第105話 突然の訪問客
セロはよほどフラグを踏むのが得意らしい――
話は少しだけ遡って、聖女パーティーが王国に出立したばかりの早朝だ。
この出立時に魔女のモタは「うー」と眠い目をこすっていたら、師匠である巴術士ジージから早速小言をいわれた。
「良いか。魔術の研磨に近道はない。二度と暴発するようなへまはしてはならぬ。より立派な魔術師を目指して、時間をゆめゆめ無駄にするでないぞ」
「ほーい」
モタはまるで口うるさい親との会話をさっさと切るような感じで生返事すると、「じゃねー」と適当な別れの挨拶を交わしてから、ジージの教え通りに時間を無駄にしない覚悟でもって、ものの見事に二度寝した。
もちろん、宿の大将こと人狼アジーンにはきちんと許可をもらって、しばらくは温泉宿泊施設の二階の個室に泊まる予定になっている。
最初のうちは、魔王城にある
「どうだ。この棺も中々に上等だろう?」
と、多種多様な棺の自慢を不眠不休でされて、このままではモタまで棺で永眠させられてしまうとちびったので、仕方なく宿の一室を借りた格好だ。
セロは「別に
そんなふうにして二度寝を決め込んだモタだったが、さすがに昼頃になってまた「うー」と起き出してきた。
「さて……頑張らねばねば」
モタにしては珍しく、起きがけに気合を入れる。
実は、今日はちょっとした就職活動をするつもりだった。
本当なら
となると、ジージがまた来るまでに、何とかこの国で自分なりの役割を見つけなくてはいけない。
一番楽なのがいわゆる
それが駄目なら、ヤモリたち
何だったら、封印や認識阻害の見張り番だっていい。さすがにヌフやルーシーが高度な術式を施しているだけあって、これを見破れる者は早々には出てこないだろう。これならば、たとえどこかに遊びに行ってもバレやしないはずだ。
「にしし」
我ながら完璧な考えだなと、モタはつい悦に入った。
一方で、ダークエルフたちがやっている農作業はきつそうだ。モタは魔女なので肉体労働は得意でない。
それにこの宿の女給も向いていない。そもそも、モタに接客業などやらせたらそれこそ宿が暴発してしまうに決まっている……
「さてと、誰に相談しに行くかなー」
こうしてモタが腕組みしながら歩いて、温泉宿泊施設の玄関から出ようとしたときだ。
ぼふん、と。
出入り口で誰かとぶつかってしまった。
暖簾が掛かっていたので、考え事をしていたモタは前方への注意が欠けていたのだ。
モタは「うぎゃ」と尻餅をつくも、こちらに非があったので「ごめんなさい」と素直に謝ると、そこにはモタと同じくらいの背格好の男性の亜人族がいた――
何と、ドワーフだ。
それもそこそこの人数がいた。
「いや、こちらこそすまぬな」
モタはすぐにアジーンや吸血鬼の女給たちに声をかけようとするも、今は皆がちょうど昼休憩な上に、セロが「そんな早々にお客さんも来ないだろう」なんて呑気に言っていたせいで、今日は丸一日研修に当てていたことを思い出した。
だから、モタも仕方なく、「らっしゃいー」と声を上げ、とりあえず一時的に対応するしかなかった。
すると、ドワーフたちのうちから一人が進み出て来る。
「わしらは『火の国』からやって来た者だ。第六魔王が代替わりをしたというのでその挨拶に伺ったわけだが……いやあ、数日前の隕石には本当に驚かされた。その調査も併せてお願いしたい。ところで、新たな魔王はどこにいらっしゃるのだろうか?」
モタはすぐさま思い出した――
ドワーフはエルフにさらに輪をかけて偏屈だと言われる種族だ。そもそも、この数百年ほど、人族の歴史には姿を一切現していない。
基本的には、大陸北東にある火山に囲まれた、火竜を祀っている遺跡内で生活をしていて、全員が火に対する強い耐性を持ち、鋳造や酒造にこだわりのある亜人族だと、ジージの持っていた古い文献で読んだことがあった。
それにドワーフと言ったら、つい先日、高潔の元勇者ノーブルが治める砦に流れ者がいると耳にしたばかりだ。
そのときは会わずじまいだったので、結局、ドワーフに会うのは、モタも今回が初めてになる。
どうやら火や鉄や酒と同じくらいに、隕石にも興味を持っているらしい。とはいえ、モタでもすぐに気がついた――この訪問は国同士の立派な外交に違いない、と。
「あわわ」
だから、モタは慌てて立ち上がってから、さてどうしようかと考えた。
「だが、不思議なものだな。魔王城とはこんなふうだっただろうか? 以前、拙者が真祖カミラを訪ねたときには、立派な山城があったように記憶していたのだが?」
モタは返答に困った。認識阻害や封印のことは軽々しく部外者に言ってはいけない。それぐらいの分別はモタもさすがに持っている。
「えーと、ここは新しく建てた宿なんですよー。赤湯がとっても気持ち良いのです」
その瞬間、モタはびくりとした。
というのも、ドワーフが全員、目の色を変えたからだ。
「ほう……赤湯とな?」
モタの顔前数ミリのところまで幾人ものドワーフたちが迫ってきた。なかなかにむさ苦しい迫力だ。
「ほ、ほいな。真っ赤な温泉でございやす」
そんな暑苦しさを何とか押し返すようにして、モタが赤湯を自慢すると、ドワーフたちは一斉にざわついた。
当然、火の国にも温泉は豊富にあるのだが、残念ながら赤湯だけはなかった。
かつては存在したらしいが、噴火によって消失してしまったのだと、ドワーフたちは祖先から残念無念と語り継がれてきたのだ。
まさか……そんな伝説の湯に訪問先で入ることが出来るとは……
ちなみに、ドワーフはわりといい加減で刹那的な種族でもある。本来ならばすぐにでも第六魔王セロと謁見して、隕石調査に取りかかりたかったところなのだが――ここに来て最優先事項があっけなく覆されてしまった。
「それでは早速ですまないが、ちょうど二十名宿泊でお願いしたい。もちろん、すぐさま赤湯に入るぞ」
こうして第六魔王国の温泉宿泊施設はオープン二日目にして、またもや団体客の訪問に見舞われたのだった。
もっとも、当のモタはというと、思わぬ就職活動をする羽目になるのだが――
―――――
聖女サイドを挟んで、モタの魔女サイドならぬ若女将サイドが開幕です(前後編の二話だけだけど)。
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