第90話 パーティーは堪能する(聖女サイド:09)

 後にこの日は、『邂逅祭』として王国の祝日として定められることになる。


 王国の史書にも人族と魔族が初めて宴で席を並べる転機となった出来事として、セロとモタ、あるいは高潔の元勇者ノーブルと巴術士ジージの再会のエピソードを紹介しているほどだ。


 とはいえ、その実態はというと、お世辞にも褒められたものではなかった――


「…………」


 実際に、宴が始まってすぐに人族側の皆が押し黙ってしまっていた。


 というのも、最初に出された食べ物が真祖トマトだけだったせいだ。たしかにトマトそのものは美味しかった。それにお腹が減っていた聖女パーティーや騎士たちにとって、甘い食べ物はそれだけで体の疲れを癒してくれた。


 だが、続けて出てきたのは生の山菜と、野菜の切り合わせだった。


 サラダを二皿も続けて提供するとは、魔族とは案外健康ヘルシー志向なんだなと、皆はとりあえず「ふむん」と首肯した。


 そうしてメインディッシュとして満を持して出されたのは――塩の小山だった。


 さすがに人族の皆は黙って天を仰いだ。


 王国にはキヨートという古都があって、そこではお茶ぶぶづけを出すことが「さっさと帰ってくれ」の含意であるとされているのだが、もしやこれは「早く帰らして、塩でも撒きたい」という意思表示なのではないかと、余計な詮索をする者まで出始めた。


 もっとも、その塩はルビーのように紅く輝く岩塩で、『火の国』で取れる貴重品なのだと、騎士たちの中でも身分の高い者はすぐに理解出来た。


 どうやら山菜などにまぶして食べてほしいという趣向らしい。それを知って、幾人かは「ほっ」と胸を撫で下ろした。


 そして、ここにきて人族側の皆も「ん?」と首を傾げ始めた。もしかして魔族は菜食主義者で、ほとんど調理をしないのだろうかと、一斉に眉をひそめたわけだ。


 人狼のアジーンがあれだけ舌なめずりして笑みを浮かべていたぐらいだから、てっきり極上の燻製肉でも食べられるかと期待していたのだが――と、人族側は精進料理みたいなものばかり並ぶ食卓に戸惑っていた。


「…………」


 おかげで沈黙だけが続いて、宴会というよりは、お通夜のような会場になり果てていた。


 そんな惑いは、もちろんセロとて痛感していた。


 せっかく温泉宿泊施設にこれだけお客さんが入ってくれたのに、このままでは温泉と寝床だけの宿と微妙な口コミが広まってしまうかもしれない……


 さて、どうしようかとセロは頭を抱えたくなった。


 第二聖女クリーンが完璧超人だったことを思い出して、ここはいっそ恥を忍んでゲストに料理をお願いしようかとも考えた。


 そのときだ。


「はい!」


 屍喰鬼グールのフィーアが手を上げたのだ。


「もしよろしければ、私に調理をお任せいただけないでしょうか?」


 これには夢魔サキュバスのリリンも、人狼のメイド長のチェトリエも色めきだった。そんなフィーアの提案を後押ししたのは、意外にも第二聖女クリーンだった。


「そうね。ヒトウスキー伯爵の下で料理長をしていたというのなら、腕に間違いはないんじゃないかしら」


 その発言に、セロは「そんなに有名な伯爵なの?」と返すと、隣に座っていたモタが応じた。


「駆け出し冒険者のとき、猪退治とか、コカトリス退治とか、食材調達を色々やらされたじゃん?」

「まあ、たしかにお金の払いがやけに良かったのは記憶にあるんだけど……」


 セロがそうこぼすと、はす向かいに座っていた女聖騎士キャトルがフォローした。


「ヒトウスキー伯爵家は王国の旧門七大貴族の一つで、またヒトウスキー卿は放蕩貴族としても有名なので、その専属料理人ということならば腕は確かですよ」


 ヴァンディス侯爵家令嬢がそこまで推すならばということで、セロは屍喰鬼のフィーアに料理をお願いした。


 ちなみに、今セロは人族側のテーブルに着いている。さすがにいきなりルーシーや人造人間フランケンシュタインエメスがそばにいると緊張するだろうということで、元人族のセロが聖女パーティーの輪に入る格好になったわけだ。セロなりのおもてなしである。


 もちろん、セロにしても、わだかまりがすぐに解消したわけではないが、モタ、第二聖女クリーンや女聖騎士キャトルなどに囲まれて存外楽しくやっている。


 そんな様子をルーシーは少し離れた場所から横目でちらちらと見ながら、「ふふ」と微笑を浮かべた。逆に、リリンはそんな姉の一途さに驚きつつもおずおずと尋ねる。


「せっかくの宴なのに、セロ様が人族に取られた格好になっていますがいいのですか?」

「構わんよ。もともと人族として長く生きてきたのだ。しかし、不死者となった以上、今度は命の短い人族を見送る立場になる。今のうちに好きなだけ交流した方がかえっていい」


 ルーシーの寛容さにリリンは目を見張ったが、ここで挑発的な視線を向けてみた。


「ところで、私としてはお姉様ではなくモタを推しますよ」

「ほう。推すとは?」

「あの。パーで残念なところも多々あるんですが、わりと健気なので、セロ様とくっつくなら応援したいんです」

「ふふ。妹ながらに言いおるわ」


 すると、そのタイミングで料理が運ばれてきた。


 本格的な宴会料理だ。肉料理もきちんとある。セロも驚いて、「この肉はいったいどこにあったの?」と問うと、人狼のメイド長チェトリエが「執事アジーンの秘蔵肉コレクションから厳選いたしました」と答えた。


 そのとたん、アジーンがいかにも聞いてないよといった驚愕の表情を浮かべた……


「どうぞ召し上がってください」


 給仕したチェトリエがそう言ったので、セロは改めて「いただきます」と食べてみた。


 屍喰鬼グールの作った料理だから中身が腐っていやしないよなと、若干偏見もあったわけだが、「もぐもぐ」と噛みしめてみると――


 頬が落ちるとはこのことかと実感した。


 これまでずっとトマト丸かじりだったから、味に飢えていたということもあるのだろう。


 だが、王侯貴族の晩餐会で振る舞われたどんな料理よりも遥かに美味しく感じられた。魔族としての身贔屓だろうか。それとも、フィーアの腕が本物ということか――


「さすがはヒトウスキー家の元料理長ですね」

「はい。聖女様。これほどの腕なら宮廷料理人も務められたでしょう」


 第二聖女クリーンと女聖騎士キャトルも、うんうんと互いに肯き合っている。


 そんなタイミングで屍喰鬼のフィーアが皆の前に出てきた。クリーンたちの会話も耳には入っていたが、かつて宮廷料理人だったことはおくびにも出さずに、


「皆様、お口に合いましたでしょうか?」


 そう挨拶してきたものだから、全員が舌鼓を打ちながらセロを見つめた。


 こういうときに料理長に労いを伝えるのは主人の務めだ。だから、セロはやや興奮気味に、


「すごいよ。フィーアさん。これだけの料理を作れるなんて、この国で料理長をやってほしいぐらいだ」


 そう伝えたとたん、フィーアが光で包まれた。


「え? 何だか……力が湧いてきます」


 赤湯のおかげで生き生きとなった屍喰鬼のフィーアではあったが――


 セロの『救い手オーリオール』の効果で認識阻害もしていないのにほとんど人族と見目が変わらなくなっていた――


 長い赤髪を後ろで結っていて、きれいなコックコートを纏って、丁寧な物腰のお姉さんといった印象だ。


 これには第二聖女クリーンも、英雄ヘーロスや巴術士ジージまでもが辟易するしかなかった。セロの自動パッシブスキルについては耳にしていたが、こんなふうにして仲間を増やして強化されていったらたまったものじゃない……


 ちなみに神殿の騎士たちには、セロが第六魔王となっていたこと、さらにはルーシーやエメスといった魔王級がこの国にはごろごろといることも宴会前に伝えられていて、くれぐれも粗相のないようにというクリーンの厳命で、その一挙手一投足が緊張のせいで小刻みに震えていたものだが……温泉と料理が功を奏したのか、騎士たちはまたもや都合よく考えることを止めた。


「いやあ、食われなくてよかった」

「むしろ、この料理マジで美味いっス」

「煮て食われ、蒸して食われ、焼いて食われるものとばかり思っていたからなあ」

「てか、俺の中で今、第二聖女クリーン様への信仰が失われつつあります……夢魔のリリンさん、ふつくしい」


 と、まあ、給仕の吸血鬼の中にはリリンと同様に夢魔の種族も幾人かいたようで、騎士の中にはそんな女吸血鬼たちに鼻の下を長くして、いっそ大神殿から宗旨替えでもして、この宿で働こうかと検討している者もちらほらといた。


 何にしても、こうして宴会場の皆は――とりわけ、モタ、リリンとノーブルは、無限湧きの生ける屍リビングデッドのことなどすっかりと忘れてしまって――とても楽しい一時を過ごしたのだった。

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