第101話 お掃除
「それでは、セロ様。またお目通りが叶えれば幸甚でございます。今後とも、何卒、両国の発展の為に、微力ながらもお手伝いさせてくださいませ」
宴会も終わって翌朝――
聖女パーティーと神殿の騎士たちは早朝のうちに出立するということで、第二聖女クリーンが代表して前に進み出て、セロに挨拶をした。
「はい。こちらこそです。岩山のふもとにある転送陣も閉じずにおきますので、何か危急の用件の際には、そちらを通ってお越しください。何なら、たまには皆さんで温泉宿泊施設に遊びに来てくれると、僕としてはとてもうれしいです」
一方で、セロはちゃっかり温泉宿のアピールを忘れなかった。
何せ、宿のお客様第一号だ。この宿が繁盛するかどうかはクリーンたちの口コミにかかっているといっても過言ではない。
もっとも、そのクリーンはというと、次に赤湯でゆっくりと出来るのはいつになることやらと遠い目をしていたわけだが……
そのときだ。
てくてく、と。ダークエルフの双子ことドゥが小走りでやって来た。
その両手には偽物の聖剣がある。実は、昨晩のうちにセロはドルイドのヌフと相談して、その剣を封印の触媒にすることを止めていたのだ。
今はセロの補助武器だったメイスを触媒として、ドゥにまたどこかに飾ってもらうつもりでいる。
「とりあえず、これはお返ししますよ」
だから、セロがドゥから手渡された聖剣をそのままクリーンに餞別として贈ると、
「……え? 本当によろしいのですか?」
「そもそも僕たちが持っていても意味のない代物ですからね」
「ありがとうございます、セロ様。このご恩……一生忘れることはありません!」
クリーンはつい涙をこぼしそうになった。
これにて一応は聖剣奪還という当初の目的が達成されたわけだ。
王国に戻っても、王侯貴族から無駄に
もしかしたら、セロもそれを見越して返還してくれたのかもしれないと、クリーンはセロの深慮に神の慈愛すら感じてしまった……
もちろん、セロからすれば、本物の聖剣は第五魔王アバドンに突き刺さったままだと知らされたわけだし、この二束三文の剣については
「それでは皆さん。お達者で」
「はい。返す返すもセロ様にはお礼を申し上げます。誠にありがとうございました」
第二聖女クリーンはそう言って、「ずずず」と涙と鼻水を聖衣の袖で拭った……
「じゃあな、セロ!」
「セロ様、出来ましたら次はパーティー戦闘の
モンクのパーンチはぶんぶんと片手を振って、女聖騎士キャトルはぺこりと丁寧にお辞儀した。
「おそらく、また世話になるやもしれん」
また、エルフの狙撃手トゥレスがそうぼそりとこぼすと、
「今度来るときは是非、俺とも手合わせ願いたい。少しは良い勝負が出来るように鍛えておくよ」
「情けない話じゃが、くれぐれもそこにおる不肖の弟子のことはよろしく頼みましたぞ」
英雄へーロスと巴術士ジージはそんなお願いをしてきた。
セロは「分かりました」と小さく笑ってから、片手を上げて別れを告げた。
そんな聖女パーティーと神殿の騎士たちの姿が小さくなっていく姿をひとしきり見送った後で、セロは「んー」といったん伸びをした。
「さて、と……そんな早々にお客さんも来ないだろうから、魔王城にでもいったん戻ろうか?」
セロはドゥに告げた。ドゥはこくこくと肯く。
こんな朝早くから聖女パーティー一行を見送ったのは、セロ、ドゥ、それにモタと、宿の大将である人狼のアジーン、
ちなみに巴術士ジージは王国に戻り次第、パーティーを抜けて第六魔王国に戻ってくるらしく、モタとの別れの挨拶はとても簡単なものだった。
むしろ、騎士たちの方が
もしかしたら、そんな給仕たちに酒場でも任せたら荒稼ぎ出来るのではないかと、セロもついつい考えてしまったほどだ。
それはともかく、セロはいったん、眠たげなモタ、これから宿で仕事と張り切るアジーンやフィーアたちと別れると、付き人たるドゥだけを連れて、魔王城前の坂道あたりに新設された地下通路に入ってみた。
そこは、
しかも、エレベーターなる
「もう着くのか。すごいね」
あっという間に魔王城の入口広間に戻って来られたことに感嘆したセロは、人狼のメイド長チェトリエ、それにドバーとトリーに出迎えてもらった。
そのうちチェトリエは温泉宿に手伝いにきてくれていたが、ドバーとトリーは魔王城にずっと詰めていたので何だか久しぶりだ。
そんなドバーにセロはまず挨拶した。
「掃除は順調かな?」
セロがそう尋ねると、ドバーは相変わらずケモ度高めの
「はい。つい先ほど、掃除を終わらせたばかりです」
「それはどっちの掃除?」
「もちろん、
「そうか……なかなか減ってくれないね」
「むしろ、日々増えていますね」
「やれやれだよ」
セロは嘆いた。以前から虫系の魔族が度々忍び込んできていた。
今となっては第五魔王こと奈落王アバドンの手下だろうと推測出来るわけだが、これだけ増えると、監視の域を越えて明らかな敵対行為だ――
そういった間者を減らす為にも、アバドンを討つというのは悪い考えではないのかもしれないが……
と、そんなふうにセロが「うーん」と顎に手をやっていると、メイド長のチェトリエもまた嘆いた。
「こら、ドバー。まだ汚れが残っているようですよ」
チェトリエはドバーを叱責して、メイド服のスカートをたくし上げると、太腿に幾つか装備していた包丁を一本、宙に鮮やかに投げつけた。
「ぐえ!」
直後、虫系の魔族が一匹落ちてきた。
同時に、他に三匹がセロたちを囲むように天井から静かに下りて来る。
もちろん、間者としては見つかってしまった時点で失格で、本来ならばすぐにでも情報を持ち帰るべく、ここは逃げに撤すべきところだ。
だが、第六魔王こと愚者セロの姿を目の当たりにしたせいか――最早逃げ切れないと悟って、せめて一矢だけでも報いようと戦闘を挑んできたわけだ。いかにも魔族らしい心構えとも言える。
もっとも、セロはというと、ドゥを守るように動いただけで、間者など相手にする気にもなれなかった……
実際に、メイド長チェトリエが「あら、嫌ですわ。こんなに汚れが残っているなんて」と言うと、ドバーは長柄のわら帚を取り出した。どうやらその柄が仕込み刀になっているようで、
「申し訳ありません。掃除を再開いたします」
その瞬間、まず蟻に似た虫系の魔族の頭がきれいに飛んだ。
残りはゴキブリと蛾に似た者だったが、その二匹が詰め寄ってくるより先に――もう一人の人狼メイドことトリーが敵の影に待ち針を放った。
どうやら『影縫い』というスキルのようで、二匹とも身動きが全く取れなくなった。
「埃が散るのは本当に目障りですよね」
トリーが裁縫担当としてそう言うと、ドバーも小さく肯いた。
「これにて掃除完了です」
一時的に動きを止められたゴキブリや蛾も、あっという間にドバーに切り伏せられていた。
セロは「ほう」と感心した。
もともと、以前に『
「三人とも、お疲れ様」
セロはメイド長のチェトリエ、それにドバーとトリーを労った。
三人は主人の前できちんと仕事をこなせたことで、「はふ、はふ」と息遣いも荒く、人狼ということもあってかよく甘えたがった。
こればかりは仕方ないので、セロも「おー、よしよし」と三人を存分に撫でてあげた。予想以上にもふもふだったので、かえってセロが癒されたほどだ。
「あはは……これも魔王の仕事のうちかな」
ドゥも何だか撫でて欲しそうにしていたが――
そんなセロを廊下の陰から、じいっーと嫉妬の眼差しでもって、ルーシー、双子のディン、エメスとヌフが虎視眈々となでなでを狙っていることに、肝心の主人はまだ気づいていなかったのだった。
―――――
ドバー「
トリー「ついでに陰に縫いつけましょうか?」
チェトリエ「……返り討ちにあうだけですから止めておきなさい」
一方、その頃――
モタ「ZZZ」 ← 二度寝
リリン「ZZZ」 ← 吸血鬼なので朝は弱い
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