第100話 パーティーは謝罪する(聖女サイド:12)

 ノーブルの告白で、宴会場はしんと静かになった。


 さすがに百年間も溜め込んでいた事実の重みに、皆が堪えきれずにしばし言葉を失った……


 ノーブルはじっと真っ直ぐにセロを見つめたままだが、さすがにセロも即答はしかねた。


 お金がすっからかんな第六魔王国にとってノーブルの提案は何より魅力的ではあったものの、本当にアバドンを討った後に奈落を守護、もしくは再封印出来るのか判断つかなかったし、どうしてもルーシー、人造人間フランケンシュタインエメスやドルイドのヌフと相談が必要だった。


 そもそも、北の魔族領すら統治し始めた段階だというのに、さらに東まで加わるのは手を広げ過ぎだ。


 それに北東には偏屈で有名なドワーフたちが治める『火の国』がある。ドワーフは基本的にエルフ以上に人族や魔族との関わりを持たずにやってきた種族なのでこれまでは無視してきたが、所領が広がり過ぎると彼らを刺激しかねない……


 だから、セロがノーブルに対して、「答えはもう少し待ってもらってもいいですか?」と応じると、


「もちろん構わない。しかし、可能なら私がここに滞在している間に答えを頂けると助かる」

「どれくらいここにはいる予定なんですか?」

「そうだな。一週間ほどかな」

「分かりました。それまでには検討して、答えを出します」

「ありがとう。助かるよ」


 ノーブルはそう答えると、少しだけ肩の荷が下りたような穏やかな顔つきになった。


 一方で、宴会場には再び静寂が訪れた。


 特に人族側――聖女パーティーと神殿の騎士たちにとっては、魔族が敵なのか、味方なのか、これまでならすぐに即答出来た価値観に楔を打ち付けられたようで、ぽかんと呆けた表情の者ばかりだった。


 ここでお開きにするにしても、どうにもしらけ過ぎていたし、セロも「さてどうしたもんかな」と首をひねっていると、意外なことに女聖騎士キャトルが「はい!」と勢いよく手を挙げた。


「どうしてもセロ様にお伝えしたいことがございます」


 女聖騎士キャトルはそう言って、立ち上がってから深々と頭を下げてみせた。


「過日の非礼をお詫びさせてください。セロ様には勇者パーティー時にあれほど助けていただいたのに、その恩を仇で返すような真似をして申し訳ありませんでした。髪を丸めろということなら切ります。指を詰めろというならここで落とします。いかなる罰も受けますので、どうかお許しください」


 それを聞いてセロは遠い目になった。ていうか指を詰めるっていったい……


 ヴァンディス侯爵家は娘にいったいどういう教育をしているのかとツッコミたくなったが、そうはいってもセロからすると、勇者パーティーにいたとき、それほどキャトルに親身になってあげた記憶がなかった。


 たしかにパーティーを守護すべき聖騎士に代わって敵の攻撃を一身に受けることは多かったが、今となってはそれも自働パッシブスキル『導き手コーチング』のせいで、敵から真っ先に狙われていたのだと知っている。


 だから、セロが「うーん」と、かえってあたふたしていると――


 今度はモンクのパーンチがガタっと、いきなり指先まで真っ直ぐにして直立不動の姿勢で立ち上がった。


「オレからも改めて詫びたい。すまんかった! セロの力なしでどんだけ通用するのか知りたかったんだ。真祖カミラを倒したことで図に乗っていたんだろうな。そこの人狼アジーンにこてんぱんにやられて、井の中の蛙だと目が覚めたよ。本当にセロには迷惑をかけた。いっそここでオレを一発殴ってくれ! いや、一発だけでなく何発でもいい。セロの気の済むまでやってくれ! そうでないとむしろオレの気が済まん」


 セロは驚いた。パーンチはたしかに竹を割ったような性格だが、こんなふうに誰かに詫びるなんて、駆け出し冒険者からの長い付き合いの中でも初めて見た。


 というより、今のパーンチは何だか憑き物でも取れたかのようなやさしい顔つきだった。


 すぐ隣で座っていたダークエルフの双子ことドゥが良い子良い子といったふうに、パーンチの頭を撫でてあげている。もしかしたら、ドゥにほだされたのかもしれない。


 もっとも、今のセロの力で何発も殴ったら、それこそ消し炭みたいになってしまいそうだけど……


「さあ、殴れ! セロ!」

「いやいや……ていうかさ。急にどうしちゃったのさ?」

「まあ、何ていうか……この坊主・・と話していたら、そろそろ田舎にでも帰ろうかと思ってな」


 相変わらず、パーンチはドゥを少年だと思っているようだったが、ドゥが気にしていないので、セロはあえて誤解をとかずにいた。


「田舎に帰る? あんなに戦闘狂だったのに、冒険者稼業……じゃなくて聖女パーティーまで辞めるつもりなの?」

「このパーティーで最後にするつもりだよ。田舎でちびどもの面倒でもゆっくりとみることに決めたんだ。ある意味で、この国に来られたお陰だよ」


 パーンチはそう言って、ドゥの方をちらりと見た。


 ドゥはこくこくと肯いている。どうやら不思議な友情が芽生えたようだ。


 その直後だ――


 今度もまた、ガタっと。第二聖女クリーンまで立ち上がった。


 そして、クリーンはセロの前にゆっくりと歩むと、その場で土下座をしてみせたのだ。


「――――っ!」


 これにはさすがにセロもギョっとした。


 というのも、聖女は基本的に王国の現王にすら頭を下げない。


 会釈などの礼は別として、大神殿を代表する聖職者なので謝罪は神の名に傷を付けかねない行為とみなされるからだ。そのクリーンがついにセロに向けてこうも堂々と頭を下げた。


「セロ様。申し訳ありませんでした。全ては私の不徳とするところです。セロ様との繋がりで教皇を、バーバル様との繋がりで王国の中枢へと、二兎を追って全てを失ってしまった惨めな私をどうかお笑いください。何もかもが私の浅はかさによるものです。許してくださいと言える立場ではないことは自身が一番よく分かっております。だから、今はただ、私の謝罪をお受けくださいませ。何でしたら……亀甲縛りの上に国中引き回しでも、石抱でも、水責めでも、蝋燭責めでも構いません。どうか……いえ、是非とも、私めに責め苦をお与えください」


 責め苦というより、それは別の業界ではご褒美・・・というのでは……


 と、セロは元婚約者の知られざる性癖を知らされてまた遠い目になったが、何はともあれ、そんな三人に対して、


「当時だったら悔しくて許せなかったかもしれないけど……そのおかげで僕には新たな仲間も、絆も、何より成長も出来ました。許します。水に流しましょう」


 セロがそう答えると、三人とも涙を流した。


 そんな謝罪合戦とでも言うべき雰囲気に飲まれてしまったのか、モタも「ごめんよー」と大声で泣き出した。


 ついでに、騎士たちもなぜかクリーンに謝り出した。


 何でも、信奉するクリーンよりも夢魔サキュバスの女給たちに心奪われたことに対して赦しを求めているようだ……


 さらに、人狼のメイド長チェトリエがアジーンに対してこれまでにも燻製肉を幾つかこっそりと食べていたことを謝っていた。アジーンはというと、犯人はお前だったのかといった顔つきになっていた。


 また、セロにしても、さっきから不機嫌なルーシー、リリンとドルイドのヌフに「申し訳ない」と手を合わせた。そんなタイミングで近衛長のエークがエルフの狙撃手トゥレスに近づいて、


「貴様も何か言うことがあるのではないか?」

「セロにまつわることならば、私は不干渉であった。何ら謝罪などする余地は――」


 ――ないと言いかけて、ドルイドのヌフにじろりと睨まれたのか、トゥレスはびくりと体を震わせた。


「い、いや、ダークエルフには迷惑をかけたな。それにセロにもあのとき助け舟を出せなかった。双方共に申し訳ない」


 偏屈で有名なエルフが謝ったことで、会場の皆は珍しいものが見られたといった雰囲気になって、少しばかりしめっぽさが緩和された。


 何より、屍喰鬼グールのフィーアの状態が落ち着いたことで料理が再開して、赤湯をまだ堪能していなかった者も入浴し、その晩は人族も魔族も分け隔てなく温泉宿泊施設での宴会を心から楽しむことが出来た。


 もちろん、聖女パーティーとしては、王国にいる不穏な存在が気掛かりですぐにでも出立したかったところだが、夜も更けていたので騎士団と共に一泊することにした。


 こうしてその晩、寝床に着く前にそれぞれが思い至った――


 英雄ヘーロスは魔族にも話が分かる者がいると知って不思議な思いだった。同時に、呪いの悪用に関わっている大神殿の闇を暴きたいと、明確な目標を立てた。


 女聖騎士キャトルは王国の胡乱さを知って、改めて力を付けたいと願い、またモンクのパーンチは故郷の子供たちに思いを馳せてぐっすりと眠った。


 一方で、狙撃手トゥレスはノーブルの話の中で奈落が出てきたことで、『古の盟約』について考えを巡らしながらも、夜半に独り言をこぼした――


「いまだに天族・・に束縛されなくてはいけないとは……全くもって不自由な身だよ」


 同室だった巴術士ジージはその呟きを耳にするも、エルフの事情には干渉せずにおくことにした。


 そして、王国に帰ったら身辺整理でもして魔王国に戻ってくる算段を立て始めた。たとえエメスの助手でも構わない。どのみち老い先短い命だ。せめて好きな研究に没頭出来る環境に身を置きたいと決意を固めた。


 そんな男性部屋から離れた一室では、小さなため息がこぼれた――


「何だか、少しだけ頭痛も胃痛も治まった気がするわ」


 クリーンは宿の窓から魔王国をぼんやりと眺めていた。


 封印や認識阻害によって魔王城は全く見えない。だが、豊かな田園と森に囲まれて、夜も休むことなく、ヤモリ、イモリやコウモリたちが田畑、街道や地下通路を拡張し続けている。


 そんな超越種の仕事ぶりだけで、この北の魔王国はこれから地上世界の中心になっていくのだろうと確信めいた思いに駆られる。それだけの勢いがある。力もある。それに比して、王国はどうだろうか?


「この魔王国に来てからというもの、王国の王族も、大神殿も……何もかもが固陋ころうで奇怪に見えてくるのだから不思議よね」


 本当にそんな王国に、聖女としてこの身を捧げていいものだろうか……


 少し前なら魔族や魔王など、討伐対象以外には考えられなかった。だが、今のクリーンにとっては、馴染みあるものの方がよほど信頼出来なくなっていた。


「いったい、誰を頼ればいいというのかしら……」


 クリーンはそう呟きながら、隣のベッドですやすやと寝息を立てているキャトルの寝顔を見つめつつも、眠れぬ夜を過ごしたのだった。




―――――


頭痛と胃痛は治まりましたが、どうやら不眠にかかったようです。

それはともかく、これでちょうど100話。すでに第二章後半に入っていますが、ここから明確に第五魔王アバドン編になります。

お付き合いいただけましたら幸いです。

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