再び蠢く者たち

第98話 パーティーは引き返す(聖女サイド:11)

 王国の大神殿、研究棟の敷地内にある古塔の地下広間にて――


「ジージ様、そろそろ第六魔王国へと戻りたいのですがよろしいでしょうか?」


 第二聖女クリーンがそう伝えると、巴術士ジージはあからさまに肩を落とした。どうやら人造人間フランケンシュタインエメスと一緒に巨大な門をまだまだ調べ足りないらしい。


 すると、ジージは聞き分けのない子供みたいに床にごろりんと転がって、


「嫌じゃ嫌じゃ。もうちょっとだけ……あとほんの少しだけなのじゃ」


 そんな駄々をこねてきた。


 たしか御年百二十歳を超えて魔術師協会の重鎮だったはずでは……と、クリーンは首を傾げたが、意外なところからジージに助け舟が出た――英雄ヘーロスだ。


「証人だった主教フェンスシターも殺されて、この場所に不死王リッチがいたことを証明出来るのは、生ける屍リビングデッドを第六魔王国に大量に送ったその門だけになってしまった。そういう意味では、ジージ殿にもっと詳しく調べてもらってもよいのではないか?」


 ヘーロスが冷静に言うと、ジージも「そうじゃそうじゃ」と、勢いよく立ち上がって、図に乗った小僧みたいにはしゃぎだした。とはいえ、クリーンもヘーロスの言葉には納得出来たので、


「それではもう少しだけですよ」


 と、一応は釘を刺した。


 他のパーティーメンバーに視線をやると、モンクのパーンチは時間潰しで英雄ヘーロス相手に稽古をつけてもらうようだ。女聖騎士キャトルもそれに加えてほしいと願い出ている。


 また、エルフの狙撃手トゥレスはこの広間をつぶさに観察していた。『探索』のスキルを持っているはずなので、トゥレスなりに何か感づいたことでもあるのかもしれない。


 とまれ、クリーンも「ふう」と息をついてから、柱に背をもたらせて考え事を始めた。


 そもそも、最大の疑問として――


 大神殿の地下になぜ不死王リッチなぞがいたのだろうか?


 クリーンはその事実を考えるにつれ、キリキリと軋む胃痛に片手をやった。もしこんなことが明るみに出たら大醜聞スキャンダルだ。大神殿の沽券に関わるといっても過言ではない。


 では、これは主教フェンスシターの独断専行だったのか?


 いや、さすがにそれは考えづらい。フェンスシターはただの日和見主義者でしかない。


 どこかの上役に命じられただけと推測するのが妥当だろう。となると、主教イービルが一番怪しいわけだが……果たしてこのような愚行をあの狡猾な男がするだろうか。そんなことが露呈したら、一発で今の地位を失うどころか極刑にもなり得る。あまりにも危うい橋を渡る行為だ……


 逆に、不死王リッチが勝手に入ってくることは可能だろうか?


 いや、それも難しいはずだ。大神殿は亡者には耐えられないほどの聖なる属性に満ちている。この地下に潜むだけならともかく、亡者が表から押し入るなど、自殺しに来るようなものだ。


 とはいえ、クリーンはそこで「ふむん」と顎に片手をやった。


 そういえば、今の王国は警備がかなり手薄になっていたはずだ。それを命じたのは王女プリムだった。ということは、まさか王女プリムが手引きしたのだろうか?


 そこまで考えて、クリーンはまたもや頭を横に振った。王族が大神殿に来るなら手続きが必要だ。たとえフードを目深に被って隠したとしても、王女プリムは王国で一番の有名人だ。密かに入ったと誰かにバレたら、それこそ王族と聖職者との関係性に亀裂が入りかねない……


 そこまで考えて、クリーンはぼんやりと宙に視線を泳がせた。


 主教フェンスシターと不死王リッチが共にいて、第六魔王国に亡者を送り込んでいたという状況証拠だけでは、結局、確たることは何も分からない。


 このパズルを解くには肝心のピースが足りていない――新しい情報か、それとも物的な証拠なのか。


「ところで、聖女殿。大神殿が与える罰として、信者に呪いをかけるといったものはあるだろうか?」


 すると、ふいに横から声をかけられて、クリーンは「はっ」とした。


 いつの間にか、英雄ヘーロスがすぐそばまでやって来ていたのだ。今は女聖騎士キャトルがモンクのパーンチの攻撃をいなす訓練をしていて、どうやら手隙になったらしい。


 もちろん、そんな罰などクリーンは聞いたこともなかったので、「いいえ」と素直に答えた。


「そうか……実は、十年ほど前の話なのだが、俺の親友が聖剣を抜きに大神殿に行ったのだ。しかし、そいつは中々帰ってこないばかりか、魔族になって戻ってきた」

「魔族に? ええと、いまいちよく分からないのですが……大神殿以外のどこかで呪いを受けたのではないですか?」

「ふむん。ためしに俺も聖剣を抜きに行ってみたが、箸にも棒にもかからなかったよ。それに呪いについても、結局、何も分からなかった」


 そんなとりとめのない話に対して、第二聖女クリーンが無言のままでいると、これまた意外なところから声が上がった――人造人間エメスだ。


「とても興味深い話です、終了オーバー


 そこからエメスは聖剣について独自調査した件を聖女パーティーの皆に滔々と語って聞かせた。


 まず聖剣が偽物の可能性が高いことにクリーンは愕然として、胃だけでなくついにこめかみのあたりにも片手をやった。


 次いで、赤湯に飾ってあった物がやはりその聖剣だったと知って、錆びついたらどうするつもりなのだと涙ながらにクレームを入れたくなった……


 その一方で、巴術士ジージは「ほほう」と、いつものように顎髭に片手で撫でた。


「ええと……何かご存じなのですか、ジージ殿?」


 英雄ヘーロスがそう尋ねると、ジージは「ふむ」と相槌を打った。


「いや、なあに、話半分に聞いてもらって構わん。何せ、わしはこの大神殿が嫌いじゃからな。というのも、ここの連中ときたら良からぬ研究ばかりしおる。そのわりに正式に依頼しても資料すらろくに寄こさん。魔術師協会と大神殿は昔から犬猿の仲なのじゃよ。まあ、ここまではただの愚痴じゃ」


 ジージは一気呵成に捲し立ててから、そこでいったん「ふう」と息を吸った。


「たしかにヘーロスの言う通り、十年ぐらい前じゃったかのう。聖剣を抜きに行った者が魔族になって帰ってくると噂が立った。じゃが、そんな噂はこの百年の間、定期的に起こっては消えてきたことなのじゃ」

「定期的にですか?」


 英雄ヘーロスが合いの手を打つと、ジージは「ふむ」とまた肯いた。


「勇者が立っていない時期にそういう噂が怪談としてよく流れた。魔術師協会としても調査したことはあったが、いつも貴族連中や大神殿から横槍が入った。まあ、魔族退治は武門貴族が率いる騎士団、呪いの解呪は聖職者の仕事じゃから、邪魔されるのは仕方ないと思っていたが……」


 巴術士ジージが目を伏しがちにすると、人造人間エメスが付け加えた。


「先ほども説明した通り、あの真偽不明の聖剣には、あるマナ経路を特定する機能が付与されていました。当然、人族が呪いを受けて魔族になれば、魔核との同調によって体内のマナ経路も変質します。呪人の段階で変わるかどうかは分かりかねますが、呪いによってわざと勇者に似たマナ経路を作り出すというのは、とても興味深い研究と言えるでしょう。終了オーバー


 そこまで言って、エメスはまるで実験体になる獲物を探るような目つきでモンクのパーンチをじーっと見つめた。


「おい、ちょっと待てや。何で急にオレを睨むんだよ?」

「魔族に興味はありませんか? 最初は失敗するでしょうが、強くなれるかもしれませんよ?」

「興味ねーよ! てか、失敗するんじゃねーか!」

「残念です、終了オーバー


 そんなやり取りはとりあえず放っておいて、英雄ヘーロスは巴術士ジージと第二聖女クリーンを交互に見た。


「では、大神殿では見込みのある若者に対して、意図的に呪いをかけて、勇者に似たマナ経路に変質させる実験を行っていた可能性があると?」


 だが、その問いかけには誰も答えることが出来なかった。


 結局のところ、先ほどの不死王リッチの存在証明と同様に憶測でしかないのだ。そのせいか、しばらくの間、静寂だけがその場を支配した。


 が。


 パンっ、と。


 人造人間エメスが手を叩いた。


「これにて門に関する調査は終了です。それでは第六魔王国に戻りましょう、終了オーバー


 クリーンは「はあ」とため息をつきつつも、何にしてもセロには今の件も含めてありのままを報告しようと考えた。どのみちエメスもいるのだから、話を粉飾しても何も良いことがない。


 すると、そのエメスがクリーンに話しかけてきた。


「後日、この門には封印を施します」

「はい、承りました。第六魔王国の魔王城付近に座標を繋げている以上、それは仕方のない処置だと愚考いたします。ご迷惑をおかけしました」


 もちろん、座標を変えれば済む話ではあるが、どちらにしてもこの門で亡者を大量に転送して第六魔王国に多少なりとも損害を与えたわけだ。


 今さらこの門を封印しないでくださいとは言い出しづらかった。


 それにクリーンの実感として、セロやルーシーよりも、エメスは何だか怖くて反論する気が起きなかった。そもそも、かつては王国を滅ぼしかけた元魔王なのだ。


「ところで、エメス様……その門については何か分かったのでしょうか? 特にリッチが亡者を送った履歴などの証拠が残っていたらとても助かるのですが?」


 クリーンがおずおずと尋ねると、巴術士ジージが「そんなものははなから残っとらんよ」と頭を横に振った。


 さすがにクリーンも顔をしかめるしかなかった。結局、これまでの時間はジージの研究という名のお遊びに付き合っただけだったのかと。


「ただし、門については明確なことが分かりました、終了オーバー


 直後、ジージはエメスにちらりと不安げな視線をやった。


 何だか良からぬ雰囲気だった。クリーンは嫌な予感がして、事前に頭と胃の両方を手で抑えて完全防御しつつもエメスのさらなる言葉を待った。


 そんなエメスはというと、珍しくにっこりと笑みを浮かべてみせてから、クリーンの頭が萎み、胃に穴が開くようなことを平然と言ってのけた――


「この門は奈落・・です。いにしえの文献で伝えられてきた『地獄の門』そのものです。ここを通じて地下世界こと冥界にも行けるでしょう。何なら、これから地獄長サタン蠅王ベルゼブブ死神レトゥスにでも挨拶に行きますか? 終了オーバー


 当然、クリーンが「なぜそんな物騒なものが王国の地下に……ぐふっ」と白目を剥いて、七色の血反吐をはいてから卒倒しかけたのは言うまでもない。

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