第94話 バーバルは再起する(勇者サイド:16)
ここは西の魔族領こと第七魔王国――
じめじめとした湿地帯の果てには巨大要塞のような墳丘墓があるわけだが、その石室内に安置されている柩の中で、不死王リッチは目を覚した。
石室とは言っても城の広間ほどの大きさがあって、様々な金銀財宝で彩られている。
もっとも、棺のすぐそばには、そんな無数の宝玉にはそぐわない、ただの頭蓋骨の形をした石が置かれていた。
リッチは起きて早々、片手でそれを握り締めると、粉々に破砕した。
「ええい、忌々しい」
亡者を召喚するには金貨や宝物などが必要で、今回の大量召喚に当たって、リッチはとても貴重な髑髏水晶を一個潰していたのだ――
「さて、どうしてやりましょうかね。第六魔王国はともかくとして、聖女パーティーと王国にはその代価を払っていただかないと気が済みませんよ。まったく」
リッチがそうこぼすと、柱の陰から声がした。
「それはさすがに勘弁してくれ。これだけ貯め込んだのだ。貴様にはもう代価なぞ必要なかろう?」
「誰です?」
リッチが視線をやると、そこには意外な人物がいた。
「貴方はたしか――」
そう。石室内の柱に背をもたらせて、
もちろん、予期せぬ来客だ。
リッチもいったいどうやってここまで入り込んだのかと、不思議に思ったものだが……
同時に、リッチは首をやや傾げた。
どこかおかしかったのだ。暗がりにいてもなお、継ぎ接ぎだらけの醜い体は隠しようもなかったが、リッチの知っている勇者バーバルの雰囲気とはずいぶん違った。
弱さの裏返しだった傲岸さが鳴りを潜めて、どこか余裕を感じさせる強者の貫禄が身に付いている。
そんなバーバルがリッチのもとに来るべく、石室内の階段をゆっくりと上がってきた。
「たしかも何も、貴様とは初対面だったはずだが?」
「以前、我が領土に来られた際に、
「ふん。そうか。まあ、あのときは……世話になったな」
バーバルは自嘲気味に小さく笑った。
たかだか不死将デュラハン如きに撤退させられた。そんな敗北が今となってはずいぶんと昔の事のように感じられる。
一方で、リッチは「ん?」と、今度は首を逆に傾げた。
柱の間の暗がりから出てきたバーバルをまじまじと見て、さらなる変化に気づいたからだ――
「おや。光の司祭セロと同様に、貴方も呪いを受けて魔族に転身したのですか?」
「まあな」
「では、ご友人のように魔王になりたいと?」
「さてな。王になるのか、奴隷のままか。はたまた、主役に躍り出るのか、黒子に徹するか。いずれにしても、一つだけはっきりとしていることがある」
「ほう、何でしょうか?」
「貴様程度に勝てないようなら、俺は所詮、しがない端役だったということだ」
バーバルはそう言って、右手の義手を
直後、リッチは「ふん」と鼻で笑った。
つい先ほど大神殿の地下で会った
リッチはやっと棺から立ち上がった。
即座に不死将デュラハンと妖魔将バンシーを一体ずつ召喚する。
さすがに日がな一日、大神殿の地下で
が。
バーバルは歩みを止めることもせず、
「リッチよ。勘弁してくれ。俺を舐めすぎだ」
たった一閃――
デュラハンとバンシーは瞬殺されていた。
「馬鹿な……」
リッチはさすがに呻いた。
ここは先ほどの『
そういう意味では、今召喚した亡者たちは先ほどの倍以上の強さを誇っていた。少なくとも、以前の勇者バーバルなら、逆立ちしても敵わなかった相手だ。
ということは、バーバルはまだ魔族になって間もない不安定な状態にも関わらず、その力量は以前と比べ物にならないほど強くなっているということだ。
「いったい……どうやってそれほどの力を手に入れ――」
と、リッチが問いかけるよりも先に、その頭蓋骨は飛んでいた。
さらに連撃によって、リッチは王冠や華美なマント諸共に、有無を言わさず一瞬で全て砕かれてしまった。
もっとも、バーバルは「やれやれ」と肩をすくめてみせる。そして、柱の陰からスッと現れ出てきた黒服の神官に声をかけた。
「このリッチには、どうやら魔核がなかったようだが?」
「問題ありません。それよりも
「気分が悪い。まだ
「ならば逆に順調ですよ。じきに馴染むはずです」
バーバルは「ふん」と気のない返事をした。
不死王リッチを瞬殺したというのに、喜びはさして湧いてこなかった。むしろ、その弱さにがっかりしたほどだ。
そもそも、この石室にいたリッチもまた本物のようではなかった……
それに本物ではないと言うならば――
バーバルは薄暗い石室の中で義手ではない左腕を見つめた。
それは継ぎ接ぎの跡だらけで、地にまで伸びていて、巨大な爪だけでなく、手の平には
また、胸や肩のあたりは竜鱗で覆われていて、さながら鎧のようだ。もちろん、胸もとにはまだ呪詞付きの首輪もある――
そう。バーバルこそ、本当の姿を失った
「外に出るぞ」
バーバルはそう言って、黒服の神官を引き連れて墳丘墓から出た。
何者かになれば見える地平もあると、黒服は言っていたはずだが――少なくとも今のバーバルに見えたのは、どこまでも続く、薄暗くて殺風景な湿地だけだった。
「まあ、俺にはお似合いだな」
こうして
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