで言って、パーンチはお手上げだとばかりに両手を上げる仕草をした。


 とはいえ、敵は待ってくれないようだ。


 突然、ジョーズグリズリーの群れの中から一番大きな個体がこちらに気づいて突っ込んできたのだ。


「各員、『聖盾防御陣形』を取れ!」


 団長モーレツが叫ぶと、聖騎士たちは聖盾で亀甲テストゥド隊列を作った。


 凶悪なジョーズグリズリーの一撃、二撃でも、びくともしない強固な守備陣形で、まさに王国最強のタンクだ。


 ただし、同じく前衛で攻撃役アタッカーの英雄へーロスは片手剣に手をやりつつもいまだに惑っていた。果たしてジョーズグリズリーのこれだけ巨大な個体相手に峰打ちが可能かどうなのかと……


 それはどうやらモンクのパーンチも同様で、どれだけ殴り倒せば意識だけきれいに失ってくれるか検討もついていないようだった……


 団長モーレツは両手に聖盾を構えつつも、そんな攻撃役の二人を見てわずかに焦燥を感じていた。一体だけならまだしも、もし群れが一斉にこちらに襲いかかって来たらどれだけ耐え切れるだろうか――さすがに王国最強の防御陣形でも自信が持てなかったからだ。


「くっ……」


 そんな三人の内心の舌打ちが同時に鳴った。


 が。


 そのとき、一人の男が優美に宙へと舞った。


「理性あるモンスターか否かなぞ、臭いで分かりまするぞ」


 次の瞬間、ジョーズグリズリーは聖盾に突っ込むより先に一刀両断にされていた。


 斬ったのは――ヒトウスキー伯爵だった。


 一度だけ地に下りて、刀をすとんと鞘に収めてから、また宙を軽やかに高々とバク転して、聖騎士たちが構えていた聖盾の上にゆるりと優雅に降り立った。これにはさすがに英雄へーロスも含めて、その場にいた全員があんぐりと口を開けた。


「な、何てことをしてくれたのだ……ヒトウスキー卿!」


 馬車の中にいたシュペルが身を乗り出して、思わず声を張り上げた。


 ジョーズグリズリーが第六魔王国で飼い慣らされている魔物かどうか、臭いなどという曖昧な判断で確定すべきではないと考えたからだ。


 だが、ヒトウスキーは流し目だけでさりげなく畦道の方を差した。


「かの地にいるヤモリ、イモリやコウモリたちが、熊もどきを退けておじゃるぞ?」


 ということは、ジョーズグリズリーは野良の魔獣で確定ということだ。


 つまり、誰もがジョーズグリズリーという凶悪な魔獣の群れに注視する中で、このおじゃる麻呂だけが冷静に全体の戦況を俯瞰していたのだ。


 そんなヒトウスキーはというと、優美に歩んで馬車に乗って、雅な扇子でぱたぱたと涼んでいる。


 逆に、シュペルはわなわなと車内で倒れかけた。


 危うく第六魔王国と敵対関係になるところだった。いや、もちろん魔族の国なのだから基本的には敵対でいいのだが、王国の政情が不安定な今は無駄に敵など増やしたくはない。


「はああ……」


 シュペルがため息を漏らして、無意識のうちに後頭部に触れると、あの部分が十円から五百円ほどになっている気がした……


 一方で、団長モーレツ、英雄へーロスやモンクのパーンチは一刀両断されたジョーズグリズリーを見て、目を丸くするしかなかった。竜よりも固いとされる分厚い鱗がきれいさっぱり真っ二つに斬られていたせいだ。


 それぞれ互いに、「出来るか?」と探るような視線を投げかけて、三人共に頭を横に振ると、代表してへーロスが呟いた――


「もしや、あのヒトウスキー卿はとんでもない御仁かもしれんぞ」


 そんなへーロスの脳裏にすぐに浮かんだのは、同じく王国最強の人外と言ってもいい巴術師のジージの姿だ。何はともあれ、こうして第六魔王国訪問組は北の街道のトマト畑に向き合ったのだった。



―――――


というわけで、聖女サイドは暖簾分けして、これから一時的に秘湯サイド、聖女サイド、女聖騎士サイドとなります。もっとも、すぐに収束します。よろしくお願いいたします。


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