第92話 パーティーは奮闘する(聖女サイド:10)
王国の大神殿、その研究棟の敷地内にある古びた塔の地下広間にて――
第七魔王こと不死王リッチは不審そうに、「ん?」と首を傾げた。巨大な門にかけてある転送陣が向こう側から書き換えられ始めたからだ。
もっとも、リッチに法術は使えないし、宰相ゴーガンもすでに席を外していた。この場に残っているのは、まだ転送されていない
「やれやれ。この展開はさすがに予想していませんでしたね」
リッチが忌々しく呟くと、門を通ってまず英雄ヘーロスが出てきた。
それから順に、女聖騎士キャトル、モンクのパーンチ、巴術士ジージ、エルフの狙撃手トゥレスと来て、最後に第二聖女クリーンが姿を現した。
さらには見届け役として、
直後、さすがにリッチも、これは王国側に嵌められたなと理解した。もっとも、主教フェンスシターがすぐに保身に走って、
「た、助けてくれ! わ、私は、何も関係ない……被害者なのだ!」
と、聖女パーティーに対してみっともなく喚いたので、
「
リッチは手近にいた
英雄ヘーロスが即座に動いて、フェンスシターを助けるというよりも、今回の事態の容疑者として確保しようとしたが、無数に湧いてきた亡者たちに物量で阻まれてしまった。
「ちい!」
「ひいいい!」
へーロスの舌打ちと、フェンスシターの最期の悲鳴は同時だった。
フェンスシターの身は見るも無惨に、亡者たちに貪られていく。これでは『
王国の暗部を暴く為の有力な容疑者を失ったことに、第二聖女クリーンも「くっ」と下唇を噛みしめて悔やみつつも、真正面から不死王リッチに向き合った――
まさか大神殿の敷地内に魔族どころか、亡者の親玉たる魔王がいるとはクリーンも想定すらしていなかった。
それは他のパーティーメンバーも同じだった様で、比較的落ち着いているのは巴術士ジージくらいだろうか。さすがに場数を踏んできただけのことはある。
クリーンからすれば、戦う前から《混乱》に《絶望》、さらに《思考停止》の異常にかけられたようなもので、さすがに平静ではいられなかったが、それでも聖女パーティーのリーダーとしてリッチの前へと進み出た。
「知っていることを洗いざらい全て話せば、貴方の処遇も多少は変わるかもしれませんよ」
「ご冗談でしょう。亡者と取引する聖職者がどこに――」
というところで、リッチはクリーンの姿をまじまじと見た。
いかにも聖女然としていたが、その格好は温泉宿泊施設から着の身着のままでやって来たので、着崩した浴衣だった。
胸もとが肌蹴ていて、リッチからすればただの痴女にしか見えない……
そんなリッチの視線に――とはいってもリッチはやけに華美な格好をした骸骨なので、窪んだ眼窩しかないのだが――気づいたのか、クリーンは「きゃ!」と慌てて浴衣を引き締めた。
ちなみに、へーロスも、パーンチも、ほぼ半裸で、それぞれ片手剣と、拳装備のナックルを付けているに過ぎない。
リッチは台詞を途中で切ったまま、こいつらは
「亡者と取引する聖職者も、半裸の痴女みたいな聖女も、越巻だけの聖女パーティーもいるはずがないし……そもそもからして人族が魔族を許すはずもない」
と言い切ったところで、またもやリッチは「あれ?」と首を傾げてしまった。
聖女パーティーの中によりにもよって人造人間エメスがいたからだ。どう見ても、リッチよりも遥かに格上の魔族だ。
しかも、この地下広間に来て早々、巨大な転送陣となっている門を巴術士ジージと一緒になって調べ始めている。どちらもリッチには一瞥もくれようとはしない……
これにはさすがにリッチもかちんときたが、何はともあれ同じ魔族として手を組もうと考え直した。
「そこの魔族よ。
すると、エメスはやっとリッチに気づいたといったふうにちらりと視線をやってから、
「今はそれどころではありません。次に話しかけてきたら殺しますよ、
と、凶悪な
リッチはたじろいだ。魔族は力量差による上下関係がはっきりとしているので、リッチもすぐにこのエメスは第四魔王こと死神レトゥスと同じくらいに関わってはいけないタイプだと認識した。
そのときだ――
エメスの殺気と同時、巴術士ジージが不意をついて『
それだけで、門のそばでうろつく亡者だけでなく、リッチだけをきれいに残す格好で、地下広場にいた亡者たちはあっけなく全滅していった。
「クリーンよ。わしはエメス殿と一緒にこの門を調べるので大変に忙しい。わしを頼らずにそこの
「は、はあ……」
「それとヘーロスよ」
「はい、何でしょうか?」
「おぬしは支援に徹しなさい。そういう戦い方もそろそろ覚えるべきじゃ」
「……分かりました」
リッチはたかが
そもそも、巴術士ジージは人族のくせにリッチよりも明らかに格上の実力者に見えたし、また英雄ヘーロスにしても、大量の亡者を消された今、近接戦で迫られては勝てそうにはない。
逆に言えば、リッチとしては、与しやすい相手を捕らえて、盾代わりにでもして、ここからさっさと逃れる算段を早急に立てる必要があった。
そういう意味では、先ほどの無能な主教をつい癇癪で殺してしまったことをリッチは悔やむしかなかった。
「仕方がありませんね。『
リッチは前衛としてデュラハンを二体、中衛にバンシーを二体、さらにサポートとして生ける屍を複数体、即座に召喚してからリッチ自身は後衛に退いた。
対するのは、前衛に女聖騎士キャトル、モンクのパーンチ、中衛にあえて英雄ヘーロス、後衛には狙撃手トゥレスと第二聖女クリーンだ。
もっとも、リッチのパーティーの要となるべき前衛のデュラハンだったが――
「せいやあああ!」
モンクのパーンチのたった一撃であっけなく砕かれた。
というのも、先に巴術士ジージが『光の雨』を降らしてフィールドに聖なる効果をもたらしていたので、その場で召喚された亡者たちは弱体化していたのだ。
だから、リッチも「面倒ですね」と唾棄してから、フィールドに変化をつけようと呪詞を謡おうとするも、
「やらせるか。『
と、第二聖女クリーンの法術付与を受けた狙撃手トゥレスがピンポイントで狙ってくるので、リッチはろくに行動が出来やしない。
「ええい、バンシーは何をやっているのだ!」
と、戦況を確認するも、相手パーティーを撹乱する為に召喚したバンシーは女聖騎士キャトルに阻まれて、その横合いから英雄ヘーロスによって一刀両断にされていた。
しかも、そのタイミングでもう一体のデュラハンもパーンチによって撃退される。
「くそがっ!」
リッチは激昂するも、じりじりとモンクのパーンチと女聖騎士キャトルに詰め寄られる格好となった。
意外なことに、あまりにも一方的な戦いだった。まさに最弱の魔王と謳われるに相応しい戦いぶりだ。
そもそもからしてリッチは相手を見下していた――先の湿地帯での戦いで、勇者パーティーと神殿の騎士団をデュラハンと生ける屍たちだけで追い払ったことで図に乗ってしまったのだ。人族で組むパーティーなど、所詮敵ではないと。
だが、リッチは最初に巴術士ジージと人造人間エメスを見かけたときにしっかりと捉え直すべきだった――
今回の相手はその比ではないのだと。
あるいは、リッチを確実に処分する為の王国側の奸計も働いていたのだとも。
そもそも、王国側からすれば、愚者セロと不死王リッチが共倒れになってくれるのがベストだったのだ。もっとも、宰相ゴーガンもさすがに聖女パーティーが手の平を返して戻ってくるとは思わなかっただろうが……
何にしても、リッチはというと、広間の壁際に追い詰められたのをきっかけに自らの魔核を取り出した。それを手の中にしかと握り締める。
「地下世界ではレトゥスに苦しめられ、地上に出てからはアバドンの手下に都合良く使われ、不死王などと呼ばれつつも、ついぞ王にはなれなかった」
リッチはそう言って、魔核を持つ手に力を込めた。
「その恨みを今こそ受けるがいい!」
「自爆じゃ!」
巴術士ジージが叫ぶと、第二聖女クリーンは咄嗟に『聖防御陣』を張った。
直後だ。
ジージの言う通りにリッチは爆発した。
無数の呪詞が飛び散る。モンクのパーンチたちはかつて似たようなものを見たことがあった――真祖カミラが最後に放った『断末魔の叫び』だ。
もっとも、詠唱破棄による即席の『聖防御陣』ではさすがに耐え切れないのか、ぴしぴしと亀裂が入った。
「ふむん。まだまだ若いのう」
だが、巴術士ジージがやれやれと頭を横に振って、法術でその防御陣を強化すると、結局は何事もなくリッチの最期のあがきも終息した。
前衛にいた女聖騎士キャトル、モンクのパーンチがそれぞれ嘆息する。
「第七魔王に勝ったのですか……」
「雑魚過ぎやしねえか。あまり手応えがなかったな」
一方、狙撃手トゥレスは無言だった。英雄ヘーロスもじっと眉をひそめている。
すると、巨大な門を調べていたエメスが一顧だにせずに、つまらなそうにぼそりとこぼした。
「倒せていません、
「そうじゃな。あのリッチ自身が、所詮はこの場で召喚されていた偽者に過ぎんかったからのう」
「ほう。気づきましたか?」
「あの魔核もどうせ
「なかなか観察眼がありますね。良い助手になれそうです、
「やれやれ、手厳しい先生じゃな」
こうしてエメスとジージは門の調査を再開し始めた。
意外と仲良くやっているものだから、第二聖女クリーンもさすがに首を傾げた。
とはいえ、リッチが墳丘墓にいるのだとしたら、それこそ朗報だ。今度こそ倒す前に、王国で暗躍していた者たちの情報をきっちりと吐き出させたい。
そもそも、大神殿の地下に亡者の親玉たるリッチがいたこと自体がおかしいのだ。王女プリムだけでなく、やはり主教イービルも暗躍しているのだろうか……
こうなると、死人に口なしというが、主教フェンスシターが殺されたのは本当に悔やみきれない。
生き証人がいないとなると、結局、聖女パーティーの面々しか証言者がいない。もし王女プリムや主教イービルが結託して責めてきた場合、聖女パーティーだけではさすがに政治的に太刀打ちが出来ない。
となると、早急に後ろ楯が必要になってくる。王族も、聖職者も当てにならないとしたら……武門貴族や旧門貴族の有力者を頼るしかないだろう。
あるいは、最悪、毒をもって毒を制するように、第六魔王国を利用する必要も出てくるのかもしれない。
さらに、リッチは死に際に不可解なことを言っていた――「地上に出てからはアバドンの手下に都合良く使われた」と。
第二聖女クリーンは「ふう」と一つだけ息をついた。
「何にしても、これで第六魔王国に生ける屍が送られることはなくなりました。その報告にいったん戻るとしましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます