第104話 パーティーは困惑する(聖女サイド:13)
第六魔王国から帰国の途についた聖女パーティーは、その途中で王国北端にある山間の城塞がやけに物々しくなっていることに気がついた。
待機させていた神殿の騎士団だけでなく、王国の虎の子たる聖騎士団まで出張ってきて、この地に駐屯していたのだ。
第六魔王国を訪問するに当たって、ムーホン伯爵領で各騎士団の幹部を説得していたはずなのにいったいどうして? ――と、第二聖女クリーンや英雄ヘーロスが首を傾げていると、城塞の門前にて聖女パーティーを出迎える者が二人いた。
まず聖騎士団長のモーレツだ。
まさに団長になるべくして生まれたような巨漢で、太い手首に、丸太のような腕で、背中をバンっと叩かれたなら新米騎士など簡単に奮い立たされることだろう。
大顔で、どこか
もっとも、そんな聖騎士団長モーレツ以外にもう一人だけ、あまりにも意外な人物が並んでいた。
その者を見かけた女聖騎士キャトルが思わず、第二聖女クリーンよりも前に進み出てしまったほどだ。
「お父様……なぜこんなところに?」
そう。団長モーレツの横には、シュペル・ヴァンディス侯爵がいたのだ。
とはいえ、もともとシュペルも聖騎士団長を長らく務め上げ、社交界に戻る際に同期のモーレツにその地位を譲っているので、騎士団と全く無関係というわけではない。
そんなシュペルはというと、さすがに公私混同はせず、第二聖女クリーンに真っ直ぐに向くと、
「プリム様が拐われました。犯人は元勇者のバーバル。私はその逮捕の為に、王命でここまでやって来ています」
聖女パーティーにもさすがに動揺が広がった。
女聖騎士キャトルはあからさまに両手を頭にやって、「そんな馬鹿な……」と絶句している。
そんな中でもクリーンは比較的冷静にシュペルに尋ねた。
「バーバル様は蟄居なさっていたのでは?」
「その通りです。監視も付いていましたし、定期的に大神殿の神官が訪れて、告解の機会も与えられていました。しかしながら、よりにもよってその神官を人質に取るようにして、王国から出て行きました」
クリーンはそこでまた首を傾げた。
「そのう……お言葉ですが、神官を人質にして拐っていったということなら、プリム様は関係ないのでは?」
「残念ながら、その神官こそ、プリム様が扮装した姿だったのです」
聖女パーティーの全員が「はあ」とため息をついた。
これではまさしく駆け落ちだ。若い男女が身分違いの悲恋のあまり、誘拐を偽装して王国から出て行った――いかにも吟遊詩人が好みそうな題材でしかない。
というか、これまたいかにもバーバルがやりそうなことで、その人となりをそれなりに知っているパーティーメンバーは額に片手をやって、「あちゃー」という表情になった。もちろん、バーバルはそんなことをしていないので、ただの風評被害である……
とまれ、クリーンもあのバーバルなら仕方がないと納得しながらシュペルに確認した。
「つまり、現状は誘拐というよりも、駆け落ちということでよろしいのでしょうか?」
「実質的にはそう考えていただいて構いません。どうやら、これまでもプリム様は神官の姿で何度もバーバルに会いに行っていたそうです。それもすでに裏付けが取れています。もちろん現王は大変ご立腹で、今回の件はあくまでも誘拐という犯罪行為とみなしていますので、くれぐれも公然と駆け落ちなどとは言わないようにお願いします」
「畏まりました。何というか……ため息しか出ない話ですね」
もっとも、クリーンにしてもそんな悲恋を真に受けるほど純粋ではなかった。
というのも、タイミングがあまりに良すぎるからだ。各騎士団の幹部に『魅了』をかけて、王国と第六魔王国との対峙を演出したのは王女プリムに違いない。帰国して詰問する前に見事に逃げられた。やはり王女プリムはどこかおかしい……
と、そんなことも含めて、クリーンに代わって、シュペルやモーレツと付き合いのある英雄ヘーロスがこれまでの全ての経緯を二人に包み隠さずに話してから、さらに魔王セロから聖剣が返還されたことも併せて説明すると、
「プリム様が各騎士団の幹部に精神異常をかけ、さらにはこれまで王国の陰で蠢いてきた可能性があるだと……」
シュペルも額に片手をやって、さすがに顔色が悪くなっていった。
よろよろと無様にぶらついてしまったので、モーレツが両手で支えたほどだ。娘のキャトルにしても、これほどまでに不安定な父を見るのは初めてで、「お父様!」と駆け寄った。
すると、シュペルはすぐに冷静になってキャトルに尋ねる。
「娘よ。お前の目から見て、ここ最近のプリム様はどうだった?」
女聖騎士キャトルはいったんギュっと口の端を引き締めると、父シュペルを真っ直ぐに見つめながら答えた。
「ここ最近だけではありません。実は、小さな頃からずっと違和感がありました」
「小さな頃からだと?」
「はい。あれは十歳ぐらいのときです。まるでプリム様が本人ではないような感覚がありました」
「どうして分かったのだ?」
「全てが作り笑いに見えたのです。少なくとも私にはそう感じられました。だから、そのときを境に私はプリム様と距離を取るようになりました。もちろん、王女を守る近衛騎士になる為に、身分をはっきりさせようと自戒してきたわけですが……今振り返ってみると、子供心に何かがおかしいと感じて離れてしまったのだと思います」
それを聞いて、シュペルは「ふう」と息をついた。
「プリム様が十歳のときか……たしか王子たちが皆、亡くなられた頃合いだな。たしかにどこか元気を失くしているようには見えたが……」
シュペルがしばらく物思いに沈んでしまったので、クリーンはモーレツに尋ねることにした。
「ところで、北端の城塞にこれだけの聖騎士が集結しているということは?」
「うむ。お二人が第六魔王国に逃れられたという目撃情報があったのです」
「お言葉ですが、私たちはその第六魔王国から戻って来たばかりです。しかしながら、道中で一切見かけはしなかったですよ」
その返答を耳にして、シュペルがふと顔を上げた。
「第六魔王が匿っている可能性は?」
その質問に対して、クリーンも、モンクのパーンチもありえないと頭を横に振った。
「セロ様はそのような腹芸が得意な方には見えませんが……」
「それにバーバルの性格上、セロのもとには行かねーよ。断言してやってもいい」
「あら。意外と謝罪も兼ねてやって来る可能性もあるのでは?」
「聖女様よ……あの野郎がそんな殊勝なたまに見えるか?」
「まあ、たしかに……」
何にしても、そこでいったんしんと静かになると、これまで無言を貫いてきた巴術士ジージが場を引き取った。
「誘拐にせよ、駆け落ちにせよ、もし王女プリムがいまだ暗躍しているのだとしたら、どうしても王国と第六魔王国に対立してほしい事情があるのじゃろうな。もしくは王都から聖騎士団を引き離したいのか。いずれにせよ、わしらはまんまとその掌上で今も踊らされているわけじゃ。これは嬉しくない話じゃのう」
その言葉でシュペルも、モーレツも俯いてしまった。まんまと嵌められたことに気づいたからだ。
とはいえ、二人ともこんな端まで出動してしまったわけだ。しばらくの間、元勇者バーバルや王女プリムの行方について、この地にてしっかりと情報収集した後に、何だったら第六魔王国に対して外交に赴く必要も出てくるかもしれないと、シュペルは気を引き締め直すしかなかった。
「さて、噂の通りに、魔王セロが話の分かる人物だといいのだが……」
シュペルはそう呟いて、城塞の門前から北の街道をじっと見つめたのだった。
こうしてシュペル・ヴァンディスたちが北端の拠点で改めて情報収集を始めた頃――
王国中が王女プリムの恋の逃避行一色になっていた一方で、
「第六魔王国に真っ赤に燃え盛るような秘湯があるじゃと?」
神殿の騎士たちが漏らしたささやかな一言が回りまわって、この地にてついついバタフライ効果を起こしてしまったのだ。
「ならば――麻呂が行くしかあるまいて。早く旅の支度をするでおじゃる!」
もっとも、この『顔面白塗り麻呂眉おじゃる』ことヒトウスキー伯爵が王国や第六魔王国に降りかかる災難を見事に切って捨てることになるとは、このとき、さすがに誰一人として予想出来る者などいなかった。
―――――
王国最強の男が今、立ち上がる!
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